不審者
雷撃を防いだ直後、ユキトは笑みを浮かべる。ただそれは上手くいったというものではなく、自嘲的な笑みだった。
「今の魔法も、電撃が周囲に拡散した……やっぱり腕は落ちているな」
『魔神との最終決戦もくぐり抜けてきたのにねえ』
「ああいう戦いで必要のない技能だし、あの戦いは純粋な力勝負だったからな……求められる能力が違うって話だ。今俺に求められているのは、圧倒的な力ではなくて他者を守り切る力だ。それには、繊細な技術が必要になる」
修行し直し――ユキトは頭の中で呟く。とはいえ決して悲観的ではない。むしろ目標ができたことで、道が見えたことでスッキリした気分だった。
「よし、今日のところはこれを繰り返そう。生み出した使い魔相手に一時間くらいやれば、少しは感覚を取り戻せるだろ」
『結構長いね』
「そのくらいはやらないと、持久力なんかも推し量れないからな。それに、これでもまだ自重しているんだぞ。本当ならもっと強力な攻撃を放つ個体を生み出してやるくらいだし」
『ま、あんまり無理はしないでね』
ディルの言葉を受けた直後、さらに魔法が来た。今度は風。相殺するには――
「はっ!」
魔力を察知し、自らの魔力で風を生み出し激突する。それは上空へと昇り、ユキトは押しとどめることに成功した。だが、
「まだまだだな……来い!」
剣を構え直し、自らが生み出した使い魔へ叫ぶ。応じるように魔法使いが新たな魔法を放つ――そうして、ユキトは戦いに没頭していった。
そうして剣を振り続け――修行開始から一時間経過した時、ユキトは大きく息をついた。
「とりあえず、終わりだな」
『お疲れー』
ディルの声が頭に響く。剣を振り続けた結果、少しばかり汗ばむくらいにはなっていた。
肝心の体力については、ディルの能力があるため一切問題ない。継続戦闘能力は発揮されており、集中力も維持できる。とはいえ、やはり剣を振り続けることで問題点が生まれた。
「ほんの少し……修行開始前と比べて、相殺する際の技の切れが落ちたな」
『そう? 時間が経つごとに上手くなっていったと思うけど』
「見た目は、な。慣れてきたから相殺が上手くなっていったけど、そこから疲労が蓄積されてキレが落ちた。ピークは修行開始三十分後……慣れてきた上に体力的にも余裕があった時間帯だ」
「キレが落ちた、って言っても微々たるものでしょ? 私の目には何も変化がないように見えたけど」
「百あったパフォーマンスが九十九になるくらいだな」
『それなら、別に気にする必要なさそうだけど』
「でも、この変化が邪竜との戦いでは生死を分けた」
ディルは沈黙する。実際、ユキトは死闘を繰り広げた経験により、この差が危険であることを確信していた。
「ほんの数センチ届かなかったとか、あるいは数秒足りなかったとか、そういうことで生死を分けるような事態が多々あった……戦場というのは常に何が起こるかわからない。今回はそうした戦場になるかどうかは不明だけど、もしそうなったら――」
『頭数も足りないから、大変なことになると』
「そうだ」
頷きつつユキトは使い魔を消した。
「今日のところはここまでだな……色々と問題点も浮かび上がった。スイハ達と鍛錬を開始しつつ、俺の方は俺の方でさらに修行をしていく――」
そこまで言った時だった。ユキトはふいに、目線を別に向ける。
『どうしたの?』
「……ディル、森の奥に何かないか?」
問われ、ディルは一瞬の沈黙する。
『……うん、何か気配があるね』
「ディルが感じるってことは、魔力だよな」
『そうだね……でも、魔物という雰囲気ではなさそう』
「もしや、魔物を生み出した人間の……?」
『でも、こんなところに現れるかなあ? だって、私達のことを把握している可能性が高いわけでしょ?』
「だと思っていたが……どういうつもりなのか知らないが、放置はできないな」
『気をつけてね』
ディルの言葉にユキトは一つ頷いた後、ゆっくりと歩き出す。森の奥はいよいよ日が沈んだこともあって漆黒が存在している。
警戒するのは当然であり、ユキトも無意識のうちに剣を握りしめる腕に力が入る。もしかすると、敵がいるかもしれない――この世界へ戻ってきて異例の状況。ユキトが緊張するのも無理はなかった。
『ねえユキト、念のために言うけどカイを呼ぶのは……』
「さすがに悠長に待っていたら、気配が消える可能性が高いだろ。でも、連絡はしておくべきだな」
ユキトはスマホを取り出すとカイへメッセージを送る。これでよしとユキトが思い直した時、気配に変化が。
「……こっちに気づいたか?」
『だとしたら慌てて逃げてもおかしくないけど……そんな感じじゃないね』
ディルの言う通り、何かしら変化はあったが、それ以上のことはない。相手がもし人間であった場合、むしろ動いていない。
「こんなところに一人で誰かが来るとは考えにくいけど……」
『わからないよ? 単に山の所有者が様子を見に来ただけかもしれない』
「可能性はゼロじゃないけど……だとしたら、ここまで魔力の気配を漂わせるのは不自然だろ」
『そうだね』
あっさりとディルは同意。やはり魔物を生み出した敵勢力なのか――と、ユキトが推測する間に、視界に見えてきた。
「あれは……」
条件反射的にユキトは隠れた。足音なども殺しているため、視線の先にいる存在が気づいている可能性は低いはず。
ユキトに背を向け、森の中に佇む一人の男性がいた。黒いコートを着込み、金髪のそれなりに身長のある人物――どう考えてもこんな森の中に来るような人ではない。
(何をしている……?)
後方から様子を窺うが、まったく動かない。それどころか、立ち尽くし棒立ちとなっている姿は異様の一言だった。
『……どうするの?』
「不審者なのは間違いなさそうだけど……」
ユキトは警戒しながら近づくか、それともこの場で様子を窺うか判断に迷う。その時、とうとう相手が動き出した。




