傲慢な自分
やがて、雪斗は帰還する。探索の結果をジークへ報告した後、王の計らいにより話し合いを行う。そこにはレーネとリュシール、翠芭がいてカイのことを説明した。
「カイの……記憶が……」
雪斗はその話を驚愕しながら聞いた。事情があったとはいえ、聞かされていなかったことは少しショックだったが、
「ディルが下手に口を滑らせて、ということかしら」
『はいはい、どうせ私が悪いですよーだ』
リュシールの言及に少しばかり拗ねた口調でディルは答えた。姿は見えていないが頬を膨らませている姿を如実に想像できて、リュシールは笑う。
「冗談よ……まあ、なんというかユキトをのけ者にしていたわけではなかったと思うわよ」
「俺は気にしていないから……」
雪斗は頭をかきながらそう述べた後、
「ただ、記憶が残っていたのは僥倖であるのは間違いないな……また戦わせるのか、と思ってしまうけど」
「不服かしら?」
「……いや、様々な状況を想定してカイは記憶を残したわけだ。であれば、カイとしても存分に使ってくれと言うに違いないさ」
肩をすくめながらユキトは語った後、
「ただ、カイには申し訳ないな……結局、頼ることになるというのは」
「それは私達も同じ事を思っているわよ」
と、どこか無念そうにリュシールは語る。
「本当なら、頼る必要もなく対処すべきだったのでしょうけれど……ね」
「……そちらが悔しい思いなのはわかったよ。それで、俺はどうすればいい?」
「現時点で必要なものが足りていないし、これからはそうしたものを集めて回る必要性があるでしょうね」
「なら、魔力を得るために俺は走り回る必要があるか?」
「そうしてもらうことが、一番の近道かしら」
「それならそれでいいけどな。徒労になるかもしれなかったことに、価値が持つわけだから」
その言葉にリュシールは頷く。
「そうね。ただまあ、ユキトだけにやらせるつもりはないから」
「何か援護があるのか?」
「そもそも一人にやらせるのは非効率だからね。今人を集めているから、そうした人と協力して、というのが基本的なやり方となるかしら」
「それなら……魔力の確保などは他の人に任せていいのか?」
「ええ、それは当然ね……さて、ユキトに仕事を再開してもらうより前に、カイに一度会って欲しいのだけど」
その言葉に、当の雪斗は一度沈黙する。すると翠芭が、
「どうしたの?」
「いや……今更俺が会ってどうなんだろうって思っただけだ」
「そこまで深く考える必要はないと思うけど……記憶が残っていて、一緒に仕事をするから顔を合わせておく……ってところじゃない?」
「まあ、そうなんだけど……」
「引っかかる?」
翠芭の純粋な問いに雪斗は再度黙する。そこで一度目を伏せ、自問自答した。
(俺は……カイと再会して、何を言えばいいんだ?)
翠芭達はおそらく、雪斗の話した身の上についてはカイにも説明しているだろう、と予想している。そうなったらカイはきっと、雪斗に対し何かしらフォローを入れてくるだろう。
雪斗はそれに大丈夫だ、と返答する。話はこれで終わりになる――が、きっとカイは納得しない。
(俺のことを憂慮して、何かしてくる可能性がありそうだよな……)
それは決して悪いことではない。むしろ仲間のためを思ってやっているのだと、雪斗自身理解はできている。ただ、
(俺はカイに何を言って欲しいんだ?)
それを自問自答した時、雪斗は改めて自覚する。自分は、
(救われたいのか……この世界に残ったカイに何かを言ってもらって)
認識すると同時、雪斗は口の端を歪め、皮肉混じりに笑った。
(何て傲慢なんだろうか……俺は……)
元の世界へ戻り、記憶を失ったクラスメイトにやらかしたのは他ならぬ自分自身だ。例え何かしら理由があるにしても、そこだけは間違えのない事実だ。
(俺が、どういう理由であれ壊してしまったのは変わらないんだ。この世界にいるカイの記憶に触れても、そこは絶対に違わない)
「ユキト?」
リュシールがふいに問い掛ける。そこで雪斗は、
「あ、ごめん……えっと、今すぐに会うってことでいいのか?」
「さすがにこの話し合いの後に、というわけではないけれど。さすがに私達も疲れたし、こちらも仕事があるから数日後といったところね。それまでに、やれることをやっておきましょう」
「そうだな」
少なくとも、可能性は見えてきた。決して平坦な道のりではないはずだが、光が見えただけでも現状は満足すべきだ。
「カイの記憶がある場所に行くまで、俺は城にいるからな」
「ええ、わかったわ。準備ができたらこちらから言うわね」
リュシールとそうやり取りをして、この場は解散する。新たな目標ができたわけだが、それでも当初とやることは変わっていない。
(今は自分にできることを少しでも先に進める……だな)
今までこの国がやろうとしなかったこと――あるいは、実現したことのない試みを行おうとしているのだ。その事前準備は、やれるときに少しずつやっておいた方がいい。
リュシールからは「根を詰めすぎないように」と言われそうだが、雪斗はそれで構わないと思った。いや――真実は少し違う。何か、追い立てられているような気がしてくる。
その理由は最初わからなかった。けれど部屋に戻り一休みしている時、思い至った。
(そうか……俺は……)
クラスメイトを帰そうとしていることは事実。だがそれ以上に、この世界との関係に、終止符を打とうとしているのだ。
それは決して、誰かに強制されているわけではない。むしろ、この世界の人々からすれば、なぜそんなことをするのかと困惑するかもしれない。
だが、それでも――半ば強引な形で帰還してしまい、何もできなかったこの異世界に対し、決着をつけたいのだ。
「カイの記憶と会うことができたら……その目的を達成することができるのか?」
疑問を口にするが、答えは出ない。だから出発の日まで待つしかない。
もし、カイ達と再会したら――自分のことをよく知るカイ達と再び顔を合わせたら、どうなってしまうのか――
雪斗はそこで思考を振り払う。数日後にはわかる話だと、思考を中断して作業を始める。今は、この世界に対する精算を――ただそれだけを、胸に秘めて。




