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男装少女は騎士を目指す!  作者: 浅名ゆうな
第二章

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休息

 あの誘拐事件から二日。

 シェイラは今日もゆったり休暇を満喫していた。というより、部屋に引きこもっていた。

 ――あの日は、本部に報告があったから、すぐに迎えの兵団員が来てくれてうやむやになった。昨日と今日はお休みだから会わないで済んでる。でも明日は……。

 研修期間も残すところあと三日。

 気持ちよく働き、巡回兵団のみんなと気持ちよくお別れしたいのに。

 ――どうしよう。働きたくない。ていうかレイディルーン先輩に会いたくない。

 疲れているからと我が儘を言って、食事の時間もずらして避け続けた。だが現場復帰するからには、これ以上逃げることは不可能だろう。

 先日、シェイラの不用意のために、レイディルーンに性別がバレたかもしれなかった。いや、確実にバレた。

 その場では言葉をかわすことなく別れたが、彼が不審に思っていることは疑いようのない事実だった。

 問い詰められた時が、終わりの時。

 その悲壮な覚悟を決めるまでに、二日の時間がかかってしまった。

 ――でも、できるだけ避け続けよう。とにかく逃げて逃げて逃げまくって、決定打は引き伸ばそう。

 未練がましく考えていると、部屋の扉が叩かれた。シェイラはビクリと肩を跳ねさせる。

 同室同士でも扉を叩いて確認するが、彼らは今巡回中のはずだ。部屋を訪ねた者も、ここにはシェイラしかいないと分かっているのだろう。

 ……逃げ続けようと決めたばかりなのに、もう追い詰められてしまったのだろうか。

 一瞬居留守を使おうかとも考えたが、思いきって誰何(すいか)することにした。

「――――――――私だ」

 扉の外にいたのは、クローシェザードだった。シェイラはどっと疲れを感じながら扉を開く。

「……クローシェザード先生、普通私じゃ通じませんよ?」

「通じたのだからいいだろう。それより勉強はしているか?」

「事件に巻き込まれて大変だったから、何も手に付きませんでした」

「言い訳が下手だな。単にベッドで怠けていただけだろう」

 するりと頬を撫でられ、思わず身を離した。いきなり何だと眉を寄せて見上げると、クローシェザードは鼻で笑った。

「寝跡がくっきり付いている」

「……………………」

 本当に考え事をしていたのに、これでは全く説得力がない。触って確かめて、シェイラはガックリ項垂れた。

 クローシェザードをとりあえず室内に通すも、部屋には椅子の類いが一切ない。どうしようと焦っていると、彼は文句を言うこともなく二段ベッドに腰を下ろした。ハイデリオンが使っているベッドだ。

 シェイラもコディのベッドを借りることにして、腰を落ち着けた。

「街はどうですか?メルヴィス達の様子は見に行きました?」

 現在の捜査状況を話しに来てくれたのだと分かったので、シェイラは最も気になっていることを訊ねた。

「とりあえずの平穏は取り戻したところだな。深夜の屋敷改めを、一体何の騒ぎだと不安がる者も多かったが、巡回兵団や学院生が事情を説明して回っている。子ども達も今のところ元気だ。君に会いたいと言っていた」

 クローシェザードが『今のところ』と言ったのは、事件による後遺症を考えてのことだろう。頭の深い部分に刻まれた恐怖は何年経とうが色褪せることなく、ふとしたきっかけで甦っては心を苛むのだ。

