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黒白の勇者 ~再召喚された異世界最強~  作者: 陽山純樹
第四章

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邪竜の問答

『記憶さえ戻れば、壊れてしまった関係を戻せるかもしれない、などと考えなかったのか?』


 アレイス――邪竜がさらに問う。雪斗は不毛な会話だと断じながらも、相手に悟られないよう魔力を溜めるべく応じることにする。


「そんな考えは無意味だ……例え俺が記憶を戻す術を持っていたとしても、絶対にそれはしない」

『何故だ?』

「望んでいるのかわからないからだ」


 剣を交わしながら、雪斗は決然と答える。


「俺自身の独断で、行っていいものじゃない」

『ならば、この場にいた者達が戻しても良いと語っていたらどうなる?』


 邪竜がさらに問い、雪斗は苛立ちを覚えながらも答える。


「そんな架空の話、今ここで問い掛けて何になる?」

『奴らは話していたぞ……この場所を蹂躙する前に。盗み聞きしたものではあるが』

「その話が本当だという証拠がどこにある?」


 雪斗の斬撃が空を切る。動きを読まれていることを察し、魔力を気取られないように慎重になりつつ、警戒を強める。


『ああ確かに。この私がこうだと明示しても証明にはならないな……だが、そいつらは語っていた。そして貴様のことも案じていた』

「案じていた、だと?」

『そうだ。何も答えを出すことなく、一人だけになってしまった貴様に。ならば、元の世界へ帰るであろう貴様に、餞別として記憶を渡してやろうと考えたらしい……泣かせる話だな』


 邪竜は距離を置き、雪斗を見据える。それは雪斗の心理を探ろうとするような所作だった。


『そうだな……ならば仮定の話をしようか。私の言っていることは単なる嘘で、貴様を動揺させるためだけのものだ。なおかつ、貴様は時間稼ぎをしたい……ならば、話をするくらいの余裕はいるだろう?』


 雪斗の戦略を読んでいる。それと同時にそんな提案をすることで一つ察したことがあった。


(向こうも何かしら思惑があるってことか……)


 時間を必要としているのは相手も同じ。これに乗るかはね除けるか――とはいえ、今の状況では決定打がないのは事実。

 邪竜を打ち崩すだけの力が必要なのは事実。ならば、


「……こんな話に価値があるのかわからないが」

『余興だ。こうして幾度となく戦ってきた敵……その心情くらい、知りたいと思ったまでだ。それに、人間がどのように考えるのか参考にできる』


 こいつは――と、雪斗は内心思いながらも、慎重に準備を行う作業を止めることなく、口を開いた。


「ああ、わかった。なら乗ってやるよ……さっきの仮定の話。それに答えればいいんだな?」

『そうだ』

「答えはこうだ……戻すべきじゃない」

『ほう? 何故だ? この世界に来た来訪者達は、それを望んでいたぞ?』

「記憶を戻すことなんて、必要ない。俺達の世界に、何ら意味のないものだ」


 雪斗は断じる――そう、意味がない。凄惨な記憶を持っていたとしても、何一つ意味がない。


『それは、貴様の世界で何の役に立たないから、か?』

「そうだ」

『面白い考え方だな……ただ疑問がある。そもそも何故意味がないと言い切る? 貴様は誰かにそれを相談して、答えを得ていたのか?』

「誰にも言っていないさ。だが、この世界の記憶……それが必要とされることなんか、ない。死と戦いの記憶なんて、持っていても何の価値もない」

『それを意味がないと断じる貴様も、強情だな』


 邪竜はそう語る。雪斗は厳しい視線を向けながら、呼吸を整え攻撃準備を始める。


『例えそれが、求められていても、か?』

「それは俺のために、ってことだろ? たぶん俺の心情を推し量った結論だっただろう。カイならそのくらいのことは状況を知れば察することができる……でも、俺のためになんて、意味がない」

『ああ、なるほど。貴様のために何かをする……そこに価値を見いだせないと。ならば、こう考えたらどうだ? ここにいた記憶の持ち主は、貴様の考えとは別に、記憶を戻して欲しいと願っていた……これなら、さすがに貴様は考えを改めるか?』

「その仮定の話に意味はないぞ」

『何故だ?』

「そんな風に考えるわけがない」

『断言とは、ずいぶんな自信だな』

「お前にはわからないさ……もちろん、俺は仲間だからわかるなんて言うわけじゃない。戦いが全て終わり、もう記憶を戻す必要なんてない……そんな状況で、戻して欲しいなどと考えるはずがない。誰だってこの世界の戦いは、凄惨なものだと記憶しているからだ」


 ――戦いの中で、良いと言える思い出だってあった。しかしそれ以上に、厳しい現実があった。仲間が死に、多数の人々が死に、その中で雪斗達は必死に抗った。


『ならば、そうだな……貴様はどう考えている?』


 少しずつではあったが、邪竜の魔力に異変が生じていることが雪斗には理解できた。向こうも準備が進んでいる。それが完了した時、会話が終わるだろう。


「何?」

『貴様の本心はどこにある? 誰に届くわけもない話ではあるが……貴様はどうしたいと考えた?』

「俺の考えなんて伝えてどうする?」

『これまで語った内容から、独善的に、自分の考えで記憶を戻すことはないと理解できた。だがそれはあくまで理性を持った上での回答だろう? 貴様が元の世界でどういう人生を送ってきたのかは詳しく知るよしもない。だが、あまり良いものでなかったのだと予想はできる。ならばそれを豊かにするために、何かを成そうと考えることはなかったのか?』

「つまり、俺自身がやりたいように……自分が望むようにしたいと思わなかったのか、ってことか?」

『その通りだ』

「……考えるわけがない。そんな選択肢、浮かびもしなかった」


 断じた直後、邪竜は笑う。


『必要ないと?』

「俺の一存で決めることなどできないし、それこそ仲間達に対する冒涜だ」

『冒涜と決めつけるのか?』

「お前との戦い、全て仲間達と話し合って決めた。それが信頼であり、また必要なことだった。ならば、自分の独善で決めることは……俺達の行動全てを否定するものだ」

『あくまで、この世界にいた時の流儀に従う、と。なるほどな』


 邪竜は笑みを収めた。刹那、魔力が一気に膨らむ。


『そちらの考えは理解した。今後の参考にさせてもらおう』

「ならそんなことにならないよう、俺が打ち砕く」

『やれるものなら』


 挑発的な言動の邪竜に対し、雪斗は踏み込む。準備はできた。後は全てを解き放ち、目の前の存在を倒すだけ――


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