悩む必要は――
「……俺がどうして、悠木さんと接するようになったのか、説明しないといけないな」
どこか淡々と話すユキトに対し、エリカは「うん」と短く応じる。
「まず、俺とカイの関係性についてだけど……その、今の状況を見ればわかるとは思うけど、友人であるのは間違いない。でも、たぶん最近まで俺のことは話題に上らなかったよな?」
「確かにそうだね……私のことで喧嘩別れとかしたのかな、と思ったこともあったけど」
「詳しくは話せない。そこについては謝るんだけど……とにかく、悠木さんと話をするようになった時は疎遠だったんだ」
どうにも婉曲的な内容でしか語れない。これで納得してもらえるのか疑問だったのだが、
「うん、わかった」
「……あっさり受け入れるんだな?」
「カイは話さないんだけど、幼馴染みだからわかることがあるんだ。カイはたぶん、人には言えない何かを抱えている」
――その察しの良さにユキトの口が止まる。
「そこにきっと、瀬上君なんかが関わっている……もしかして、宮永さんもかな?」
「うん、そうだ」
「例えば悪いことをしているとか、そんな雰囲気ではないけれど……私に言えないのは、下手すると迷惑になっちゃうからかな?」
「……実はカイが事情を話しているとか、ないよな?」
「ないない。あ、蚊帳の外だー、って不満を言いたいわけじゃないよ」
笑いながらエリカは話す。その表情は、一点の曇りもない。
「カイは必要なら何もかも話してくれる人だから……私に話せないのは、きっとそれなりに理由があるからだと思ってる。私にはその理由、皆目見当つかないけど」
(まあ、真実を聞いたら気絶するくらいのことではあるけどな……)
内心で苦笑しつつユキトは心の中で呟いた。
「瀬上君はそれに密接に関わっている、ってことでいいのかな?」
「ああ、それで間違いないよ。で、その一件とちょっと関わりがあるんだけど、当時はとにかく疎遠になっていたんだ」
「カイのこと、心の内まで知っていたの?」
「……わかっているつもりだった」
どこか苦々しい表情を見せつつ、ユキトは言う。
「お節介を焼こうとか、そういう意図もなかった。これも語れないんだけど、理由があって俺はカイと悠木さんの関係性を是正しようと思ってしまった……今思えば無茶なやり方だったろうし、俺が何をやったってどうにもできなかったんだと思う……でも、あの時の俺はそれが正しいと思ってしまったんだ」
「それで、私と接触した」
「カイと話はできない。だから悠木さんへ……という安直な考えだったよ。結果として俺のことをきっかけに二人の縁は断たれてしまった」
そこまで語った時、エリカは首を左右に振った。
「断たれた、は間違いかな」
「え……?」
「瀬上君の言いたいことはわかる。疎遠になった直接的なきっかけは、瀬上君と私が顔を合わせて話したことだと思うから……でもね、それで完全に縁が切れてしまうような関係じゃなかった、ってことじゃないかと思う……今考えればね」
エリカはクスリと笑い、ユキトへ続ける。
「私だって、何が悪かったんだろうて思うこともあった……でも、あの出来事があったから今があるし、あの時悩んだから、私はカイに対する想いも強くなったんだ。だからまあ、雨降って地固まる、ってところかな?」
「それで、納得できるのか?」
ユキトの疑問にエリカは深々と頷いた。
「うん、だから瀬上君は、これ以上自分を責めないで欲しい」
――決して、全て納得したわけではない。けれど他ならぬ彼女が言う以上、もはや自分が悩み続ける必要はない、むしろ悩み続けることは彼女に対し失礼だ、と感じた。
「……わかった」
そうした返答にエリカは満面の笑みを浮かべる。それでいい、と言いたげだった。
「よし、それじゃあ改めて……えっと、今日は何をするんだっけ?」
「終わったかい?」
頃合い、という時間帯でカイがユキト達の所へやってくる。
「もしよさそうなら、移動しようかと思う」
「わかった……悠木さんもそれでいい?」
「うん……あ、そうだ」
ここで彼女は思いついたかのように、
「瀬上君を含め、カイ達は互いに名前で呼び合っているよね?」
「え、ああ」
「色々あって事情は話せないにしても、せめて名前くらいは対等に呼びたいな」
「――うん、それがいい」
カイも同意。それでユキトは、
「俺も構わないけど……それじゃあエリカ、今後ともよろしく」
「うん、ユキト。よろしく」
名を呼び返され、嬉しそうな表情をするエリカ。そんな姿を見てユキトの心も、確実にほぐされていく。
(……悩む必要は、ないんだな)
エリカの姿を見てユキトはそう確信する。ここでようやく、昨日までの緊張や悩みが晴れ、
「よし、カイ……移動しよう」
「うん、ユキトも良い表情になった」
「俺、そんなひどい顔をしていたか?」
「ノーコメントで」
笑いながら言うカイ。それにユキトは「なんだよ」と小さくこぼしつつ、軽くなった足取りで彼の後を追うこととなった。




