聖剣所持者
アレイスが宣告すると同時、翠芭は彼から来るであろう刃に備えた。さらに周囲にいたクラスメイト達も翠芭を援護すべく全員が動き始めた。
しかし、その途中で翠芭は悟った。いや、悟ってしまった。全てが――遅い。
翠芭はどうにかアレイスの剣戟を防ごうとした。今まで攻勢に出ていても刃を合わせることができた。よって、守勢に回れば受けることだって――
そう思った刹那、アレイスがクラスメイト達を押しのけて翠芭へ刃を放った。半ばねじ込むようなその動きに対し、翠芭はどうにかギリギリ受けた――はずだった。
剣はわずかに軌道をそらせただけで、今までとはまったく違う。身をひねり紙一重でかわすことはできたが、アレイスは即座に二撃目を放とうとしていた。
その時になって、翠芭は気付く。アレイスは今までの攻撃で全力を出してはいなかった。きっと翠芭の能力を剣を合わせることで見極め、一撃で仕留めようとしていたのだ。
クラスメイト達の能力についても、同様に計っていたに違いなく、翠芭はそう確信した矢先、術中にはまりもはや抜け出せなくなったと悟る。
(終わる――)
自分が倒れれば、全てが――いや、雪斗がまだいる。しかしアレイスはさらなる策で彼を陥れようとするだろう。そして彼は、翠芭達を殺めたアレイスを憎み、必ず仇を討とうとする。その姿を想像し、たまらなく悲しくなった。
雪斗が上回るか、アレイスが勝つか。それはわからないが、きっと泥沼の戦いになることだろう。人だってたくさん死ぬだろう。何もできない無力感が翠芭を襲い、そうした中でせめて抵抗できないか探る。
けれど聖剣を握っているからこそ、わかってしまった。万に一つ、アレイスが仕損じることは、ないだろう。
それでも――そういう意図を込め翠芭は剣を振るう。アレイスの剣はまさしく必殺の刃だ。ここまで周到に作戦を立てた彼が失敗することはあり得ない。
だが、自分の力でこの苦境を――そう思った直後、視界が真っ白に染まり、突如意識を失った。
次に翠芭が目を開けると、そこは騎士達が倒れる城のエントランスではなかった。立っている場所は庭園。城の中に存在する庭園だった。
「ようこそ」
さらに男性の声。驚き視線を転じると、翠芭の近くに同じ年齢くらいの男性が、一人。
顔を見て、翠芭は言葉を失った。その人物は見たことがあった。レーネに見せてもらった写真。その中央に映っていた、邪竜との戦いにおける聖剣所持者。名前は、
「……名前は、カイでいいよ。その様子だと、写真か何かで顔は見たことがあるのかな?」
「あなたは……なぜ?」
「それを説明するには、少し長くなる……ま、この空間において時間は意味を成さない。現実世界ではコンマ数秒にも満たない刹那の時間だ。ゆっくり話そう」
にこやかに、カイは翠芭へ語りかける。
「そうだね、どこから説明すべきか……まず、この空間は僕が聖剣を握っていた時に創った、言わば次の聖剣所持者のために残したものだ。危機的状況や、何かをきっかけにして発動するようにしてある。君の場合は……あまり良い理由ではなさそうだ」
翠芭は周囲を見回す。自分達以外には誰もいない空間であり、よくよく見れば城へと続く廊下などは白い光によって覆われ先が見えなくなっている。
「僕の記憶は、決戦の時……邪竜との戦いで意識を失う寸前まで、だ。最後の最後に力を注いだからね」
そう語った後、カイは翠芭へ向け笑みを浮かべた。
「だから、君のことを見て少なからず驚いている……まさか新たな聖剣所持者が、どうやらこの世界における来訪者のようだから。もしよければ、話してくれないか?」
「あの……ただ」
「ああ、この空間内では現実世界で時間は消費しないよ。色々と魔法を仕込んでそういう風にしたからね……だから、この場にいる限りは猶予がある。君がどういう状況であれ」
そこまで述べたカイは、小さく息をついた。
「僕は君のアシストしかできない……聖剣を握ったことで色々と恩恵を受けたとは思うけれど、それは無意識に僕が力を注いだ結果、生じた戦いの残り香だ。本当に伝えるべきことは、この場所で語ることになる」
――翠芭は、一つ思う。どういう経緯であれ、カイという人物と体面できた。これは間違いなく、アレイスとの戦いにおいて突破口になる。
「どこから、説明すれば?」
「先ほども言ったとおり、僕は邪竜との戦いにおける記憶までしか保有していない。だから君がこの世界へやって来た経緯や、現在知っているこの世界の状況……そしてなぜこの場所に君が来たのか、その経緯を全て話して欲しい」
「……わかり、ました」
翠芭としては、頭の中を整理するだけで手一杯だったのだが、必死に言葉を選び、口を開く。
そうしてゆっくりと話し始める翠芭。冒頭で雪斗がいることを伝えると、彼は少なからず驚いた様子だった。
「またも、この世界に……か。何の因果か……いや、この世界と縁を結んでしまった以上、訪れてもおかしくなかった、かな」
「雪斗以外の人が来てもおかしくなかった、ですよね?」
「そうだね……ただ、話を聞く限り彼は僕達の学校にはいないようだね……その理由については――」
「わかりません。何か明確な理由があるみたいですけど……」
「色々と推測はできるんだけどね……ふむ、君は気になっているのかな?」
「はい。でも、その、雪斗の思い出に踏み込むわけですから」
「迂闊に尋ねることもできない、か……うん、そこについても話してくれないかな。もしかすると、手を貸せるかもしれない」
とてもありがたい言葉だった。よって翠芭は最初から、自分の身に起こったこと。そしてこれまでに生じた戦いについてを語り始める。
カイは黙って話を聞き続けるため、周囲には翠芭の話し声しか聞こえない。陽が差し、穏やかな昼過ぎといった案配の空間だが、鳥の鳴き声を始めとして音を発するものがない。それがこの空間自体非常に特殊なものであると、翠芭自身深く認識させるものとなった――




