勝つために
アレイスが剣を振った次の瞬間、翠芭は剣を強く握りそれに応じるべく薙いだ。それにより刃が激突。金属音が響くと同時、アレイスは押し込もうとする。
だが、聖剣の力なのか――翠芭はまったく動じることなく、極めて冷静に対処する。どう応じればいいのかが頭の中で明瞭にわかる。ただし、自分の体が自分のものではないような感覚に陥り、これで大丈夫なのかと不安になる。
「来訪者の加護、だな」
そうアレイスは口にする。その間に彼は一度後退した。
「前回の聖剣所持者……カイの力がそこには眠っている。無意識の内に魔力を込めたか、それとも後世の人に何かを託したのかわからないが……その力により、私と対等に戦えている」
翠芭もこの力の大きさが身にしみる――そもそも周囲の騎士達が残らず倒れている。しかも虐殺ではなく加減し気絶させているということは、それができるほどに実力差があったということ。それだけの力を保有している相手に、幾度となく剣で応じることができているのは、聖剣に眠る力がなければ成し得ない。
「とはいえ、それはあくまで聖剣の力……そこに君の力を乗せなければ真価は発揮しない」
それもまた、アレイスの言う通り。無論、ここで今まで教えられてきた魔力の込め方などを実践すれば邪竜に対抗できる程の力を生み出せるかもしれない。だが、
「そちらも頭で理解できているようだな……そう、無闇に魔力を高めれば隙が生じる。特に剣の素人であるならなおさらだ。例え聖剣を所持していても、技量がなければどうしようもない」
厳然たる事実だった。翠芭は訓練を受けてそれなりに扱えるようになってはいる。魔物と戦ったことで、多少なりとも経験を得ている。けれど目の前の敵――それこそこの大陸を滅しようとした存在の力を宿す最大の敵にとっては、隙だらけに他ならない。
現時点では聖剣の力でかろうじて食らいついている。だが翠芭が集中を切らせば。あるいは魔力が途切れた瞬間、全てが終わる。
貴臣達の到着を待てば勝機はあるのか――いや、内心無理だと翠芭は断じる。どれほど強力な霊具であっても、目の前の脅威には――
そこで後方から魔力。まだ少しばかり距離はあるが、それでもあと数分経たずして到着するのは間違いない、クラスメイト達。
アレイスが走る。今度はすくい上げるような斬撃。だが翠芭は剣を振られた瞬間に軌道を見極め、剣をかざして受けた。
途端、せめぎ合いとなる。翠芭はそこで眼光鋭くアレイスを見据えた。相手は何を思ったか――笑みを浮かべるわけでもなく、かといって怒りを滲ませているわけでもなく。ただただ淡々と、無表情に徹していた。
「私にとって、聖剣に宿る意思はそれこそ亡霊だな」
剣を振る。それにより互いに間合いを外れ、一定の距離を置く。
「聖剣に宿る力……聞こえは良いものだが、それは言わば人間の悲惨な怨念が宿っているに過ぎない」
「……あなたは」
そこで翠芭は、絞り出すように声を上げた。
「あなたは、邪竜によって心が染まってしまったの?」
「その問い掛けは、どういう意味だ?」
「この聖剣に眠っている意思は、あなたと共に戦った人なんでしょう?」
「ああ、確かにそうだ……そうだな、上手く言葉にするのは難しい」
「――翠芭!」
後方から声が。振り返る余裕もなく気配を探る。貴臣を始めとした霊具所持者――クラスメイトが、この場に現われた。
「……よく王様が許可したね」
「状況が状況だから、半ば衝動的にこっちに来たんだよ」
「付き合うぜ……といっても、正直絶望的なのは理解している」
信人はそう告げながら『天盟槍』を構えた。
「霊具を持っているから、高揚感はあるし戦う心構えもできている……が、どれほどの力を持っているのか明瞭にわかってしまう」
「そうであっても、ここに来たか」
アレイスが一度剣を素振りする。
「なら問おう。なぜ死ぬとわかっていながらここへ来た?」
「決まってるだろ。助けるためだよ」
言いながら信人は前に出る。
「聖剣使いがいなくなってしまえば、元の世界へ帰るなんて夢のまた夢になるからな」
「自分が死んでもいいと?」
「最悪、生き返らせてもらえるからな」
「そういう捨て駒扱いにするのは、あまり感心しないな」
「だが、今がその時だっていうのは事実だろ?」
その時、千彰が信人の隣に立つ。既に霊具を起動させ、風をまとわせている。
しかしそんな様子を見て、アレイスは冷淡に告げる。
「その霊具については幾度となくやり合った……突破できる心得もある。それでもやるか?」
「当然」
極めて冷厳な声音だった。次いで後方で援護するべく貴臣が『空皇の杖』を構え、さらに花音が『真紅の天使』を握り、刃先をアレイスへ向けた。
「なるほど……君達の意思は理解した」
告げながらもう一度素振りをする。
「捨て駒になるというのは褒められたものではないが、どこで命を張るかは迷宮攻略では必要だった。いずれ生き返ることができるという保証がある以上、命を投げ捨てても問題はないからな……ただまあ、そんな意思でここへ来ても何の意味はない」
意味はない――その言葉、なんとなく翠芭は理解できる。
死んでも構わないという捨て身の意思は時に活路を見出すことになるかもしれない。実際雪斗を始めとした前回の来訪者達は、そういう気持ちで迷宮を踏破しようと動いていたかもしれない。
その考えが、今に当てはまるのか――答えは出ないが、決して正解ではないような気はする。なぜなら命を投げ捨てる時、雪斗達はきっと「仲間に後を託せる」と思っていたはずだ。けれど現状では託す相手などいない。完全に玉砕だった。
どうすべきなのか――翠芭に迷いの兆しが現われた時、アレイスの瞳が鋭くなった。まずい――
「させない」
しかしそこで貴臣が杖を少しばかり突き出した。途端にアレイスは反応し、眼光は収まる。
「ふむ、そうか……聖剣所持者を犠牲にしないよう、他の全員で食い止めるという可能性もあったし、そうなったら人質を利用しようと思っていたが……そういうわけじゃないか」
「ああ、そうだな」
信人はそれこそ、不敵な笑みをアレイスへ向ける。
「死ぬ覚悟はある。だがそれは、勝利のためさ」
「助けて逃げるどころではなく勝つ気でいる、と……そういうことなら少しは面白くなるか」
アレイスは呟くと同時、静かに剣へ魔力を込める。動作は流麗で、翠芭達との間には隔絶とした差が存在する。
だが――それでも、戦わなければ。
決意した瞬間、アレイスが動き出す。それに応じるべく――翠芭達は、全員同じタイミングで動き始めた。




