戦争の終わり
戦いの後、各国に邪竜討伐の情報が行き渡り、諸国は最大の脅威を倒したことに対し歓喜で応じた。
討伐した人物が雪斗に加え新たな聖剣所持者である翠芭だったこともそれに拍車を掛けた。新たな英雄――その誕生に沸きに沸いているというわけだ。
もっともその辺りのことは翠芭自身に伝えてはいるがあまり実感はないだろう。邪竜との戦い以降、城内で過ごしその辺りの情報からは多少なりとも遠ざけているためだ。
「ひとまず、来訪者達に動揺はない」
そうジークは語る。場所は城の上階に位置する会議室。だだっ広い空間ではあるが、この場にいるのはユキトとジークの二人だけ。
「騎士達も犠牲者がいなかったため、城内については問題はない。ただ、外に出てしまうと途端に英雄扱いだ。困惑することもあるだろう」
「邪竜は既に滅んだ。他国へ赴くような出来事もないだろうから、たぶん大丈夫だろ」
雪斗はジークへそう応じながら、腕を組む。
「残る障害は迷宮だけ……といっても邪竜と同様に大変な所業なんだけどさ」
「邪竜が残したという発言も気になるけど」
「そこは最深部へ行ってみなければわからない……一度上層部分へ俺は入ったけど、アレイスの罠があるにしても、魔物の動きが緩慢だった」
雪斗はそう発言した後、口元に手を当てた。
「邪竜の発言が真実だとすれば、罠を張った邪竜と迷宮とは現在相性が悪いようだ。その状況下で罠を設置しようとして魔物の動きが鈍くなったと考えるのが自然だが……」
「こればかりはもう一度入らなければわからない、か」
ジークは呟きながら息をつき、天井を見上げた。
「大きな峠を越すことはできた……が、迷宮攻略をするんだ。ここから先は新たな苦難が予想される」
「覚悟の上さ。既に心の準備はできている。そもそも既に一度入り込んでいるし」
肩をすくめる雪斗に対しジークは微笑を見せる。
「……得た魔紅玉だけれど、本当に僕らの世界に関することでいいのか?」
「それが無難だろ? もう二度とこんなことが起こらなくなるための処置は必要だ」
とはいえ、現在はクラスメイトもおとなしくしているが、これ以上長引けば――いや、そもそも迷宮攻略が容易ではないため、そこで時間が掛かることだって十二分にあり得る。霊具を持たないクラスメイト達については、今後もケアしていかなければならない。
「長い戦いになるとは思うけど……ジーク、よろしく」
「うん、わかってる。けど今までよりは楽ができるかな」
どこか肩の荷が下りたという雰囲気を見せるジーク。グリーク大臣を始め、邪竜さえも滅んだのだ。彼としては大きな障害が二つ消え、ようやく政務に集中できる、ということだろう。
「ユキト達へのバックアップも、今まで以上にできるはずだ。スイハを始めとした霊具所持者については問題ないと思うけど、残る来訪者達……彼らについてはこちらに任せてくれ」
「ありがとう。それがわかるだけでこちらとしては安心だ。ただ、その……今後、城を襲撃されないようにしないといけないな」
「うん、そうだね」
短期間で二度も攻め込まれるというのは、国としてはかなりの醜態であるはずだ。面子的なものについては邪竜の攻勢である以上は仕方がないと諸国も理解を示すと思うが、さすがにこれ以上の攻撃はない方がいい。
「僕らとしても……騎士としても、こうまで簡単に攻め込まれては面目丸つぶれだ。レーネを含め現在は城の防備について見直しを図っている。邪竜が消えた以上はもう大丈夫……と思いたいところだけど、迷宮へ踏み込むんだ。今までは迷宮に入っても外に影響はなかったけど、邪竜の言葉も気になるし、さらに防備を強化するつもりだ」
「それが無難だろうな。でも、無理はするなよ」
ジークの顔は晴れやかではあったが、疲労の色も濃い。立て続けに城内で騒動があった以上仕方のない話ではあるのだが。
「ああ、わかってる。ここで僕まで倒れてしまったら国はガタガタだ」
「リュシールの力は必要か?」
「もし手を貸して欲しいのなら改めて言うよ。リュシール様には迷宮攻略に集中して欲しいと言い渡してあるし、注力してもらえればいい」
「わかった……後はナディとかイーフィスとかだが」
「邪竜が倒れた以上は役目も果たした……邪竜一派の攻勢は終結したから、ここに居座って戦う必要性もない……と言ってはみたけど、彼らは残ると表明した」
「もう居座る理由はないはずなんだけど……」
「それは僕も思ったよ。けど、今回は事の顛末を見なければ……そういうことらしい」
「俺達が、元の世界に戻るまで見届けると?」
「それが、共に戦った者の権利だと」
「別に最後まで関わる必要性はないと思うんだけどなあ」
「彼らにとっては、とても大切なことなんだよ」
言われ、雪斗は頬をかく。
「そうか、俺から言っても聞かないだろうから、もうイーフィス達の判断に任せることにするか……それで、翠芭達についてだけど」
「迷宮攻略に注力してもらえればいい」
「わかった」
「不満かい?」
問われ、雪斗は一時沈黙する。
「……できれば、戦って欲しくないと思っているのは事実だ。でも、カイの技術を継いでしまったんだ。そうなってしまったら、俺も覚悟を決めるしかないさ」
「邪竜まで倒してしまったからね。共に戦うのは当然の帰結だ……彼らとしても、嬉しいと思うよ」
「嬉しい?」
「たぶんだけど、ね。彼らは満足に戦えないということで、これでいいのかと重荷になっていた。でも戦えるようになった……雪斗に手を貸せることで、満足感があるのさ」
そう述べた王は、雪斗と視線を重ねる。
「そういえば、カイに何か言われたようだけど」
「ああ、そのことか……翠芭にも言ったんだ。取るに足らないことだって」
「でも、僕らの世界に関わったことで生じた出来事なんだろう? 気になるのは当然じゃないかな」
雪斗は小さく息をつく。そして内心思うのは、確かに彼らには聞く権利があるということだ。
(カイは……翠芭達を含め、前回の顛末を述べろと言ったんだろうな)
意図きっと――カイの考えを雪斗は想像しながら、ジークへ話す。
「わかった、話そう。ジークもその様子だと聞きたいみたいだし、できることなら場所を用意してくれとありがたい――」




