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黒白の勇者 ~再召喚された異世界最強~  作者: 陽山純樹
第四章

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この世界で

 雪斗が翠芭を案内して訪れたのは、迷宮の真上に存在する公園だった。見晴らしもよく、迷宮周囲の町並みを一望することができる。

 さすがに城ほどの景観はないのだが、それでも翠芭が綺麗だと漏らすくらいには、景色の良い場所だった。


「迷宮の真上、というのは盲点だったね」

「迷宮周辺に人通りが存在しないから、ここもあまり人が足を踏み入れないんだよ。俺だって町を散策していて気付いたくらいだ。最初に来た時は春頃だったんだけど、迷宮の真上で誰も来なかったためか、雑草が伸び放題だった」


 雪斗はそう語りながら周囲を見回す。一応石畳の床で、整備はされている。しかし、人気はなく道の脇にはずいぶんと落ち葉が積もっていた。


「この通り、今もそれはあまり変わっていないな。少しくらいは手入れをしているみたいだけど、ほとんど忘れ去られている」

「……この場所は、この都の象徴の一つだったのかもしれないね」


 翠芭は公園を見据え、語り始める。


「迷宮という存在が富をもたらした……だからこそ、迷宮の真上にこうした施設が存在する。でも、迷宮そのものが牙をむいた今は……」

「何もかも変わってしまったというわけだな。俺は邪竜がいる迷宮しか知らないから、繁栄がどういうものなのかはまったく知らない。知らないが……この場所を見る限り、まさしく栄華を極めていたという感じかもしれないな」


 雪斗は視線を林の奥へ注ぐ。翠芭もまたそちらへ向くと、


「林の先に、何か見えるだろ?」

「……噴水、かな?」

「ああ。近くへ行ってみるとわかるけど、ずいぶんと豪華な噴水だ。石畳の道もそうだが、ここは相当お金を掛けて作られた公共施設というわけだ」

「つまり、こんなところにお金を掛けられるくらいに豊かだった、というわけか」

「正解。俺はその姿を見ることはできなかったわけだけど……」


 雪斗はそこで口が止まる。この続きを、話さなければならない。

 翠芭もそれはわかっているようで、言葉を待つ構えだった。雪斗は視線を感じながら景色を眺める。そして、


「……誰にも、仲間の誰にも言っていなかったことがある」


 雪斗はゆっくりと息を吐きながら、翠芭へ告げた。


「戦いはまだ続いているが、邪竜を倒したこの段階なら、言っても問題はない……と思う」

「それは、元の世界の話?」

「いや、違う。こちらの世界の話だ」


 雪斗は自嘲的な笑みを浮かべ、


「俺は……心のどこかで、この世界へ来て良かったと思っているんだ」


 風が流れる。その言葉を受け、翠芭はただ黙って雪斗を見据えるだけ。


「……この世界の人達は、俺達を最後の希望として……いや、聖剣を持つに足る資格を持つカイを最後の希望として召喚した。他のクラスメイトはおまけと言っても良かった。だから国側も、戦力として期待はしていなかったはずだ。でも、俺達は戦う道を選んだ」

「そうして、勇者として認められた」

「そうだな……戦いはまさしく、辛く苦しいものだった。邪竜との戦いで、数多の犠牲が生まれた。凄惨な戦場があった。悲しみに暮れる別れがあった」


 雪斗はそうこぼしながらも、笑みは続けたままだった。


「けれど……そうした中で俺は、確かにこの世界へ来て良かったと思う瞬間があった。この世界へ来なければ勇者と呼ばれることはなかったし、クラスメイトの人間に認められることもなかったんだ。それを考えれば、俺は……この世界の俺は、まさしく理想的だった。誰からも認められる存在……でもそれは、ひどく残酷な戦いの上で、だ」

「雪斗……」

「他の仲間がどうだったのかはわからない。記憶を保持するカイに尋ねれば、答えが返ってくるかもしれない。でも、俺にはできない。そういう質問を投げかけることもなかった……そんな風に思っていたのかと、糾弾されるのが怖かったから」


 雪斗はここで肩をすくめ、翠芭へと向き直る。


「どれだけ血塗られた世界であったとしても、俺が輝ける場所がここにはあった……この考えを認めるのに、折り合いを付けるのに時間が掛かった……といっても、邪竜と戦っている間は、悲劇の方が明らかに多かったから、こんな感情が心の内に芽生えていたにしても、頭の隅に追いやっていたんだけどさ」

「そういう考えになったのは……元の世界へ戻ってから?」

「そうだな。平穏な生活に戻って、改めて思い返した……下手すると、この世界に残るべきだったのでは、とかネガティブなことまで考えた……俺以外に、話を共有できる人間もいなかったからさ」


 雪斗はそこまで語った後、もう一度景色へ目を移した。


「俺にとってこの世界での戦いは、厳しいものであると同時に輝かしいものだった……功績を誇るくらいは許されるよな、と今は思うようになった。この二つは決して矛盾しない。俺は自分の手で勇者として成り上がった……そういう自負があったから。ただ」


 苦笑する。雪斗は今も答えが出ていない部分に、言及する。


「他の仲間はそう思っているのかわからないから、心のどこかでモヤモヤするんだ。それじゃあ認めてもらったら……例えばカイに同じだと言われたら満足なのか……それもまた、わからない。なんだかわがままな物言いだけど」

「ううん、なんとなくわかるよ」


 翠芭は頷きつつ、雪斗へ応じる。


「複雑な感情なのも理解できる。悲しみと喜びが入り混じった戦い……きっと、邪竜と戦っている当時は、そんなことを口にすれば怒られたかもしれないね」

「かも、な……まあなんというか、時間が解決してくれる可能性もある。過去を振り返り、そういえば勇者として活動していた……なんて話をする機会があれば、告げてみても良いかもしれない」


 そう雪斗は告げた後、カイに託された記憶を思い起こす。


「記憶……それを戻した後、問い質せばいいのかな? とはいえ、怒られて終わりかもしれないな……そうなったら……」

「雪斗」


 名を呼ぶ翠芭。雪斗は彼女へ視線を向ける。

 彼女の瞳の奥に、切々とした感情がこもっていることが雪斗にはわかった。彼女が何を告げるのか――言葉を待っていると、やがて翠芭は口を開いた。


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