生来の願望
「カイ!」
山頂付近まで到達したユキトは、魔力を吸い上げ発光する巨大な樹木――魔力樹の近くにいたカイへと声を掛けた。
ユキトの言葉に彼は反応せず、黙ったまま魔力樹を見据え続ける。そこでユキトは立ち止まった。何か様子が――変だ。
「……カイ?」
「……ユキトか」
カイが振り向く。そこでユキトは、
「調査で地底へ入った時点で邪竜と遭遇した。幻影だったけど……罠によって大量の魔物がいたが、全て倒して地上に出た」
「罠を振り払ったか……ユキトにしかできない所業だな」
「それで、カイ。これは……」
「邪竜が生み出したもので間違いない」
カイはそう述べると再び魔力樹を見て続ける。
「霊脈から魔力を吸い上げ大気中に放出するものだ。それに加え、この魔力樹は他の場所に同様の樹木を作り出すため魔力を拡散させている」
「ならこれを破壊すれば……他の樹木も破壊される?」
「かもしれない。まだ間に合うかもしれない」
ならば、とユキトは剣を構えようとする――が、ユキトはカイへ視線を送る。
「カイも、丁度ここに来たのか?」
なぜ、黙ったまま魔力樹を見ているだけなのか。ユキトの心の中に、何か言い知れぬ不安が宿る。
「ここに来たということは、俺の魔力を地上から観測できなくなって様子を見に来た、といったところだろ?」
「ああ、そうだ」
「それで、魔力樹を発見して……」
「ユキト」
そこでカイは名を呼んだ。そこで彼はようやく視線をユキトへ向ける。
「わかっているはずだ……何か変だと」
「カイ……?」
「その違和感は正解だ」
カイは告げると、魔力樹に背を向けユキトと対峙する。
「……異世界での戦いを、ユキトは憶えているかい?」
「それは……忘れるはずがないだろう」
「そうだね、教室の中が光り輝き、僕らは異世界に降り立った。右も左も分からないまま、霊具を手にして戦い始め、やがて迷宮へと挑んだ」
カイはそこまで語ると、ユキトと視線を重ねた。
「その過程の中で、僕は誰にも言わなかった秘密がある」
「秘密……?」
「僕らが異世界に召喚された時、それは聖剣を持つ人間を異世界の人が呼び寄せたということになっていた。それは事実ではあるけれど……僕にはもう一つあった。異世界に降り立つ前に、とある存在と顔を合わせた」
「……何?」
初めて聞く話であり――同時に、なぜこの場でそれを話すのかとユキトは疑問に思う。
「僕には、生来の願望があった。それは誰にも……エリカにも話したことのない、願望だ。顔を合わせた存在は、その願望を叶える手段があると言った。だからこそ僕は、異世界へ降り立ち聖剣を手にした」
何を、とユキトは考える。目の前で魔力樹が魔力を放出し続けている状況の中、動くことができない。
「けれど、僕はその考えを最終的に押し殺した。世界を救う――白の勇者としての責務を優先した。ユキト、再召喚された時に、僕が残した霊体と会っただろう? あの時の僕はそうした願望を忘れ、白の勇者としての役目を果たそうとしていた……その中で最後の最後、全ての決着がつくその時に、僕が望むものを手に入れるために動こうと誘った存在がいた」
「……その存在とは、邪竜なのか?」
ユキトの問いにカイは、あまりにもあっさりと首肯する。
「そうだ。僕らを召喚したのはグリーク大臣……彼は邪竜の配下だっただろう? 僕らの戦いの中でその姿を見せることはなかったけれど、あの人が僕らを異世界に呼び込んだ。それには明確な意図があったんだよ」
「……どうして、そんな話を今ここで言うんだ?」
「ユキトはわかっているはずだろう?」
問い返された言葉に、ユキトは沈黙する。
「僕はこの世界で記憶を取り戻した。そこで僕は、内に抱えた願望のことも強く思い出した……邪竜は元々、仕掛けをしていた。僕の願望が悟られないよう、邪竜と顔を合わせない限り願望そのものを忘れるというものだ。しかし、今の僕は記憶を持っている……霊体の僕が配慮したのかはわからないけどね」
「……何をする気だ?」
ユキトは問い掛けながら迷う。カイに剣の切っ先を向けるか否か。
「何を、するつもりなんだ?」
「既に、事は成した」
「……邪竜が仕掛けた罠を、カイは知っていたのか?」
「そうだね」
「この樹木……魔力樹と言うべきものを生み出したのは、カイなのか?」
「邪竜の策略ではある。ただ僕は、それを成功させるために動いた」
ユキトはそこで剣をカイへ向ける。だが彼は動じない。
「……願望とは、何だ?」
そして一つ問い掛けた。確認しておくべき――そうユキトは考えた。
「シンプルなものだよ」
カイは何の躊躇いなく、あっさりと答えを提示する。
「ひどく子供じみた願望……全てを支配する。空想の世界でしか成しえない、世界征服。そんな願望を僕は持っている……そして、魔法、魔力、魔物。この存在を明かすことで、その願望に僕は近づくことができる――」




