立ちのぼる魔力
人よけの魔法が発動した直後、ユキトはスマホで時間を確認する。時刻は午後五時四十五分。開場が午後五時でライブ開始が六時なので、いよいよ始まるという段階だ。
「これで何もなければいいんだけどな」
ユキトは呟く。準備はしたが、それが何も発揮されない方がいいのは事実。
「……カイ、周辺の様子を見てくる」
「わかった」
返事を聞いてユキトはカイから離れる。そして気配を探りながら歩を進める。
「……とりあえず、表面上怪しいところはなしか」
ユキトは会場周辺を見回りながら呟く。
魔物がいる気配は皆無であり、魔力の流れもいたって平穏。とはいえ、会場に人がひしめきあっている状態であるためか、会場内の気配は非常に濃い。
とはいえそれは魔物とは無縁のもの。ユキトはここで意識を会場の真下へ向けた。地底深くに霊脈があるらしいが、それを見つけることはできないか。
「……俺の索敵だと、厳しいか」
しかし感じ取ることはできず、再度呟く。
ディルを活用したのであれば観測はできるはず。よってディルに呼び掛けようと考えたが、それよりも先に会場に変化が。音や声――それがほんの少しだが、外に漏れ聞こえた。
ライブが始まったのだとユキトが認識すると同時、会場の熱気のためか魔力が濃くなる。ユキトの目には会場から上空へと魔力が立ちのぼるような様を見ることができる――
「……あ」
そこで、地底から魔力がせり上がってくるのを感じ取る。熱狂によって魔力が地底からやってきた――その力はやがて会場に到達し、周辺に取り巻く。
「あれだけの魔力、とんでもない量だけど……」
魔力は渦を巻くように会場を覆った後、天へと昇っていく。そこでユキトは地上に昇った魔力の一部が観客に宿り、熱狂をさらに加速させるのだと確信した。
「聖地……か」
ユキトは呟きながら歩き始める。索敵を行うが相変わらず変化はない。
――と、ここで、
『ユキト』
カイの声だった。直接でも、電話でもなく魔法による連絡だ。
『魔力上昇が確認できた』
「ああ、肉眼で俺も見た」
『現時点で魔物の姿はない……ライブ中に似たような現象が再度起きるかもしれないから、警戒は続ける』
「わかった……会場内の声がほとんど聞こえてないけど、せり上がってくる魔力からとんでもなく盛り上がっているのはわかるな」
『そうだね。中へ入ったシオリやアユミなんかも声を張り上げてライブを楽しんでいるだろう』
その時、ユキトは立ちのぼる魔力を見据え、違和感を覚えた。魔力はどこまでも空へ向かっていく。魔力はやがて四散して大気中に溶けるのだが、量が多いためかまだ残っている。
「……魔力の質的な問題もあるのかな」
『ユキト?』
「ああ、いや。単純に立ちのぼる魔力が残っているから……」
そう言った時、カイが突如沈黙した。何事かとユキトが言葉を待っていると、
『……そうか』
「カイ?」
『ユキト、空に注目していてくれ。これはもしかすると、警戒態勢を変えないといけないかもしれない』
その言葉にユキトは驚きつつ、指示には従い動き出す。
(カイは上空にある魔力に気をつけろということを主張したいのか? だとするならそれは――)
頭の中で彼が何を言いたいのか結論を導き出した時だった。上空に昇っていく魔力に、変化が生まれた。
それは明らかに収束し始めている。自然発生した魔力がそうした動きをすることはない。であれば確実に人為的な何かによって干渉を受けている。
ユキトはその光景を目にしながら索敵を試みる。まだ魔物はいない。だがあの魔力収束を見て、エリカ達を襲った魔物を思い出す。
「邪竜は……ああいう形で魔力が立ちのぼるのだとわかった上で、あの魔力を――」
言い終えぬ内だった。魔力が一挙に形を成し、空中に魔物が生まれた。それを目に捉えた瞬間、ユキトは地を蹴った。そして空中に魔力で足場を作り、跳躍。ライブをしている会場の屋上へと到達した。
魔物が屋上へ飛来する。目の前に現れたのは四本足の魔物。綺麗な着地を決めたが屋根に落ちた衝撃音を完全に消すことはできない。とはいえ会場内は熱狂に包まれている。魔物が発した音に気付く人間はいないだろう。
ユキトはディルを構えると魔物へ走る。この間にも上空にある魔力から魔物が生まれ続ける。それを魔力的に捉えながらユキトは魔物へ一閃した。
敵は回避しようとしたがそれは失敗し、斬撃によって頭部が消失した。それが決定打となって魔物は消滅。しかし相次いで魔物が会場の屋根へ降り立つ。
(なるほど、こんなやり方では例え魔物に対抗できる人員がいても普通は対応できない)
ユキトは剣を構えながら内心で呟く。魔物は一番近くにいるユキトに反応した様子で、果敢にも向かってくる。
(魔力量は普通……何か仕掛けがあるわけでもなさそうだ。ということは、単純に魔物の雨を降らすだけではおそらくないということだ)
ユキトは内心で推測しながら、飛来し続ける魔物を倒し始めた。




