人を知る
結果として、ヒロの部屋にリュオとミリアが顔を並べ話をすることに。ヒロが用意したコーヒーを出すと、リュオはまずはそれを一口飲んだ。
「飲んで効果があるのか?」
そんなヒロの質問に対しリュオは、
「はっきり言うと意味はない……が、人間のことを知るためには必要なことだ」
「人間を知ってどうするんだ?」
「私は言わば人外の存在。この世界にはあり得ない強大な力を持った知的生命体……というわけだが、人間の知性には侮れない部分がある。人の主義や趣向、そういったものによって人は予想を裏切るような動きを示すことがある。故に、人の営みというのを知る必要が出てくる」
「人の生活を送ることによって、人の動きを知ると」
「そういうことだ。とはいえ、この世界に存在する全ての人間が持つ特性を知ることなどできはしない。国が違えば風土や文化、食の好みすら変わってしまう……が、何事もやっておかなければな」
リュオはさらにコーヒーを飲む。ただそれは、
「熱湯から注いだんだが、熱くないのか?」
「熱い? ああ、そう言われてみるとそうだな」
「人間なら一気に飲むと口の中が火傷すると思うんだが」
「そうか。ならば次からは少し意識することにしよう」
「なるほど、そういう所で人との違いが出てしまうと」
「そういうことだ……この世界に溶け込むためには学ばなければ」
「――あの」
ここで、ミリアがリュオへ向け口を開いた。
「なぜ人のことを知ろうと? それは作戦のためですか? 人に紛れるということは、こうして支援者がいれば必要はないはず」
「作戦のことはあるが、それ以上に人を知っておかなければならない。なぜなら私は一度、人間との戦いに負けている」
そう述べたリュオに対し、ヒロとミリアは押し黙る。
「私は全てを手に入れるために人間と戦争を行った。迷宮の奥深くで魔物を指揮し、大陸を蹂躙した。迷宮のあった場所だけではなく、全世界を……しかし、その目論見は潰え私はこの世界へやってきた」
そう語った時、リュオはコーヒーを飲み干した。
「敗因はいくつもあったが、一番の理由は人を知ろうとしなかったことにあると私は考えている。戦争前、私は人の欲望を利用し分離工作をするよう様々な人間へ根回しをした。力を与え、時に支配後の地位を約束し、それで人間を理解したつもりでいた。だが結果として人間は予想外の行動に出ることが多かった……その多くは私に対する復讐心と、仲間を守るという強い絆だ」
「それにより、負けたってことか?」
ヒロの疑問に対し、リュオは小さく頷きながら、
「無論それだけではない。いくつもの複合的な理由が存在している……ただ、人間全てを理解したつもりでいたという点は間違いなく慢心だった……まあ、迷宮の深くにいて外に出る必要がなかった私にとって、知る必要性がなかったと言えるかもしれないが」
そこまで語った時、リュオはコーヒーカップをヒロへ差し出す。そこでヒロはカップを受け取っておかわりを注いだ。
「しかし今回は状況が違う。人間社会を知った上で支配する……加え、これには最終目標へ至るまでに必要なことでもある」
「人を知ることが、か?」
「いかにも。では一つ明言しておこう。遠からぬ内に、私は敵と対峙することになる……それが本体なのか幻影であるのかはわからないが」
その発言にヒロ達は驚く。まさか名乗りを上げるというのは――
「相手にとって、敵が誰であるのかは自明だ。この世界で竜の姿をとるのはおかしいと考え、人に擬態していることも予想の内だろう。私自身は姿を変えられるため、相手と顔を合わせても何ら問題はない。そして、相対することで大きな意味が生まれる」
「それは何だ?」
ヒロの疑問に対しリュオは、
「こちらの最終目標……それに至る道筋が大きく開ける。とはいえ、それは賭けに近い行動であることは間違いない。私は過去、人を知ることなく戦いに負けた。だが、知ったからといって確実なものではない……場合によっては相対した瞬間に終わりを迎える可能性すら、ある」
そうは言うものの、リュオの表情は自信に満ちあふれている――まるで、自分が考えているように事が進むと思っている。
「だがそうはならないよう尽力する……また、それに至るまでにもう一つ作戦を行う。敵組織の人員の中で、一番狙いやすい存在がいる」
「狙いやすい?」
ヒロはそう返した時、何が言いたいのか察した。
「……リスクがあるんじゃないか?」
「そうか? 確かにこちらが率先して行動を移すことに対し、リスクはあるだろう。だが、問題はない……人間のことはまだまだわからないが、相対してきた奴らの動き方は予想がつく」
確信に満ちた表情。それでヒロはこれ以上言及するのは無意味だと悟り、
「なら、お手並み拝見といこうか」
「ああ、任せておけ……次の作戦からは本格的に動き出す。どうなるのか楽しみだな――」




