第153話 最強騎士と暗殺者
アポローン王国の王城内。
玉座の間の前に一人の男が玉座に向かい、剣を振り上げる。
その周りには数人の騎士達が傷だらけで倒れ込んでいた。
「…………斬れ」
「潔いな。愚王よ」
「ふん。貴様らのように力で何でもねじ伏せる王こそ愚王よ」
「そうは言うが、大貴族が民を食い物にしているのに、手も足も出せないではないか」
「…………そうだな。それだけが俺の心残りだが、もうそれも問題ない。既に決着は付いた」
「ふ~ん。だが、少し遅かったな。俺達が先に完成したのが運の尽きだ」
堂々と玉座に座る王に、男は剣を振り下ろす。
だが、男の剣は王を斬る事が出来なかった。
「ん? 貴様は…………いつぞやの?」
「お久しぶりです。『シュルト』の『ブルーダー』と申します。――――――アイザック様」
帝国の最強エンペラーナイトの一角、アイザックの剣を難なく止めたのは、他でもないブルーダーであった。
「仮面を被ってはいるが、俺は一度剣を交えた者は忘れぬ。貴様はあの森であった青年だな?」
「…………今は『ブルーダー』と呼んでくださいませ」
「ふん。愚王よ。命拾いしたな」
次に繰り出されるブルーダーの攻撃からアイザックが後ろに大きく飛び避ける。
広い玉座の間に対峙する二人。
その威圧だけでアポローン国王は息が詰まるほどであった。
「剣聖奥義、百花繚乱」
「アサシンロード奥義、シュティレ・アンピュテイション」
無数の刃は一瞬にしてぶつかり合い、玉座の間の周囲に広がって行く。
「…………強くなったな」
「アイザック様も前回とは比べものになりませんね」
「ふん。――――――お前らのおかげでな」
その瞳には怒りの炎が覗けるほどに、アイザックから殺気が放たれる。
「私達はただ敵を迎え撃ったに過ぎませんが……」
「たった一回の敗北で、俺の大切な部下を多く失った。貴様らを許せるほど、俺は優しい人間ではない」
「…………ええ。あの日もそういう目をしていましたね」
アイザックは自身の愛剣を握る手に自然と力が入る。
「貴様がここにいるなら、向こうの転職士もここにいるのだろう。貴様の首をはねたら、今度はそいつも頂きにいくとしよう」
「……そうはさせません」
ブルーダーの言葉が終わると同時に、アイザックとブルーダーが動き出す。
アポローン王が息を吸う事すら忘れて魅入られるその戦いは、二人の姿は全く見えず、ただ重苦しい空気の音がだけが風圧と共に周囲に響き渡るだけである。
次第に周囲にも被害が及び始めると、ブルーダーが先に窓から外に出て行く。
意図を知っているアイザックもブルーダーを無下にすることなく、その跡を追う。
バルコニーから降りた先は王城の広場になっていて、夜の静けさに覆われていた。
「アサシンロード奥義、ヘルツェン・フリーゲン」
ブルーダーの静かな声が響くと、彼の姿が闇に紛れる。
「剣聖奥義、朧月ノ夜風」
身を守るかのようにアイザックが抜いた剣の先の空間が歪むと、間髪入れずに音のない一筋の剣戟が空間を飲み込んだ。
実力が拮抗しているのか、お互いに有効打が決まらないまま、夜の闇に剣と剣がぶつかる音が鳴り響く。
数分続いた音が急に静まる。
お互いに傷一つない姿のまま、月明かりに二人が照らされる。
「そろそろ決着を付けさせて貰おう」
ここまでの戦いの中、全てを見切ったと言わんばかりのアイザック。
ただ、それが確信を持った言葉だと知っているブルーダーは内心焦る。
「剣聖絶技」
広場に響く声。
「アサシンロード奥義」
「神滅千本桜」「シュティレ・アンピュテイション」
アイザックから放たれる真っ黒い花びらのような刃がブルーダーを襲う。
たった一瞬だが、アイザックの攻撃に及ばないと判断するブルーダーであった。
圧倒的なアイザックの力に、持てる全てを吐き出すも力で押されていくブルーダー。
その時。
ブルーダーの懐から無数の見えない糸が繰り出される。
「…………狙いはこれだったか」
「ええ。私が貴方に勝てるはずもありませんが、暗殺者の戦いというのはこうモノですから」
「……貴様の庭に入った時点で俺の負けか」
「あと一歩で私の首が飛んでいました」
夜の暗闇を月明かりが照らしていく。
広場に見える二人の人影。
アイザックの剣があと数ミリでブルーダーの首を斬るという距離。
しかし、彼の剣が首に斬る事は出来ず、全身が見えない糸に絡まっている。
「貴方程の騎士と戦えた事、誇りに思います」
「…………」
「ですが、僕も守りたいモノがあります。こちらの土俵にわざと入って来てくれた貴方の覚悟。未来永劫覚えておきます」
既に動かなくなったアイザックの亡骸に向かって頭を下げるブルーダー。
帝国最強騎士の一人、アイザック・エンゲイト。
アポローン王国での戦いでその命を落とした。




