水音
ユキトが所定の位置へついた時、再びメイから連絡が入った。想定していたよりも少し遅れるとのことであり、路地近くの歩道で待機する運びとなった。
「ま、メイのことだししくじったりはしないだろ」
メイが提示したやり方は、一緒に行動する中でシオリかアユミ、どちらかと二人きりになる。その中でユキトが偶然すれ違い、目を覗き込んで記憶を戻す――多少やり方が強引な気もしたが、もし何かあってもメイがフォローを入れるとのこと。
(とはいえ、いくらメイでも限界があるだろうし……しくじることはできないか)
ユキトはそう呟きつつ、通りがかるであろうメイ達について思考する。相手と目を合わす必要はなく、ユキトが相手の目を見ればいい。ただ、突然迫られて反射的に視線を逸らされてしまうと、失敗する可能性がある。
(偶然を装うのが一番だよな……魔法か何かを使って視線を誘導するとか、あるいは……)
ユキトが思案している間にメイ達の姿が視界に入った。彼女の横にいるのはアユミであり、伸びた髪を後ろで縛っているその姿は異世界で共に戦っていた頃の容姿とそれほど変わっていない。
(シオリよりもアユミの方がやりやすいだろうな……シオリの場合は突然人間に迫られたら目をつむる可能性もあるし)
けれどアユミならば、何か近づいてきても視線を送るだろう――そうユキトは予想し、接近したタイミングでメイ達へ近づこうと思った時だった。
「……ん?」
メイ達が近寄ってくるその途中にある店から、店員が複数飛び出してきた。どうやらそこは美容室らしいのだが、困惑した面持ちで周囲と店内を見回している。
距離があるためユキトは声を聞くことができないのだが――何やら騒いでいる様子であり、さらに人が出てくる。
もっとも、それだけ見ても何かしら騒動があった程度であり、ユキトとしては関わる必要性などないはずだった。ただ、心に引っかかるものを感じた。それはもしかすると、店内に魔力でも生じていて、無意識ながら違和感を抱いたのかもしれない。
ユキトはメイ達を視界に捉えながら店へ注目した。それと共に歩き出す。まだ店員達は騒いでいる。例えば虫が湧いたとかであれば無視すればいいだけの話であり、念のため確認するくらいのものだった。
ただ、先ほど痕跡のあった魔物のことが頭に浮かび上がる――店に近づく。メイ達との距離はおよそ二十メートルほどであり、目を合わせるタイミングがすぐそこまで来ていた。
その時、とうとう店員――その一人がまた店から飛び出すと、叫んだ。
「ば、化け物――」
次の瞬間、ユキトは視界に捉えた。美容院の店内、そこで髪をセットしていた女性客が悲鳴を上げ、また同時に中に残っていた店員が逃げ惑う姿を。
店の奥――そこに、水の柱が浮かんでいた。水道管でも破裂したかと思ってしまう状況だが、それは明らかに意思を持つかのような動きで――店員達へ襲い掛かろうとしていた。
「あ……」
近づくメイが声を上げるのを、ユキトはしかと聞こえた。同時、弾かれたように――ユキトとメイは動き出した。
「ちょっと!?」
記憶を戻っていないアユミが叫んだ。だがユキトとメイは止まることなく店内へ入り込み――ゴボゴボと水音を上げて留まる水流を注視した。
「ひ、ひいいぃっ!」
店員が声を発しながら逃げる。女性客もまた悲鳴を上げてどうにか足を動かそうとする。
「……メイ」
その中でユキトは、メイへ指示を出した。
「カイに連絡を……それと、この場にいる人達へ――」
「記憶に関する対処でしょ? わかってる。こっちは任せて」
メイが承諾すると共に、逃げる店員達とは逆にユキトは足を前に出した。それと共に発動するメイの魔法。薄い霧のように生じた魔力は幻術の類いであり、店内の様子を見えないようにするための処置であった。
水の魔物が動き出す。その攻撃手法は、水流を使ったものであった。体から放出された水が刃のように鋭くなり、ユキト達へと襲い掛かってくる。
それに対しユキトは腕を振る。その右手には一瞬で生み出されたディルが握られている。水の刃が剣戟に当たると弾け、威力をなくし店内に飛び散った。
(早々に片付けないと――)
ユキトは一気に水流へと肉薄した。それと共に視線で魔力を感じ取る。同時、あることに気付いた。
(こいつは……)
魔物が次の攻撃を仕掛けるより前に、ユキトは一閃した。水流に直撃する剣。感触は水を斬っているそれであり、手応えは皆無に等しいが――やりようはあった。
水流に剣が当たった直後、ユキトは魔力を流した。途端、ビクンと水柱そのものが震え――力をなくし床へ落ちた。
床面が水浸しになる。それを見たユキトは、魔法を使って水そのものを除去した。
「放置しておくとまずい?」
メイが問い掛ける。見れば、何か処置をしていたのかユキトに背を向けていた。
「痕跡があった魔物だよね?」
「そうだな。おそらく、水道管を通して地上に出てきた……状況的に、俺達が推測した以上にまずい事態となっているかもしれない」
ユキトの言葉に顔を曇らせるメイ。そこでユキトは、
「ここの人達に処置はしたのか?」
「うん、記憶改変はしたよ。それとアユミは――」
「この流れで記憶を戻そう……そして、もしかすると彼女にも協力してもらう必要が出てくるかもしれない――」




