第152話 転職士と転職士
俺の前を防ぐのは、帝国の転職士と5人の騎士達。
その騎士達にも少し見覚えがある。
あの日、この転職士と共に俺達を殺しに来た騎士達10人のうち5人だ。
「王国の転職士。貴様はここで俺が倒す」
「…………私はヒンメルと申します。王国の転職士が誰かは分かりませんが、私達に敵対するのなら相手しましょう」
「ふん! 『シュルト』とかいう仮面に徹底するのか! これから実力で貴様の仮面を引きずり出してくれる!」
一斉に騎士達が左右に広がり、正面から帝国の転職士アースが突っ切ってくる。
言葉を交わさなくても普段から訓練を受けているのか、動きに全くの無駄がない。
というか、この6人で1人の人間を相手し慣れている気がする。
最初に仕掛けてくるのは意外にもアースで、俺の想像よりも早い動きで長剣を突いてくる。
ただ早いだけで難なく避けると、死角から剣戟が続いてくる。
『シュルト』用にガイアさんから作って貰った漆黒の剣を繰り出して弾き返す。
「気を付けろ! 何もない場所から剣を取り出したぞ!」
冷静に判断して漆黒の剣が現れたのも見逃さない。さらに情報共有までするのだが――――気になるのは、どうして念話を使わない?
と思考を巡らせている間に後方から攻撃が続く。
なるほど…………わざと考えさせて思考を鈍らせたのか。
以前会った彼はただ担がれて逃げるだけだったが、凄く強くなっているし、戦いも冷静だ。
彼らの戦力を分析してみると、ほぼ間違いなく全員が剣闘士に見える。
サブ職能はまだ判断が付かないが、魔法使いはいないのかな?
相手の連撃を一つ一つ避けながら見極めようとするが、サブに関しては全く出してくれないね。
そろそろこちらも攻撃に転じようか。
「ラビ!」
俺の声に応えるかのように、一度距離を取る。
だが、それでは少し遅い。
上空から無数の風魔法が降り注ぐ。
「っ! 上空か!」
2人の騎士が隠し持った小型クロウボスを取り出し、上空のラビに矢を放つ。
「ルー!」
彼らの後ろにルーを召喚すると瞬時に水魔法を飛ばしながら、支援魔法を付与してくれる。
上空のラビは矢を避けるところか、ギリギリで避けながら矢を素手掴みする。
あんな短い手でよく素手掴み出来るんだな…………ちょっとドヤ顔になっているし。
ルーの『万能能力上昇魔法』のおかげで、先程とは比べモノにならない速さで動ける。
真っすぐ近くの騎士を漆黒の剣で斬りつける。
すぐにヘルプに入る騎士がいたが、後方と上空からの魔法をもろに受けながらも斬られた騎士をかばう。
ルーに1人の騎士が追いかけるが、上空に逃げた隙に俺は精霊魔法を発動。
遠距離攻撃を全く予想してなかったようで、騎士の鎧を魔法が貫通し、倒れた。
「ふざけるな!」
アースが怒りのまま俺に剣を振り回す。
もうステータスで大差が開いているので、軽く一つ一つ避けながら周囲の騎士達に精霊魔法を放つ。
前方、後方、上空。3つの方向からの連続魔法に騎士達は成す術なく全員がその場で倒れる。
「貴様を倒すためだけにここまで来たのに、また貴様は俺を邪魔するのか!」
「邪魔とは失礼ですね。私達と敵対したのは他でもなく貴方なのですから」
「貴様さえ……貴様さえいなければ! 転職士が日の目を浴びる事さえなければ! 俺が帝国の転職士にさえならなければ! デイジーさんがあんな目に遭わずに済んだのに! 全て貴様の所為だ!」
デイジー?
それが誰かは分からないけれど、彼の目に浮かんでいる涙から、覚悟と後悔の想いが伝わってくる。
既に怒りに支配された彼の攻撃は単調で大振りばかりだ。
最初に右手を、次に左足を斬り捨てる。
地面に叩きつけられてもなお、アースは俺を睨む。
そんな彼の姿勢に免じて、俺は仮面を外した。
「初めましてですね。帝国の転職士」
「王国の転職士……!」
「確かにあなたが言うように、俺がいなければ、貴方も彼女もひどい目に遭わずに済んだのかも知れません。ですが、俺はここまで沢山の仲間に支えられてます。貴方も俺を憎むよりも仲間と手を取り合っていたら、こんな結果にはならなかったと思います」
「それはただの詭弁だ! 俺みたいなやつが帝国に逆らえるはずがない!」
「そうかも知れません。俺も……仲間がいなけらば…………愛するフィリアがいなければ、ここにたどり着いていなかったと思います」
これは本心だ。
常日頃思っている事は、俺を慕ってくれる『銀朱の蒼穹』のみんなと一緒にこうしていられるのは、全てあの日にフィリアが俺に手を差し伸べてくれたからだという事だ。
あの日、アムダ姉さんとイロラ姉さんを始めて転職させた日。
まさかこういう事になるとは思いもしなかった。
でもフィリアだけは最初から知っていたように、ずっと俺を支え続けてくれた。
目が覚めたら俺の事ばかり心配してくれて、俺の為に経験値を貯めては、毎日レベルが1に戻っても不満一つ言わずに自分の事よりも俺の事を最優先してくれた。
「俺は間違いなく多くの人達に支えられてます。だから、これからは俺がみんなを支えたい。だから俺は強くなりますし、貴方なんかに負けません。帝国なんかにも負けません。貴方が俺にどんな罵声を浴びせようとも、俺はその度に貴方を乗り越えていきます」
彼はそれ以上何も言葉をあげなかった。
既に手足が斬られ、いずれ死んでゆくだろう。
人を殺める事が褒められた事じゃないくらい知っている。
でもここまで俺を支えてくれたみんなを守れるなら、この手が血で染められても、俺は決して足を止めたりはしない。
「帝国の転職士さん。貴方と会う場所さえ違えば、きっと友人になれたと思います。それだけが……残念です」
俺は彼を背にその場を離れた。
◇
帝国のとある屋敷。
パリン!
硝子で出来ているコップが地面に落ちて、綺麗な音を鳴らして割れていく。
「お嬢様!」
「セーニャ…………」
「お怪我はありませんか?」
「うん…………」
「では問題ありませんね! コップはわたくしが片付けますので、お嬢様はそのまま練習を続けてください!」
「分かった……」
メイドのセーニャはデイジー・インガルマの長年付き添っているメイドで、友人の関係でもある。
デイジーの相談役とも言えるだろう。
そんな彼女は、とある力によって、失くしていた希望を取り戻す事が出来たのだ。
それが、『精霊騎士』という上級職能で、精霊を身体に宿す事で、精霊の力を具現化出来るのだ。
そして彼女が今行っているのは、『精霊騎士』の一番初歩である『精霊の部分具現化』である。
それを用いて、既に斬られている両手に精霊の力を宿して、元の両手を再現しているのだ。
「お嬢様! 頑張ってくださいね。きっとアース様が迎えに来ますから。その時、指輪をちゃんと受け取れるように」
セーニャは希望を抱いたデイジーの背中を眺めながら応援していた。




