遠大な絵図
――ユキトの戦いぶりを小学校の屋上から密かに観察していたヒロは、改めてその戦いぶりに舌を巻きつつ、顔を引っ込めた。
「下手に動けば俺のこともバレそうだな……」
――心配はいらない、露見する可能性はない。
そうヒロの主は語っていた。理由はいくつもあるらしいが、どうやら主は今回の作戦のために、新たに魔法を開発したらしい。
とはいえ、それはいくつもの要因がなければ成功しないもの。竜が莫大な魔力を抱え目立ったことで、ユキトの意識をそちらへ向けていたからこそ、気付かれなかった面も大きい。もし巨大な魔力がなければ、これだけ近距離にいたら気付かれていた――と、ヒロは内心で確信している。
そして観戦するヒロは、ユキトの戦いぶりを見て最初に遭遇した際、よく逃げられたなと心の中で呟く。圧倒的な力を前にして、竜ですら為す術がない状況。もし見つかれば、今度こそ捕まって終わりだろう。
「空想上の生き物で、最強って話じゃないのかよ? 結構な回数戦いぶりを見て強さはわかっていたつもりだったが……それでも見立ては甘いってわけか」
ヒロはそう呟きながら、竜を倒しきったユキトの姿を目に焼き付けた。
「いとも容易く……マジかよ」
これだけの策。正直なところ、ヒロとしてはこれでいよいよ終わると思っていた。より正確に言えば、新たな世の中が始まるのだと。
魔法という概念。それが魔物の出現をきっかけに広まり、多数の混乱が生まれるだろう。そして自分は、主の力によって上の存在となれる。圧倒的な力により、好き放題できるのだ――そんな風に考えていたが、目前で竜すら倒しきる戦士の姿を見て、考えを改めた。
「力がいる……今以上の力が」
とはいえ、今の主に目前で圧倒する戦士に勝てるほどの力があるのか――竜を撃破したユキトはすぐさま別所へ移動する。それを見てもう大丈夫だろう、とヒロは深く息をついた。
「これじゃあ作戦は失敗か……」
「いや、これは想定通りだ」
声がした。ヒロにとっては聞き覚えのあるものだが、その声は屋上の扉付近から聞こえたため、反射的に首を向けた。
そこに、一人の男性が立っていた。黒髪で、取り立てて特徴があるわけでもない二十歳過ぎの男性。しかし声は紛れもなく、今まで会話をしていたあの声と同質だった。
「ようやく体を得ることができた。ずいぶんと仰々しい方法だが、成果はあった」
「……その肉体は、魔物と同じように構築したのか?」
「そうだ」
男性は明瞭に返事をした後、自身の衣服を確かめる。
「以前、用立ててもらっていた物だが、特に違和感はないな?」
「ああ」
「ならばこの姿で、動き回るとしようか」
「動き回るって? 何のために?」
ヒロの主はそこで笑みを浮かべる。
「私達に手を貸す人員探しだ」
「さらに仲間を増やすと?」
「仲間、とは違うな。魔法、魔力がどういうものなのかを説明し、協力すれば手を貸す……損得で動く者達を懐柔し、味方に付ける」
「力じゃなく、他のもので懐柔って話か?」
「そうだ。その気になれば、魔法は金や名声も欲しいままにできる」
魔法にはそれだけの力がある――ヒロはそれに同調しつつ、
「確認だが、そうやって肉体を得ることが今回の目的だったのか?」
「一つではあったが、あくまで副次的なものだ。それで、目的のものは撮影できたか?」
問い掛けに色は頷き、スマホを取り出す。
「これで、いいんだよな?」
――録画した映像に、竜が出現していたこと。そしてそれと戦う黒い騎士がいるのをバッチリ撮っていた。
「でも、これを仮にネットにアップロードしても単なる映画の切り抜きとかにしか見えないんじゃないか?」
「そのままでは、効果は非常に薄いだろう。とはいえ、これを上手く使うことができれば、きっかけにはなる」
「きっかけ?」
「そうだ。単純に魔法という概念を認識させるには……相当な時間を要するのは間違いない。科学的な検証時間を踏まえれば、年単位……魔力を用いた技術が確立されるのは、それこそ十年単位の歳月が必要だろう」
ヒロはそれに頷いた。これは極めて当然の話だ。
新技術というものが活用され始めるのは、相当な歳月が経過してからでなければ難しい。まして今回の対象は今まで認識できていなかった魔力という概念……そもそも概念として体系化され、それを利用した何かが生まれるには、途方もない時間が必要になる。
「そんなものを悠長に待っているつもりはない。それに、敵はすぐそこまで来ている。短期決戦でいかなければ、見つけられて終わりだろう」
「……何をするつもりなんだ?」
疑問がヒロの口から漏れると、男性は口の端を歪め笑った。
「魔力、魔法……それがどれだけ強大であり、またこの世界のパワーバランスを崩すのか。それをしかと示す。国が動けば……そして、私達が大々的に動けば、技術確立は容易い」
「表に出たら敵に気付かれるぞ?」
「無論だ。故に、対策を行う……そう心配するな。この世界の構造などはおおよそ理解できている。そして、憎き敵がこの国の政治中枢と関わっていることも……しかし奴らはあくまでその一端にしか触れていない。ならばまだ、やりようはいくらでもある」
――果たして目の前の存在は、どれだけ遠大な絵図を描いているのだろうか。ヒロはわからなかったが、少なくとも敵に回せばどうなるか如実に理解した。
「……ああ、そうだ」
と、ここで男性は何かを思い出したかのように声を上げた。
「この体に名前くらいはつけておくべきか。前回は必要なかったが、今回は都合上そうもいかないだろうからな」
「名前、か」
「何か案はあるか?」
「さすがに我らが主に名前を付けるなんて恐れ多い」
「そうか? まあいい……この辺りは他の者と相談して話をするか」
そう言うと、男はヒロを手招いた。
「それでは戻るとしよう……後のことは全て敵が処理してくれる」
「後始末は全部向こう任せってわけか……まさか俺達が目的を成し遂げたなんて、夢にも思わないだろうなあ」
ヒロは呟きつつ男に追随する。そうしてヒロ達は、ユキト達に気取られることなく、町から姿を消したのだった――




