勇者と幼馴染
壊してしまった――雪斗は語るごとに苦々しい表情となっていく。ただその表情の奥に、自責の念と自嘲的な心情が絡んでいるのを、翠芭は悟った。
「事件を起こしたきっかけは、カイの行動についてだ。元の世界へ戻って二ヶ月くらいか……この世界でカイのことを知っている人なら、もし記憶を保持した状態で戻ったら、何をするのか知っていたはずだ」
「幼馴染みのいる所に帰る、と公言していたからな」
レーネからの言葉。雪斗はそれに頷き、
「けど、カイは記憶を持っていなかった……こちらの世界にいる時に俺は聞いていたんだけど、何年もの間、宙ぶらりんの関係を続けていたらしい。向こうの世界では幼馴染み以上恋人未満、という表現かな。互いに最後の一歩を踏み出すことができず、思い留まっていたらしい。それこそ、今の関係性が崩れるかもしれないから、と」
「怖かった、ってことか。こちらの世界にいたカイとは思えぬ小心さだ」
ジークがそんな風に述べる。それに雪斗は肩をすくめ、
「成績優秀、スポーツ万能で容姿端麗かつ、人を率いるだけのカリスマ性を持つ……間違いなくこの世界で勇者となる器を持っていたカイだけど、結局のところ記憶が無ければただの高校生だった、ってことさ。こちらの世界へ来たカイは戻ったら幼馴染みに告白しようとしていたけど、それは邪竜との戦いを経て心が強くなったからだ。よって記憶を失ったカイは臆病なまま、関係はずっと変わらないままだった」
ここで、雪斗は小さく息を吐く。
「幼馴染みにそうした気持ちを抱いていることをはっきり理解しているのは、こちらの世界で事情を聞いた俺だけだった。カイは誰にも相談しようとしなかったからさ。もちろんカイと幼馴染みの関係は良好で、傍から見れば恋人関係に見えた。そのくらいに仲が良かったし、中には付き合っていると認識している人までいたんだ。でも、カイ達はそう思っていなかった」
雪斗は一度周囲を見る。この場にいる全員の表情を一度窺ってから、話を進める。
「まあ、いずれどちらかが告白して正式な関係になるのは、間違いないと思っていた……けど、それを良しとしない人がいてさ」
「カイのことを好いていた誰かが、妨害したと?」
レーネからの質問。雪斗は頭をかき、
「まあ、そういうことになるのかな。わかっていると思うけど、カイはそれこそ完璧超人だと思うくらいに、隙がなかった。当然そういう人物だったから彼を慕う人は多かった。中には告白して玉砕した人だっていた。場合によっては、幼馴染みにやっかみを言う人もいた」
「陰口、か」
翠芭はどこかうんざりするような口調で述べる。ただ、そういう展開になってしまうのは、カイの姿を見た翠芭としては納得がいってしまう。
「ま、そういうこと。大っぴらには起きなかったけどさ。カイの幼馴染みもそれなりに勘が良くて、何かあったらすぐに気付くくらいの人でさ。だからまあ、いじめとかに発展することとかはなかった。カイも幼馴染みに何かあったらすぐに気付くくらいは親密だったし、ひとまず事件などは起きなかった……でも」
雪斗が言葉を切る。これから先のことはきっと、その時の光景を思い出しているのだろう。
「……元の世界に戻ってきて二ヶ月経った時に、カイへ積極的にアピールする人が現われた。何かイベントをきっかけにして、深く話をするようになったんだったかな? ともかく、そういう人が突然押しの一手でカイへと近づいた」
「強引な人物もいたものだな」
ジークが腕組みをしながら言うと、雪斗は苦笑する。
「そうだな……カイが幼馴染みとの関係に躊躇している間に、他の人が迫ってきたって話だ。これが恋愛漫画とかなら、ラブコメ的な展開になってもおかしくないような感じではあったな」
「――その時、雪斗はどう思ったんだ?」
そんな質問を投げかけたのは、信人だった。
「何か、思うところはあったんだろ?」
「……正直、カイの気持ちは揺るがないと思っていたよ。二人の関係が強固なものなのは知っていたし、何かあるにしても新たに現われた人にカイがなびくことはない……と思っていた」
雪斗は呼吸を整える。今から話す内容が、とても辛いのかと思えるほどに、苦々しい顔をしていた。
「変化は少しして訪れた。カイがものすごく迫ってくる彼女に根負けして、デートの約束をした。まあカイからすれば、一度要求を通してあきらめてもらおうって魂胆だったんだと思う。なんというか、傍から見ても辟易していた風に見えたから」
翠芭はそんな光景を頭に思い浮かべる。それこそ意中の人に振り向いてもらうために、なりふり構わず突き進む女性の姿を。カイからすれば間違いなく、迷惑だと思ったことだろう。
「もちろん、それをきっかけにしてカイが変わるはずもなかった。周りだっておそらくそんな風に思っていたはずだ。けれど、そうじゃなかった……それをきっかけにして心境に変化があったのは、カイの幼馴染みの方だったんだ」
頭に手をやる雪斗。次いで再び息を吐いた。
「幼馴染みは、何かしら思うところがあったのかもしれないが、その時に少しだけカイから距離を置こうとした。そんな必要はなかったのに……結果的に言えば、押しの一手で突き進んでいた女性が勝ったと見るべきなのかもしれない。そして幼馴染みと同時に、俺も内心息を飲んでいた」
雪斗はもう一度部屋にいる面々を見据え、
「……カイが幼馴染みのことをどう想っているかは俺も良くしっている。だから、幼馴染みが引き下がって終わりになってしまう結末なんて、間違っていると思った。けど、俺はカイと話をするようなことは無理だ。そもそもクラスでまともに話していなかった間柄だ。そんな関係の人間が突然助言しても効果はないし、彼には多数の取り巻きがいる。近づくことも厳しかった。だから」
「幼馴染みの方へ、話し掛けたと」
翠芭の推測に、雪斗は頷いた。
「そうだ。カイがどう考えているか。それをきちんと伝えることができれば、彼女も一歩を踏み出せるんじゃないか……そう考えたんだ。いや、考えてしまったんだ。それが、最大の……過ちだと気付かないまま、突っ走ろうと考えてしまったんだ――」




