再会と復活
リュシールが述べた通り、雪斗達は数日後にカイの下を訪れることとなった。胸中で複雑な考えを持ちながらも、雪斗は自分が何をすべきか――幾度も思考を振り払い、それに集中しようと努める。
「ここよ」
入口を指してリュシールが述べる。雪斗は頷き、足を前に出して中へと入る。
ドーム状の空間。周囲に存在する魔力を意識しながら雪斗はゆっくりと歩いていく。そして、正面から魔力を感じ取った。
カイ、と雪斗は呼ぼうとした。だが、次の瞬間に口が止まる。理由は明白だった。
『――久しぶりだな』
その姿は、カイのものではなかった。それは、鎧を着た騎士。顔立ちは見覚えがある。それは、
「……アレイス!?」
『驚いてくれて嬉しいよ。そうでなければ……張り合いがない』
刹那、アレイスから気配が膨らんだ。それが明らかに殺気だとわかり、雪斗はディルを構え後方にいるリュシールに呼び掛ける。
「スイハとレーネを!」
「わかったわ!」
リュシールも少し声がうわずっていた。一体どういう状況なのか――ただ、一つ確実に言えることがある。それは、
「その気配……邪竜か……!」
『そうだ。そちらが色々と策を要していた……それと共に、こちらだってそれなりに備えがあると、予想はつかなかったのか?』
アレイスは剣を抜き放つ。その魔力は、雪斗が語ったとおりに邪竜の気配を放っていた。
『全ての戦いが終わった……そうすることで、警戒を緩ませることこそ、私の作戦だった。そちらは元の世界へ帰ろうとするだろう。異変が生じた魔紅玉の対処をしようとするだろう。ならば、そうした魔力を奪い、再び返り咲く……そのための準備くらいやっていると思わなかったか?』
「……カイはどうした?」
雪斗は問い掛ける。そこでアレイスは、
『こちらとしても、予想外だった……元聖剣所持者の記憶が眠っていたとは。だが魔力だけの存在であるが故に、やりようはあった。まさか現聖剣使いの動向を探っていたら、こんな幸運に出会えるとは』
「まさか……あなた……」
リュシールが声を漏らす。そこでアレイスは笑った。
『はははは! そういうことだ! ここにある魔力は全て食らった! おかげで相当の魔力を得ることができたよ。さすがにここにいる英雄達の力をそのまま得ることはできなかったが……魔力だけでも上質だった。満足のいく結果だ』
「貴様……」
雪斗は声を発しながら魔力を高める。邪竜の再顕現――
「なら、もう一度貴様を砕くだけだ。いくらカイ達の魔力を得たといっても、その力は決して完全なものではない」
『そうだな。なおかつこちらの予想より早くここへ来た……が、お前達を食い荒らすことなど、造作もない』
アレイスは魔力を高める。それと同時、入口に結界が張られ、退路がなくなった。
『私としても、そろそろ決着をつけたかったところだ。ここで終わりにしようじゃないか』
「ああ、そうだな!」
雪斗が走る。剣から魔力が迸り、アレイスへ斬撃が放たれる。
だがそれを相手は持っている剣でいなした。魔力の多寡としては、全盛期の邪竜とは程遠い。魔力を奪ったらしいが、雪斗が『神降ろし』を使えば、十二分に対処できるものだった。
「ここで終わらせる……カイ達の仇も討たせてもらう」
『……くく』
そこで、アレイスは笑った。嘲るように、雪斗へ言葉により刃を突きつける。
『仇だと? 単なる魔力に成り下がった者達の……か? 観察していたことで貴様の事情も理解した。元聖剣使いとその仲間は、無事に帰還したのだろう? お前の言う仇など、この世界……そして貴様の世界においても、いないのではないか?』
「この場所に眠っていたカイ達の仇、だ」
『面白い話だな。この世界にあるのはただのぬけがらだ。ただ記憶を保有しているだけの残滓……まあこれからこの世界において生を全うする存在だったと捉えれば、貴様の考えもなくはないな……ふん』
笑みを浮かべ続けるアレイス。それに雪斗は警戒を込め、
「何を笑っている?」
『この場にいた者達……その中で、元聖剣使いは消える寸前に貴様に対し謝っていた。この私を始末できなかったことに対する謝罪。そして何より、貴様に会えず、言葉を掛けてやれなかった後悔、といったところか』
「……後悔、だと?」
『魔力を手に入れた礼を込めて、せめてもの慈悲で遺言くらいは伝えてやろうと私は言った。無論、元聖剣使いは邪竜に言葉を残すつもりはないと言ったのだが……本当に消える寸前、こう言った……すまないユキト、と。貴様は、よほど気に入られていたみたいだな』
雪斗の剣がアレイスを掠める。だが紙一重で避けた相手は、再び哄笑を放った。
『それはあれか? ただ一人……この世界でも、元の世界とやらでも一人だということで、申し訳ないと思ったのか?』
「黙れ!」
『貴様は自分の世界で罪を犯したらしいな? この世界にいたからこそ、成してしまった罪だ。自分がいなければ良かった。自分もまた、記憶を失っていれば……』
雪斗はさらに魔力を高める。絶対に、邪竜は始末しなければならない――
『この場所に来たのは何のためだ? 再会して、慰めてもらおうと思っていたか? それとも、懺悔しようと思ったのか?』
「貴様……!」
雪斗は剣を構え直す。激怒してはいけない。冷静になれと自分に言い聞かせる。邪竜の目的は挑発によるカウンターだと読んでいた。カイ達の力を吸収したとはいえ、その力はさほど大きくはない。ただ、状況的に『神降ろし』を使う暇もないため、決定打を生み出すには多少なりとも手傷を負わせなければならない。
『そうだな……この世界に記憶はあったのだ。ならば記憶を抜き取って、元の世界にいる者達へ送る、などという考えには至らなかったのか?』
「意味はないだろう、そんなもの」
斬り捨てるように雪斗は呟く。剣を構え直し、邪竜の隙が伺う。剣を入れればおそらく終わる。とはいえ邪竜からの反撃を受ければ勝負はどう転ぶかわからなくなる。
だからできることとしては、この無意味な会話を続ける間に力を溜め、邪竜が抗えない態勢を作っておくこと。
『意味はない、か? 本当にそうか? 記憶さえ取り戻すことができれば、万事解決だと思わないのか?』
小馬鹿にするようにアレイスは述べる。それに対し雪斗は、苦々しい視線を送り続けた。




