一つずつ

　雪斗達はその後問題なく帰還し、ジークと玉座で謁見する。そこで彼は、

「想定外の事態だな……」

　苦々しい顔をしながら、発言した。

「なるほど『魔紅玉』が……とはいえ想像を巡らせることは可能だったはずだ。それをしなかったのは、私達も神格化していたということか」

「どうするのかしら？」

　ジークの発言に合わせるように、リュシールが口を開く。

「これについては私や雪斗の一存では決められない……『魔紅玉』の所有者は誰なのか、という疑問が出るけれど、あれは迷宮を踏破したらこの城に安置される物……よって、国の管理という解釈ができるから、国全体で決めなければならない」

「そうだな……とはいえ重臣達に議題として上げても紛糾するだろう」

　ジークは険しい表情のまま語る。この場にいるのは雪斗とリュシールに加えジークのみ。本来謁見をする際にいるはずの重臣達は姿がない。これは彼の意向だ。

「確認だが、そのまま安置するという手はないのか？」

「帰る道中に私も考えたわ。けれど『魔紅玉』が暴走状態に入らないとも限らない」

「そうだな……『魔紅玉』事態に異変がある以上、魔力を抜かなければ安全であるという保証はない」

「ジークとしては、もう二度と迷宮が出現しないように取りはからう……で、いいのよね？」

「ああ、そう思ってもらえればいい。むしろ『魔紅玉』そのものを破壊するという選択肢も考慮していた」

　と、ジークは意外なことを語った。

「ユキトは聖剣の担い手がいないために異世界からの召喚なんて技法を使っていた。だから、この世界に聖剣所持者が現われれば、そうした事態にならないと言ったが……いっそのこと、迷宮そのものをなくせばいいのでは、と考えた」

「そういう方法もあるにはあるけど……」

　一方で雪斗は渋い顔をする。

「それでいいのか？　霊具という存在を含め、迷宮という存在をなかったことにするというのは……」

「邪竜の出現によって、迷宮の存在意義もほぼ消失したと考えていいからな……諸国も同意するだろうし、霊具については……今後、迷宮に頼らずとも開発する方法はあるだろう。例えば邪竜のような存在……人間に敵対する勢力が現われたとしても、やりようはあるさ」

　楽観的な言葉を述べるジーク。対する雪斗は、確かに迷宮の成り立ちから考えねばならない状況に直面しているのだと認識する。

　邪竜が降臨してから、迷宮が危険であるということは誰もが理解していた。もし今後、同じ過ちを繰り返さないために対処するのであれば今しかなく、この機会を逃せば後世で再び迷宮が復活するだろう。

　その根源から断つことができれば、迷宮に関することで悩むことはなくなる――もっともこの国にとって迷宮は切っても切り離せないもの。弊害は多々生まれるはずなのだが、

「ジークがそう言うのなら、文句は誰も言わないわよ」

　と、リュシールがジークへ言った。

「重臣達も同意してくれるでしょう……あの悲劇が終わりを迎えておよそ一年。爪痕が残り、迷宮は危険なものであると誰もが理解してくれた。今後、迷宮が復活して邪竜のような存在が復活すれば、今度こそ終わるかもしれない……その懸念を考えれば、ここで終止符を打つことも良い選択だと思うわ」

「そう言ってもらえるとありがたい……が、それよりも前に『魔紅玉』に生じた問題を解決しなければ、破壊を実行することも難しいみたいだな」

「そうね……具体的は方法は私にもないのだけれど」

「とにかく『魔紅玉』の専門家を総動員して、調査する他ないな……確認だが迷宮の主はこちらに友好的なんだな？」

「ええ、それは間違いないわ」

「であれば、専門家を迷宮へ派遣する……ユキト達は念のための護衛で動くという形が望ましいだろうな」

「それは問題ないが……現在『魔紅玉』に発生している状況は異常事態だ。専門家でどうにかなるのか？」

「迷宮が現われた時代から『魔紅玉』について調べている者が一定数存在する。そうした研究の蓄積により、こちらではわからないことが解明される可能性もある」

「そうか……なら、良い結果が生まれることを祈るしかなさそうだな」

「ああ……ユキト達の仲間はどうする？」

「迷宮そのものに害意がないのであれば、クラスメイト達に出番はないんじゃないか？　周辺の魔物についても……邪竜が再出現した影響で凶暴化しているかもしれないが、それは騎士団で対処できるレベルだろ？」

「まあそうだな……なら『魔紅玉』について今後の展望が判明するまでは、待機という形になりそうだな」

「今回の来訪者達も貢献してくれた。それで実績は十分でしょうし、ね」

　リュシールが捕捉する。邪竜との戦いに加わり、霊具を振るってくれた事実はある。よってここから先動かなくとも、問題はない――そうリュシールは語っているわけだ。

「なら、当面の方針はそういう形でいきましょうか」

「そういえばリュシールはどうするんだ？」

　雪斗の疑問に彼女は肩をすくめ、

「やることはたくさんあるわよ？　とりあえず大陸各国と話し合いかしら」

「『魔紅玉』破壊については、ここで初めて表明したくらいだ。これから先、綿密な話し合いが必要になる」

　ジークが続ける。ならば今後は政治の出番。よって、

「なら、俺が矢面に立つことはそうそうないか」

「出番があるとすれば、残っている邪竜一派の残党との戦い……とはいえ、それもあまり心配はないだろうけど」

「邪竜そのものが死滅しているからな……警戒は必要だけど、諸国の霊具使いで対処できそうだな」

「ああ。ユキト達は十分に貢献してくれた……護衛任務はあるけれど、基本的には自由にしていてくれていい。来訪者達のケアも、こちら側がしっかり行おう」

「わかった……が、俺達が帰る手段を含めて課題は山積みだ」

「一つずつ進んでいくしかないな……『魔紅玉』のことを含め、長期戦も覚悟しないといけないか」

「ま、仕方がないか……翠芭などにも伝えておくよ」

　とはいえ、決して悲観的ではない。むしろ今後戦いが起こるとは考えにくい状況。むしろ雪斗としては良い展開なのではとさえ、考えていた。