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男装少女は騎士を目指す!  作者: 浅名ゆうな
第三章

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最後の稽古

 互いの武器を用意し、向かい合う。

 今度はアックスが審判を買って出た。

 セイリュウとは何度も打ち合ったことがあった。そしてきっと、学院で手合わせをするのはこれで最後になる。

「――――試合開始!」

 合図と同時に揃って距離を取った。シェイラは居合い切りを警戒して、セイリュウは相手の素早さを見越して。

 期せずして、初めて実力テストで対戦した時と同じ展開。気付いてお互い小さく笑う。

 先に仕掛けたのは、やはりシェイラだった。セイリュウ目掛けて素早く走る。

 懐へ飛び込むと見せかけて、左脇を全速力ですり抜ける。その際、サッと剣を逆手に持ち替えた。

 変則的な攻撃だったが、セイリュウは難なく受けきった。シェイラは細剣を持ち直し、返す刀で背後を切り払う。

 そこからは、目にも止まらぬ打ち合いとなった。

 シェイラが右から左から攻め立てるも、セイリュウは真っ向から防いでみせる。どころか、合間に反撃に打って出る余裕さえあった。

 手数で言えばシェイラの方が多いが、圧倒的にセイリュウが優勢だ。

 目の前の強敵に、果敢に立ち向かう。シェイラが最も好む展開だ。血が沸き立つような興奮を抑えきれない。

 自然、唇は笑みを刻んでいた。目の前にあるセイリュウの顔にも、確かに勇ましい笑みが広がっている。まるで狂暴な獣が二匹、じゃれあっているようだった。

 シェイラは咆哮を上げるように叫んだ。

「寂しいんですよ!」

 セイリュウの黒瞳が、僅かに見開かれる。審判をしているアックスも、意外そうに眉を跳ね上げた。

 シェイラは弾む息が更に乱れるのも構わず、胸の内をさらした。

「あなた方がいなくなるなんて、寂しい! もっと手合わせしたかった! 話したかった! 馬鹿なことも、くだらないことも、沢山……!」

 腕が痺れる。気だるい疲労が蓄積し、肩が上がらなくなってきている。激しい攻防のために呼吸を整える暇がない。体力の限界が、すぐそこまで迫っていた。

 ――悔しい。まだ、終わりたくなんてないのに。

 もっともっと体力があれば、いつまでもこの時間を楽しめたのに。技術があれば、何度だって挑むことができるのに。

 今のシェイラには、全力を賭けて立ち向かうだけで精一杯。むしろアックスとセイリュウ、続けて相手取るほどの技量にはまだ足りなかったほどで。

 流れ落ちる汗が右目に入ってツンと沁みた。涙がにじむ。

「沢山、学びました……! 剣と向き合うことを、誇りを、その背中で、教えてくれた!」


  ギィィィンッ


 感覚を失った右手から、細剣が弾き飛ばされた。

 相棒は、クルクルと回転しながら宙を流れ、地面に突き刺さる。その軌跡を酷くゆっくり眺めた。

 勝負は、決した。

 シェイラは歯を食い縛ると、しっかり前を向いた。神妙な顔付きのセイリュウとアックスを視界に収める。

「……ありがとうございました! これからも頑張ってください! ――――ご卒業、おめでとうございます!」

 思いきり深く下げた頭を、上げた時にはもうシェイラは笑っていた。

 セイリュウもアックスもつられて笑う。

「勝者セイリュウ! ワッハッハッ、先輩組の完全勝利だな!」

「二人共、本当に少しも手加減してくれないんですから……」

 この場面でなぜか脱ぎだしたアックスは気にしないことにして、シェイラは不満げに文句を言った。

 けれど、セイリュウとアックスは全く笑顔を崩さない。

「手加減が必要なほど、君は弱くないだろう?」

「そもそも、そんな扱いをした方が失礼だしな! 礼を尽くし、全力で叩きのめしたまで!」

 指摘にはぐうの音も出なかった。真剣勝負に手心を加えられたら、確かに悔しいなんて言葉では済まないはずだ。

 シェイラはふて腐れて土の上に寝転んだ。

 空にはいつの間にか星が輝き始めていて、過ぎ行く時の早さを思い知る。卒業の日まで、きっとあっという間だ。

「……僕、忘れません。二人とこうして刃を交えたこと。――――今まで本当に、ありがとうございました」

 呟くシェイラの前に、いつの間に用意していたのか、アックスが厚手の上着を差し出した。

 この寒い時期に汗を掻いたまま放置すれば、間違いなく風邪をひくだろう。外見によらず細やかな気遣いをみせる彼に、笑いながら礼を言った。

「でも、それだと寮長が寒いんじゃないですか?」

「安心しろ、ちゃんと全員分ある」

「そうなんですか。だったら、ありがたくお借りしますね」

「……何で背中に、『筋肉万歳』と刺繍してあるんだ…………」

 アックスは高笑いをしながら、セイリュウは小さな声で疑問を呟きながら、シェイラの隣にそれぞれ腰を下ろした。

 時々忘れてしまいそうになるが、アックスはこれでも貴族だ。にも関わらず、地面に直接座る行為を嫌がる素振りもない。

 一瞬不思議になったシェイラだったが、彼の生家の変わった規則のおかげで、下町文化にも精通していることを思い出した。

