転換点
――以降、雪斗と翠芭はひたすら修練を重ね、ある程度形になった時、迷宮の支配者から連絡が来た。
「異変という程ではないが『魔紅玉』に変化が生じた」
その言葉により、雪斗達は話し合いを行い、決断する――明確な異変が生じるより前に、破壊すると。
「……よし」
決戦の朝、雪斗は自室で支度を済ませ声を上げる。部屋を出て正門へと向かう足は、重くしっかりとしたものだった。
途中で翠芭と合流し、雪斗達は並んで歩む。
「他の人達は――」
「既に正門にいるらしいよ」
翠芭の言葉に雪斗は「そうか」と相づちを打つ。
今回帯同するのはリュシールに加え貴臣の二人。少人数であるのは話し合った結果。他のクラスメイトや仲間達は、迷宮の外で待機することとなった。
「……なんとなく、感慨深いな」
雪斗は歩きながら翠芭へそう告げる。
「迷宮での戦い……それが幾度となく思い起こせる。悲惨なものであり、また同時に厳しい戦いだった……俺達にとって悲劇の産物である迷宮は、この国の人にとっては悲喜こもごもの複雑なものだ。その終止符を俺達が打つというのは――」
雪斗はそこで口が止まる。
「……まだ戦いは終わっていないし、ここで感傷に浸っても仕方がないか」
「ううん、別に良いんじゃない?」
翠芭はそう返答。雪斗は彼女を見返すと、
「思いの丈をここで発散させて、戦いに備えるのは?」
「そういう考えもありか……なら話をさせてもらうけど」
「うん」
「ある意味俺達がやることは、歴史の転換点に違いない。どういう風に戦いが終わるのかわからないが、俺達が再び迷宮の外へ出た時、この国の……いや、世界の新たな歴史が始まる。もっともそれは、良いものになるかどうかわからないけど」
「そういう風にしていくしかない、かな」
「そうだな……後はこの世界の人達の問題だな」
雪斗はそう述べた後、カイのことを思い起こす。
記憶だけの彼は、今回帯同しない。ただし迷宮の外でバックアップを行う。
「……カイや俺達と共に戦ったクラスメイト達の記憶もある。そうであれば、二度と過ちを繰り返すようなことにはならない、と思いたいな」
「大丈夫だよ、きっと」
「だといいな……それと、翠芭」
「うん、何?」
「改めてだけど、聖剣を握ってここまで無我夢中で駆け抜けたような心地だと思う……なんというか、俺としては戦って欲しくないという一心で、むしろ色々と遠ざけていたように思う。これが正しかったかどうかはわからないけど、混乱させたのは事実だ」
「何を今更。それに、雪斗がそうやったのは私達クラスメイトのためだってわかるから」
微笑を浮かべる翠芭。不平不満はない。雪斗の行動に異論はない――そんな風に語っている。
それで雪斗も沈黙した。それは困惑したためではなく、彼女が納得しているのを見て、これ以上語ることは意味がないと判断したためだった。
「……ねえ、そういえば元の世界へ帰る方法だけど」
翠芭が別の話題を切り出す――このことについては雪斗も数日前に聞いていた。
雪斗が活動していたこともあり、クラスメイト全員を送還できるだけの準備は整い始めている。今回『魔紅玉』の破壊を行うわけだが、そこから雪斗もそちらへ注力して――数ヶ月以内にはどうにか、帰還できる目処ができるという見立てまで行うことができた。
とはいえこれはあくまで事が上手く進めばの話。帰還準備を行う過程で何が起こるかわからない。クラスメイト達には早くても数ヶ月。しかし予定は間違いなくずれ込むだろうとは伝えてあった。
「ああ、今回の戦いが終われば、いよいよ集中できる」
「まだまだそちらは大変だけど……私達が手伝えば、少しは短縮するかな?」
「わからないけど、人手は多いに越したことはない。カイとかの補助もあるだろうし、数ヶ月とは言っているが……場合によっては早まる可能性はあるな。そういえば、今回召喚されたクラスメイト達は問題ないか?」
「うん、最後まで従うって。問題なく帰ることができるって伝えたら、待つって」
「そうか」
翠芭達の戦いぶりに触発されて、武器を手に取る可能性はあった。しかし彼らが決断するよりも先に事態が大きく動いた――結局、今回の召喚で武器を手にしたのは十人にも満たない。ただ雪斗としてはそれで良かったと思う。
「あと、帰った時のことを考えないと」
そして翠芭は呟き――雪斗は首を傾げた。
「帰った時……?」
「無事に戻れたら、打ち上げの一つもやりたくならない?」
「……そもそも、記憶を引き継いだままにするかどうかも話し合っている最中だぞ? 記憶を失えばわけがわからなくなる」
「記憶を保有している人だけでやればいいじゃない。例えば霊具を手にした人だけとか」
「……それはそれでありかもしれないけど」
「なら、相談しておくよ。言い出しっぺの私が責任を持って」
翠芭の発言に雪斗は苦笑した後、小さく頷いた。
「そこまで言うなら止めはしないけど……」
「どこでやろっか? ファミレス? それともカラオケ?」
「いきなり決めるのか……」
指摘に翠芭は満面の笑みで応じる。それで雪斗は何も言えなくなった。
その時、ようやくエントランスへ辿り着く。そこには既にリュシールと貴臣が待っており――二人だけではなく、レーネを始めとしてこの世界の仲間。加え、霊具を手にしたクラスメイトもいた。
「見送りか」
「そういうことだ。頑張れよ」
信人が声を上げる。雪斗は頷くと、視線をナディへ向けた。
「そっちは……不満そうだな」
「またも置いて行かれるからね」
「そんなこと言うなよ……今回は事前にきちんと話し合ったじゃないか。それに、迷宮の外でもバックアップは必要だ」
イーフィスへ視線を移すと、彼は小さく頷いた。任せろという意思表示だ。仲間達は大丈夫だと認識すると、雪斗はさらに別のところへ目を向ける。そこにいたのは、カイだ。
「外は頼む」
「任せてくれ」
力強く頷くカイ。その言葉を受けた後、雪斗は号令を掛けた。
「では行こう……迷宮の最奥へ。そして『魔紅玉』を――破壊する」
歩き始める。隣に翠芭、後方にリュシールと貴臣が続く。
直後、後方から鬨の声が聞こえてきた。仲間達がそれを唱和し、雪斗達へエールを送る。そうして――邪竜から続く迷宮における戦い。その最終決戦が、開始となった。




