覚醒
次に翠芭の意識が覚醒した時、目の前ではなく数メートル先にアレイスがいた。加え、翠芭自身痛みなどもない。あの窮地で、あの状況下で奇跡的に攻撃を避けることができたらしい。
その時の記憶について翠芭は持っていない。一方でアレイスは、
「……なぜ」
その顔が、驚愕に満ちていた。
「なぜ、避けることができた?」
――アレイスは間違いなく、翠芭達の能力をつぶさに観察しそれを完全に理解した上で仕掛けたはずだ。彼の斬撃は今までの翠芭ならば絶対に避けられない。それでいて、予期せぬ反撃が来たとしても応じられるだけの余裕を残していた。
だが余裕があるということは逆に言えば全力の一撃ではなかった。だからこそ今の翠芭ならば――かわすことができた。
『――スイハ』
ふいに、頭の中でカイの声が聞こえた。
「僕の力を託す。ただ、こうして頭の中に話し掛けたり、助言することができる時間はそれほど長くない。僕の力によってアレイスの攻撃は防いだが、ここからは時間との勝負であり、またアレイスも全力で来るだろう。だから……気合いを入れてくれ」
わかった、と心の中で呟くと同時、聖剣から魔力が迸る。次いで周囲にいたクラスメイト達もまた、武器を構え直した。
顔を向けなくてもわかる。アレイスがトドメを加えようとした時とは大きく異なっている。全員が間違いなく、霊具に秘められた力により、覚醒したのだ。
「……どういう、ことだ?」
そしてアレイスは目を細める。彼にしてみれば異様な光景だろう。一瞬の間に途轍もない変化を遂げたのだ。
だが、彼に対する回答はすぐにできた――翠芭はさらに魔力を高める。その直後、アレイスにもどうやら『見えた』らしい。
「……この気配」
途端、その顔が憎悪に染まっていく。
「前の聖剣所持者……! そうか、貴様ら、亡霊の力を借りたか……!」
状況を把握した矢先、アレイスの魔力が膨らむ。今までとは比べものにならないほどの量。自分を滅した存在達へ向けられた、怒りの力。
しかし翠芭達は一切動じなかった。また同時に流れ込んでくる力が、高揚感をもたらした。
これは間違いなく、カイが邪竜との戦いで得た知識。それが頭の中になだれ込んでくると共に、それが体に宿っていくように感じた。
それはクラスメイト達も同じだった――加え、彼らの魔力の動向を探るだけで、誰が何をやろうとしているのかまでわかった。これこそ邪竜との戦いで身につけた、彼らの知恵であり、戦術なのだろう。
最初の動いたのは信人。彼の槍は今までアレイスに通用しなかったのだが、完全に霊具の力を使いこなせるようになった今では――アレイスも直撃すれば危険だと悟ったか、後退した。
その動きで強力な力を有してはいるが、邪竜本体ほどの力はないと翠芭は推測する。それと共に彼女もまた踏み込んだ。
聖剣が光り輝く。アレイスは苦々しい顔をしながら、どうすべきか迷った瞳を見せた。
覚醒した以上、無理に攻撃すれば自分の身が滅ぶかもしれない。それを憂慮し、リスクを回避するため一度ここは逃げるべきか。それとも雪斗のいないこの場所で決着をつけるか。
そういう考えが今の翠芭には手に取るようにわかった。同時、翠芭は足に力を入れ突っ込む速度を上げる。先ほどまでの戦いぶりでは絶対に行わなかった戦略。だがそれを翠芭は、躊躇いもなく実行した。
直後、翠芭はアレイスに肉薄する。逃げの一手をまず塞ぎ、それに加え聖剣が一閃された。
アレイスはすかさず防御。だがそこへ信人の槍が横から彼へと突き込まれる。
「ぐっ……!」
小さな呻き声。それは演技でもなく通用していると確信させられる出来事。
そうして翠芭達が交戦する間に、後方でも動きがある。貴臣が霊具を床に突き立て、結界を構築する。といっても自分を守るようなものではなく、このエントランス全体を取り巻くような規模。これはアレイスを逃がさないようにするための処置だ。
「退路を塞いだか」
アレイスは槍を受けた後、さらに後退して翠芭達と距離を置く。そこで貴臣はさらに行動する。杖をコン、と床を一度叩いた瞬間、淡い光が足下から発生した。
その効果はすぐに現われる。倒れ伏していた騎士達が、目覚め始めた。
「……何をするつもりだ?」
アレイスは問う。この状況下では戦闘の際に巻き込まれると危ないというのが一点だが、本質的な理由としては別にある。
レーネもまた目覚めると状況を把握する。さすがにアレイスと翠芭達が戦っている状況に彼女は驚いた。しかし、
「……カイ!?」
そう彼女が呼んだ。だが次の瞬間レーネはかぶり振り、改めて翠芭を見据えた。
「すまない、スイハ――」
「出入り口を封鎖してください!」
その言葉でレーネも理解したようで、目覚めた他の騎士達と共に動き始める。騎士達はエントランスに存在する出入り口の前を陣取る。さらに防御の構えを取り、アレイスの逃亡を防ぐ。
――貴臣が結界を張っただけでは強引に突破される可能性がある。しかし騎士達がいればそれを妨害できる。力の差は歴然としているため、例え守勢でも一撃で弾き飛ばされるかもしれないが、一瞬の内に騎士達を倒し結界を突破するのは相当困難な状況。騎士達が吹き飛ばされるその短い時間の間に、今の翠芭達なら勝負を決めることができる。
つまり、アレイスとしては逃亡しようとすれば翠芭達に背を斬られる羽目になる。そんなリスクのある行動をする可能性は――かなり低いだろうと翠芭は思った。
「……現状打てる、完璧な戦略だな」
そしてアレイスは、翠芭達へ告げた。
「どうやらこちらも覚悟を決めなければならないようだ……私が勝つか、そちらが勝つか」
アレイスの力がさらに高まっていく。その気配にこれまでの翠芭ならば気圧されていたに違いない。だが、
「……必ず、あなたを倒してみせる」
翠芭はそう宣言した。それにアレイスは「やってみるがいい」と応じた直後、走り出す――そうして彼との最終決戦が、始まった。