 ――そっか。コディがこの二人と友達なら、寮長とセイリュウだって当然友達なんだよね。

 どうりで、やけに親しげだと思った。その前提を知っていれば、上着の刺繍で揉める姿にさえ、何年もかけて培われた絆を感じる。

 シェイラはむくりと体を起こした。

「刺繍はまぁいいとして、」

「……これを『まぁいい』で済ませられるなんて、君はやはり大物だな…………」

 セイリュウが苦悩を帯びて呟いたが、構わず話を進める。

「先輩方の進路は、どうなったんですか?」

 二人で視線を交わしたのち、まずセイリュウが口を開いた。

「俺は以前からほとんど内定していた通り、巡回兵団だ。だからといって、次期団長まで確定した訳ではないがな」

 おどけたように肩をすくめる彼には、何の気負いも感じられない。けれど余裕を湛えた笑みには、頼もしさが覗いていて。

 きっと彼は誠実に、謙虚に、巡回兵団の仲間から信頼を勝ち取っていくのだろうと予感した。そして、いつか確固たる地位を築くのだろうと。

 強く優しい団長の姿が見えてくるようで、シェイラは自然と微笑んでいた。

「……セイリュウ、頑張ってくださいね。僕が騎士になれなかった時、職権濫用して拾ってくれると嬉しいです」

「あっさり悪どいことを言うんじゃない。というか、君が卒業するまでに要職に就いていろというのは、随分な無茶ぶりだぞ」

 疲れた様子でツッコむセイリュウだったが、不意に穏やかな笑みを浮かべた。黒曜石のような瞳を優しく細めながら、シェイラの頭を撫でる。

「……王都に残るのだから、一生会えない訳じゃない。まだ、ミフネ家に招待する約束も、果たせていないしな。巡回中に見掛けたら、どうか君からも声をかけてほしい」

「――――はいっ」

 決して別れではないのだと言ってくれる、その気持ちが嬉しい。髪をかき混ぜる手を心地よく感じながら、シェイラは泣きたいような気持ちで頷いた。

「……何だかセイリュウと話してると、コディを思い出します」

「馬鹿なことをするゼクスとアックスを、いつも俺とコディで引き止めていたせいだろうな」

「でも、コディより男らしくて、カッコいいです」

「え」

 仲良く遊ぶ少年達を思い描くと、楽しい気持ちになった。コディとセイリュウは、悪戯ばかり繰り返すゼクス達の歯止め役だったのだろう。

「きっと大人びてるから、カッコいいんでしょうね。コディも数年後にはカッコよくなるのかなぁ」

「何だ、そういう意味か……」

 無駄な動悸を押さえるセイリュウを尻目に、二度手間ながら服を着直したアックスが口を開いた。

「俺は、国境警備の任に就くことになったぞ」

「国境警備ですか! お兄さんのイザークさんが巡回兵団だから、何となく寮長もそうなのかなって思ってました」

「王都を護る仕事もやりがいはあるだろうがな。迷った末に、自分から希望したんだ」

 アックスと会話が成立するなんて、失礼だがとても珍しい。戸惑い目を瞬かせていたシェイラだったが、彼の誇らしげな横顔に口を噤んだ。

「強く忍耐力のある者にしか、国境警備は務まらん。国を守る一柱になれることを、俺は嬉しく思っている」

「――――」

 気高い姿勢に、肌が粟立った。子どもの頃にクローシェザードを見た時のような身震いを覚える。

 騎士とは、役職の名称ではない。巡回兵団だろうと国境警備だろうと、その誇り高さが騎士なのだ。

 アックスが輝いて見えて、けれど素直に言うのは恥ずかしいから、シェイラは別の話題を口にした。

「……どこの、国境に行くんですか?」

 彼は、シェイラの様子に気付くことなく答える。

「東だ。ファリル神国との国境沿いだから、比較的厳しい場所になるな」

 国境は遠い。きっとこれからほとんど会えなくなる。それでもシェイラは、ようやく、心から笑うことができた。

「……僕、ずっとウジウジ悩んでたんですけど」

 体を伸ばすようにこぶしを突き上げて、子どもみたいに顔中で笑う。

「結局、体を動かすのが一番ですね。一発で解決しちゃいました!」

 シェイラの言葉を受け、セイリュウとアックスは一拍間を置いたのち、弾けるように笑いだした。

『流石筋肉同盟の後継者!』という聞き逃せない単語を捉えたが、否定しようにも見事に笑い転げている。これでは何を言っても聞こえないだろう。

 なぜ笑われているのか。若干理不尽な思いに駆られながら、シェイラは先輩方が落ち着くのを待つことにした。何となく見上げた上空は、既に満天の星空だ。

「…………ん? 星空?」

 灯りの魔道具のせいで分かりにくいが、もうすっかり辺りは暗い。今は一体何時頃だろうか。

「――――あぁっ、食堂!?」

 シェイラの叫びに、笑い声はピタリと収まった。

 そう、食堂は6時から8時まで。育ち盛りの若者達が食いはぐれるなんて、それこそ死活問題なのだ。

 意識に上ると途端に空腹感が増していく。シェイラはキュウ、と憐れっぽく鳴るお腹を押さえた。

「ヤベェ! 急ぐぞ!」

 アックスの声を号令に全速力で戻った三人は、食堂のおばさん方に呆れられながら、掻き込むように夕食を済ませたのだった。



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