邪竜の罠
見える魔物を掃討した後、ユキトは一度立ち止まった。
「ディル、どうだ?」
荒涼とした風が流れる雑木林の中、ユキトは索敵をするディルへ尋ねる。
「周囲の魔物と魔法陣は破壊した。後は――」
『……うん、気配はある。か細いけど、もう少し先に……』
ユキトは住宅街とは反対方向へ目をやった。雑木林の奥には、道路があってそこから市街へ入るための太い国道がある。ただ民家や店などがほとんどなく、やや高低差のある道。
人里がほとんどないことから、当然手つかずの雑木林なども存在する。ディルによれば、どうやらその一つに魔力があるらしい。
「距離はあるのか?」
『道路を渡って少し行った所、かな?』
「わかった。他に魔力源がないとしたら、そちらが本命だと思う……スイハに連絡をしよう」
ユキトはそこで通信魔法を使用。スマホでも良かったが、この方が良いだろうという判断だった。
「スイハ、そっちはどうだ?」
『ユキトが見つけた魔法陣以外にも、いくつか発見して壊したよ。魔物もいたけど、誰にも見つかることなく倒せた』
「それは良かった……俺は山の上からさらに進んで怪しい場所を探してみる。スイハには申し訳ないけど、もう少し頑張ってくれ」
『わかった』
短い会話を終えてユキトは動く。ディルが発見した気配を辿り、漆黒の姿が無人の森を駆けていく。
やがて辿り着いた雑木林に入ると、明確に魔力を感じ取ることができた。しかもそれは、なぜ今までわからなかったのか、というほどに濃密であり――
「魔力を隠す結界か……?」
『たぶんそうだね』
ディルが応じる。ユキトは雑木林の周辺に、薄い結界が張ってあることを認めた。
これは物理的に何かを遮断するような効果はない。しかし、魔力をほとんど通さない――ディルという天級の霊具でなければ、おそらく感知することができないほど、魔力の隠蔽能力が高い。
そして魔力の発生源については、今までと比べて遙かに強力かつ、大規模な魔法陣だった。しかもそれは地中に埋まっているのではなく、地面に直接描かれている。
「これは……」
ユキトは呟いた後、周囲を見回す。以前ユキトが遭遇した人間がいるのでは、と考えたが魔法陣以外に魔力はない。
それを確認した後、ユキトは魔法陣へ斬撃を振り下ろす。途端、土砂が巻き上がり魔法陣に亀裂が入る。だが、
「っ……!?」
剣を入れた瞬間、ユキトは察した。魔法陣の中に眠っていた魔力が、地表に現れようとしている。
(これは、破壊しようとすると発動するタイプか……!?)
ユキトは迷宮で戦った時のことを思い出す。邪竜は様々なトラップを用意していた。その中には罠を解除しようとすると発動するというタイプの罠が確かに存在していた。
(もしやこの魔法陣を作成した人間は、こういった機能を試す意味合いがあったのか……?)
魔物をわざと見られるようにしたのは、ユキト達を誘い出すためか――魔力が急激かつ急速に鳴動し、収束していく。魔法陣の魔力が凝縮し、それが人型のような形を成す。
ユキトの目の前に現れたのは、巨人――とまではいかないが、身長が三メートルほどはある人型の魔物。これまで市街地で遭遇してきた魔物とは比べものにならないほどの魔力を抱え、魔力を感じられない人間であっても、その気配により身をすくませるほどの力を秘めていた。
(俺達が動き出すこと自体が、罠……いや、相手の出方がわからない以上、俺達としてはこれしかなかったか)
ならば、自分にできることは――ユキトは剣を構える。そして刀身に魔力を集めた。
「ディル、周囲に目を向けていて欲しい。もし他に魔力があったら――」
『わかった』
同意を得た後、ユキトは駆けた。それに対し巨人も迎え撃とうと足を前に出す。
魔物の拳には何もない。その体が武器なのだろうとユキトは推測しつつ、肉薄する。
そしてユキトの斬撃と巨人の拳が交錯する。次の瞬間、ガキンと硬い音がしてせめぎ合いとなる。
(俺の剣を受けるか……!)
だが、それもすぐに限界が来た。刃が入った部分から腕にヒビが入り始め、振り抜くとあっさりと腕を両断する。
その勢いでユキトは胴体へ剣戟を見舞った。今度は例え腕以上の硬度であっても破壊できるように――ユキトの剣は、想定通りの結果をもたらす。振り抜いた瞬間、巨人は体は上下で分割された。
そして胴体は倒れ、下半身は止まる。倒した――とユキトは考えたが、すぐ塵に変わらなかった。
(まだ何かある……)
魔物を生成して、なおかつユキト達を誘い込んでいるのであれば――こうやって巨人を瞬殺することも想定の内であるはずだった。ならば、次に起こることは。
刹那、下半身が震え出す。魔力が放出され、さらに発光を始めた。
(自爆か……!?)
ユキトはここで、左手をかざした。このまま放置すればどうなるかわからない。よって、
「――囲め!」
瞬時に巨人の体を中心に結界が構成され――轟音を上げて爆発した。結界の内で粉塵が生じ、くぐもった重い音がユキトの耳を満たす。
しかし、結界は破壊されない。威力はそれほどないのだとユキトが考える間に、魔物の気配が完全に消失していることに気付き結界を解除した。
後に残ったのは土煙と土の匂い。周囲を見回しつつ巨人のいた場所へ目を向けると、上半身、下半身ともども完全に消滅。魔力もなくなっていた。
「これで討伐完了……ディル、戦っている間におかしなことはあったか?」
『ないよ。気配もなし』
「なら、この魔法陣を作成した人間は既に周辺にはいないか」
『索敵範囲を広げてみる?』
「一応、やってみるか……他に魔法陣のありそうな気配も探らないと」
その言葉と同時にユキトは神経を研ぎ澄ませ、周囲を探る。それはともすれば市街地にまで及ぶほど広範囲。
(魔力を隠蔽する結界まで使っていたんだ。より細心の注意を払う)
――ユキト自身、まさかここまで敵側がやれると想定していなかったため、今回の戦いでは驚きの連続だった。しかし、もう同じ手は通用しない。
(次こそ、必ず捕まえる……とはいえ、敵も簡単に尻尾は出さないよな)
最初に出会った時、捕まえられなかったことが悔やまれる――ユキトはそこで思考を振り払う。そしてディルと共に、索敵を続けた。




