覚悟
翠芭の剣が再びアレイスの剣と交錯する。それは一瞬せめぎ合いとなったが、アレイスは即座に剣を引き戻し、一歩後退した。
その理由は明白であり、信人が横から突き込もうとしたためだ。その反対側には千彰が回り込み、左右から攻め込もうとしていた。
アレイスの能力ならば両者の攻撃は何もせず防げるのでは――そんな予感が翠芭の胸の内にはあったが、彼は後退を選択した。ただこれは攻撃を食らったら負傷するためという警戒感からか、それとも攻撃が通用すると認識させ無理に突撃した仲間を反撃で仕留めるための罠か。
どちらにせよ、翠芭達に後退するという選択肢はない。よって信人も千彰も同時に仕掛けた。
それに対しアレイスは――まず信人の槍を真正面から受ける。槍の刃先はアレイスに届くことなく、彼の体を掠めるだけ。
とはいえ信人の方も突き込んだ結果、隙を晒すという無様な結果には至らず、即座に槍を引き戻す。それと同時、今度は千彰が風を放ちアレイスへ仕掛ける。
だがそれを、アレイスはしっかりと読んでいた。攻撃のタイミングを見極め、その風に対し左手をかざした。それにより生じたのは――炸裂する風。だが左手から発せられる魔力が、風を見事に押し留めた。
双方の攻撃が失敗に終わったため、アレイスは反撃に出てもおかしくなかったが、彼はなおも後退する。
「なるほど、ずいぶんとやるようだ」
そんな評価を下す。それと同時翠芭は立ち止まり、その前を信人と千彰が立つような形に。
後方では貴臣と花音が武器を構えていることが翠芭にも理解できる。アレイスが退いたのは、後ろにいる二人の妨害を予期してのことかもしれない。
「少しばかり評価を改めよう……てっきり霊具の力に引っ張られるばかりだと思っていたが、少し違うようだ」
「そうだな」
信人が返事をしながら槍を構え直した。
「霊具に秘められた力なのか……俺達は、まるで何年もこれを扱っていたかのように使える」
「先人達の功績か……いや、そうだな。言ってみればそれは、前回の来訪者が遺した置き土産かもしれない」
そうアレイスは告げる。置き土産とは――
「来訪者達も無意識にやっていたのかもしれないが、武具に魔力を継続的に込めることで能力を強化するばかりではなく、習得した技法などを継承者に託した……現在、そちらが自在に動いているのは間違いなく、それができるのは霊具のおかげだ」
「その力のおかげで、どうやら勝機はありそうだ」
信人は返答しながら槍を構え直した。
とはいえ、絶望的な状況であることは間違いなく、このまま戦い続けても全滅は避けられないはずだ。
(なら……相手の裏をかいて戦うしかないけれど、どうやってできる……!?)
そもそも戦術などを考えたことがない以上、できることは高が知れている。無論、剣を振ることで翠芭達はアレイスと互角に渡り合えているが、このような状態がいつまで続くのかもわからない。
では、どうすればいいのか――目の前の敵を、どうすることによって倒せるのか。
アレイスが動く。どうやら考える時間は与えてくれない様子。ならばと信人と千彰は応戦するが、今度は先ほどと様子が違った。
彼の刃が翠芭へ迫ろうとする。咄嗟に対応したのだが、両者の間に割って入った信人がそれを防いだ。
「させるか!」
「見事な槍さばきと言いたいところだが、さすがに二度三度と同じような形で妨害されればたまらない」
明確に――狙いを信人に変更し、刃を突きつけようとする。だがそこへ、風が生じた。
今度は千彰からの攻撃。けれど当のアレイスはほぼ無視した。風をその身に受けはしたが、外傷はなし。
「そちらは対策済みだ。放置すれば面倒極まりないからな」
アレイスからの言葉。そこで槍で受けていた信人が苦しそうな声を上げた。
「ふむ、色々と魔力を仕込んでみたが、さすがにそれをされればたまらないというわけか」
何をしたのか――翠芭は目線を通してアレイスの手先に魔力が。じっと目を凝らさなければ気付かないほどのものだが、それがどうやら信人が苦しそうな声を上げた原因。
(アレイスは体の内側で相当な量の魔力を貯め込んでいる……それを一部放出し、信人の体にぶつけたってことか……!)
これなら確かに信人としてはどうしようもない。だが彼は――それでもなお突撃する。
「おおおおお!」
雄叫びが上がる。それと共に放たれた渾身の槍は、アレイスを再度後退させるほどに、強い魔力を感じ取った。
だが槍は空を切り、アレイスに触れるまでには至らなかった。とはいえ現時点で誰も犠牲になることなく、食い止めることができている。
もっとも――この戦いがどこまで続けることができるかは未知数。けれど先ほどの攻防で首筋に汗が浮き出し始めた姿を見て、相当無理をしているのだとは実感できる。
持久戦は間違いなく無理だ。とはいえ短期決戦に移行できるのかわからない。
(どちらにせよ、私達はすぐにでも選ばなくてはならない――)
仮にアレイスがこちらが疲労するのを待って時間稼ぎをするとしても、手を抜くわけではない。その間に誰か一人でもやられてしまえば、確実に敗北に繋がる。そして現状、霊具使いが全員いる状況下で、翠芭が聖剣を当てる。これが勝利条件。
ただし、大きな問題としては翠芭が剣を当てたとして、それで終わりとはならないだろうということ。
(達人に対し、霊具の力だけで戦っている素人が幾度も剣を当てる……そんなことができるのかどうか……いや、迷っている暇はないか)
それをやらなければ、負ける――そう心の中で断じた翠芭は一度呼吸を整えた。
刹那、体が呼応するように熱くなる。これが魔力を発したことによるものであると、はっきりと自覚できた。
「その様子だと、理解できたようだな」
そうアレイスは小さく呟いた。
「ならば、来るといい……もっとも、こちらはそれを望んでいる。それでも来るか?」
「もちろん」
翠芭がそう答えた矢先、この場にいるクラスメイト全員が魔力を発した。それぞれが所持している霊具を完璧に扱うことはできない。けれど、無理をしてでも力を引き出せなければ、自分が倒れ伏すことになる。
勝負は一瞬――そう翠芭は心の中で思う。聖剣を扱いきれない現状では、全力を出すにしてももって数分。その数分でアレイスを倒せなければ、間違いなく敗北する。
ならば、その数分に賭ける――覚悟が決まる。直後、翠芭は吶喊の声を上げ、アレイスへ足を踏み出した。




