二つの可能性
結果、ユキトはこの場に残っていた足跡の人数を断定する。
「二人、だな」
『その二人が魔物を?』
「生み出したのか、それとも他に何か……わからないが、関与は間違いない。調査によって早期に結論を出せたのはいいけど、これはかなり大変な事件だな」
『相手も魔法を使うのかな?』
「そこが一番の問題だ。可能性として考えられるのは二つ。一つ目は、俺達が知らないだけでこの世界には元々魔法を扱う技術が存在し、それは秘匿されていた」
『なるほど。でも、突然魔物を生み出されたことはどう説明するの?』
「俺達が知らないだけで、こうした魔物が出現していた可能性もあるし、あるいは俺が帰還したことで異世界からの門が僅かに開いた……それにより、魔物を生み出せるようになったのかもしれない。足跡が残っていたことは、まだ魔法技術が足らないため、制御できていないという解釈ができる」
『それなら一応説明はつくね』
「ああ……そしてもう一つの可能性。こちらの方がより厄介だ。簡単に言えば、俺が戻ってきた際に、何かが異世界からこちらの世界にやってきた」
その言葉にディルは沈黙する。
『そして、この世界で何かをするために行動を開始した。目的まではわからないが……この世界の人間を引き込んで、魔物を作成している』
『足跡が残っているのはどう説明するの?』
「この世界に来た何者かがどう動いているのかわからないが、人間を利用する立場だとしたら……魔法技術について教えても制御法までいちいち解説するかどうかは不明だな。人間を使い捨ての駒と考えているなら、制御まで解説しなくていいか、ってなるだろ」
『確かに……でもそういう前提だとしたら――』
「邪竜に関連する存在である可能性も十分あるな」
もしそうであれば――魔法などほとんどないこの世界で、戦う準備をしなければならない。
「カイにはすぐに連絡しよう……魔力が足跡になって残るくらいだから、近づいてきたら気配はつかめるはずだ。その場合は問答無用で捕まえて、何をしているのか確認したいところだな」
少々強引であっても――とユキトは考えたが、可能な限り穏当な体でいこうとは思う。
『自発的に調べる?』
「そのつもりではいるけど、さすがに見つかるとは思えないな……」
ユキトはそう言いながら魔力を見据える。
「この町にいるのであれば見つけられるかもしれないが、さっき気配探知をした限り怪しい存在はいなかった。どこか別の場所にいると考えていいだろ」
『そっか……大変そうだね』
「まったくだ。場合によってはディルの助けも必要になるか……」
『私が出たら、まあ楽勝でしょ』
――彼女の力は天級霊具であり、ユキトの『神降ろし』が発動すれば邪竜を打ち破れるだけの力を得る。敵がどのような存在であれ、勝てる存在はおそらくこの世にはいない。
「油断はしないが……まあ今の俺に勝てるだけの力を持っている存在がいたら、この世界なんてとっくの昔に支配されているだろうな」
『だね』
「……いや、もしかして既に俺達はその影響下に……」
『なんだかSFの物語みたいだね……』
そんな風にディルとやりとりをしながら、ユキトは家へ帰ることにした。
帰宅後、先んじてカイへ連絡。ユキトの言葉は想定の内だったのか淡々と彼は応じて見せた。
『わかった。ならそれを含めて対策をするよ』
「予測していたのか?」
『かもしれない、という程度の話だけどね。けれど、なんだか腑に落ちた気もする』
「それは……俺達が原因だと明確になったからか?」
『そうだね。どういう理由であれ、僕達が異世界へ召喚されたこと。それ自体が何かしらのトリガーになっていると見て間違いなさそうだ』
ユキトは沈黙する。決して自分のせいによって起きてしまったこと、とは言わない。そもそも召喚をしたのは異世界の人々。そしてその行為は邪竜という脅威的な存在によるものであり、理不尽ではあるが決して否定はできない行動だった。邪竜の攻撃による惨状を目の当たりにしたユキトはそう思っている。
とはいえ、何らかの手を打つことはできたのではないか――ただ、検証のしようもなかったし、難しかったというのが実情であり、ならばユキトがとれる道は、
「……今以上の状況に陥ることがないよう、努力しないといけないな」
『そうだね。僕らのことが知られたかどうかは不明だけれど、魔物があっさりとやられてしまい相手も警戒するだろう。もし僕らのことを観察していたら……』
「周囲に気配はなかったが……」
『僕らの気配探知も万能とは言いがたい。もし裏で手を引いている存在が邪竜であるなら、こちらに露見されない手法を魔法とは無縁だった人間に教え込むことは可能かもしれない』
「そうなったらより深刻だな……」
ユキトはため息をついた。とはいえ嘆いていても始まらない。
「俺は……魔力探査は続けるけど、正直あまり期待はしないでくれ」
『わかっている。あ、新事実がわかったけれど、メイと顔を合わせるのは予定通り行うからそのつもりで』
「……結局、メイも関わらせるのか?」
『アイドル活動の多忙ぶりから考えると、どこまで手を貸してくれるかは未知数だけれど、彼女は頼りになる仲間だ。そういう意味でも期待している』
「……そうか」
ユキトはメイのことを思い出す。異世界で仲間が次々と倒れていく中、最後まで笑顔を絶やすことはなかった彼女。今でも思い出せる。彼女の励ましが、多くの人を救ってきた。
『とはいえ、記憶を戻す理由は事件によるものだとは言わないよ。そういうわけでユキト、頼んだよ』
「ああ」
そうして連絡を終え、ユキトは一度深呼吸をした。
「もし邪竜に関連する敵なら……早期に片付けたいところだな」
ユキトは考察を開始する。町外れの森で出現した魔物。ならば敵方は何を思い、どういう意図であの場所を選んだのか――様々な推測は、結局ユキトが就寝するまで続くことになった。




