とある過去の情景
――メイから相談されたその日、就寝後にユキトは夢を見た。最近見ることは少なくなった、過去の光景。場所はフィスデイル王国の王城であり、その中庭の一角だった。
ユキトが訪れた時、そこには綺麗な歌声があった。メイによるものであり、中庭にいた騎士や侍女なんかは例外なく彼女の美声にうっとりとしていた。
異世界に召喚され、それでもアイドルとして他者を元気にしようと精力的に活動していたメイ。治療系の霊具であり後方支援役としての立ち位置であったことで、彼女は裏方仕事をやることも多かった。その関係で王城の人とも仲良くなり、また同時に他国との交流も行い、気付けばアイドルとしての彼女にスポンサーがつくほどだった。
ユキトはその日、何気なく散歩していたら中庭から声が聞こえたため立ち寄った。当該の場所へ近寄ると、歌の練習をするメイの姿があったが、いつも近くにいるシオリやアユミの姿はない。
「……あれ?」
近づくとメイは反応した。歌を中断し近寄ってくるユキトへ視線を向け、
「どうしたの、珍しいね」
「ちょっと散歩だ。中庭にはあまり来たことなかったけど……メイはいつもここで練習しているのか?」
「うん。建物の構造のせいか声が響くから」
メイはそう答えると笑顔になり、
「私の歌はどうだった?」
「……聞くまでもないだろ。なんというか、本当にすごいとしか」
「私にとっては、ユキトの方がよっぽどすごいけどね」
――修羅場をくぐり続けたユキト。そして人々の希望としてあり続けるメイ。彼女の歌声はこの時点で大陸各地で評判になっており、時に兵士を鼓舞し、時に町で歌い、人々を励まし続けた。
一方でユキトは戦場に立ち、剣を振るい続けている。ディルという継戦能力を引き上げる特性を持つ剣があり、なおかつ精神の均衡は保たれるため、どこまでも戦い続けることができる。
ユキトは戦場で人を救い、一方でメイは普通の人々の心を助ける。やり方は違えど、間違いなく両者共に世界になくてはならない存在となりつつあった。
「……メイ、そういえば明日からの迷宮攻略はどうするんだ?」
この段階では大陸各地に存在していた魔物の脅威はだいぶ減り、迷宮攻略を開始してずいぶんと時間が経過していた。そしてメイは貴重な回復役として仲間の支援に当たっている。
「今回は参加しない。カイには言ってあるよ」
「何か予定が?」
「うん、まあね。ちょっと招待されて」
「……どこかの貴族に?」
「国同士の会議の席に。私がいれば、友好ムードが高まるからって」
「とうとう、政治に使われるようになったか」
とはいえこれが良いことなのかと言われるとユキトは首を傾げるところだった。政争に関われば、面倒事を引き寄せるだけでなく、純粋に迷宮攻略そのものがやりにくくなってしまう。実際、様々な人や国と交流したことによって、ユキト達の活動について迷宮攻略以外にも色々とやらなければならないことが増えた。
現段階くらいで止めておかなければ、迷宮攻略自体が遠のいてしまう可能性もある――
「ただユキト、今回の仕事が終われば、当面は迷宮攻略に注力できるよ」
「何故だ?」
「大陸各国の関係も改善し始めたみたいで、もう私の出番は必要なくなりつつあるから」
――本来、メイはアイドルである以上、表に出なくなったら悲しみそうなものだが、目の前にいる彼女は嬉しそうだった。
「……役目を終えた、か」
ユキトの呟きにメイは頷く。
「後は、再び私の出番が来るのを待つだけかな」
「つまり、次に必要された時は本当の意味で娯楽を楽しむ環境になっていると」
「うん。今までは私が潤滑油となって一つになり、各国の人達が手を取り一緒に戦えるようにするため……でもそれは、歌を楽しむとは少し違うと思うんだよね」
慰労のために戦地へ歌手が訪れるみたいな話をユキトは思い出す。今のメイはまさしくそれであり、なおかつ慰労だけではなく政府間の交渉でも駆り出されている。
確かにそれではアイドルという立ち位置としては微妙かもしれない――彼女が潤滑油としての機能と果たしているのは、アイドルとしての才覚はもちろんあるが、それ以上にこの世界に召喚された人間であるためだ。
この世界の人にとっては希望の星であるからこそ、大々的に活動し人々を惹きつけることができる――それはアイドルとして必要とされている面は確かにあるが、彼女にとっての理想とは違うだろうと、ユキトは容易に想像できた。
「……元の世界に帰るかここに残るかとか、色々考えることはあるが」
そしてユキトはメイへ告げる。
「少なくとも、メイの歌を純粋に楽しめる世の中にはなって欲しいよな」
「まさしくそうだね」
「なら俺はそれに尽力するさ……もう少しで邪竜との決戦が始まる。まずは何よりそこまで生き残り……決着をつけないとな」
言葉にメイは頷き、微笑を浮かべた。そんな表情を見たユキトは、ほんの少しだけ鼓動が早くなったのを自覚し――夢から覚めた。