「ギルグナー伯爵は、王都にまだ幾つかの家屋を所有しているので、そちらの立ち入り捜査もこれから行われるだろう」

 ギルグナー伯爵の悪事の証拠は、まだ見つかっていないという。既に学生の領分ではなくなっているので、もどかしくても見守ることしかできない。

「証拠、早く見つかってほしいですね」

「何かしらの書類が見つかるのは時間の問題だろう。人身売買の契約書や裏帳簿など、必ず隠し持っているはずだ」

 クローシェザードが断言すると、なぜか本当になりそうな気がする。これが説得力かと、シェイラは感心しながら頷いた。

「あと、君が言っていた男達も見つかっていない。あるいは既に、国外へ逃亡しているかもしれん」

 カラスの透明な笑顔を思い出すと、まだ心はぐらつく。

 けれどシェイラは、僅かに案じる様子を見せる孔雀石色の瞳を、毅然と見つめ返した。もう大丈夫という思いを込めて。

「見つけたところで、捕まえるには手こずりそうですけどね。クローシェザード先生ほどの実力があればともかく」

「そうだな……大型の魔物を三匹相手取る程度の実力ならば、私でも何とかなるだろうな」

 肩をすくめてうそぶくと、クローシェザードも調子を合わせて頷いた。

 しかし何気なくこぼされた爆弾発言に、シェイラは目を丸くする。 

「――――――――え。先生、魔物と戦ったことあるんですか?国内には生息してないのに?」

 国外には魔物という、動物よりも獰猛で凶暴な生き物がいるらしい。姿形すら想像できないのは、シュタイツ王国の領土に魔物が生息していないからだった。

 領土が護られているのは、ファリル神国の加護を得ているからだ。

 彼の国では魔術ではなく法術が発達しており、神の加護を得た護符を作り出すことができるらしい。

 シュタイツ王国はこれまでの交流もあって、加護の護符を授かることができる。それさえあれば魔物に領土を踏み荒らされることはないと言われている。

「そうか……君は山奥に住んでいたから、知らないのだろうな」

 クローシェザードは無表情の上に複雑な感情を載せた。厄介そうな、不愉快そうな――――いい感情でないことは確かだ。

「魔物の侵入は、定期的にあるのだ。そういった緊急時には、騎士団も討伐に駆り出される」

「そうだったんですか?」

 全くの初耳だったので、シェイラはまた目を丸くしてしまった。デナン村では、魔物など見たこともなかった。

「しかも侵入があるのは、決まってファリル神国との国境沿い付近だ。この意味が分かるか?」

「いえ、全く」

「…………考えようともしていないだろう」

「考えるより、知ってる人に答えを聞いた方が早いじゃないですか」

 クローシェザードは頭が痛いとばかりに眉間のシワをほぐした。手を離してもシワはなくなっていないので、効果は全くなかったとみえる。

「護符の効果が弱まり、護りが不完全になることで国内に魔物が侵入する。シュタイツ王国は、そのたびファリル神国に莫大な寄付金を払って護符を授かっているのだ」

「寄付金…………」

 寄付金を払っていたとは知らなかった。

 そういえば、以前ヨルンヴェルナが言っていた。

 ファリル神国にはこれといった特産品がない。寄付などで成り立っている国なのだと。

 加護の護符を授ける理由も、慈悲の心ではなく目先の利益ということか。

「なるほど。ファリル神国が圧倒的に有利な立場だから、寄付金目当てにどうとでもできるという訳ですね」

「…………あまりに明け透けな言い方だな」

「クローシェザード先生こそ、全く婉曲さが足りませんでしたよ」

「………………」

 言い返さないところを見ると、自覚はあるらしい。貴族らしさを忘れてしまうほど現状が腹に据えかねているのだろう。

「そういえば、先日思ったのだが」

「あ。話を逸らしましたね」

「うるさい。……神や精霊に感謝を捧げている時の君は、なかなか謙譲語が板に付いていたぞ。普段はともかく上級貴族と会話するならば、あれくらいすれば失礼にあたらないかもしれん」

 もっとからかおうと思っていたのに、建設的な内容にうっかり乗せられてしまった。なかなか成長しなかった丁寧語の分野に、こんな逃げ道があったとは。

「――――おぉ。盲点でした」

 シェイラは早速クローシェザードに向き直った。

「クローシェザード先生。先日はあなた様の大切な御胸をお貸しいただき、感謝申し上げます。私がおそれ多くも汚してしまったお召し物は、今どちらにございましょうか?」

 神や精霊に感謝するがごとく接したのだが、彼の顔はしかめられるばかりだった。

「…………この上なく不気味だな」

「ちょっと失礼すぎません?先生が提案してくださったことですのに」

「私には使用しなくて結構。語尾にまだ名残りがあるぞ」

 なぜここまで不評なのか。シェイラは唇を尖らせながらも手を差し出した。

「で、本当にどこにあるんです?お詫びに私が洗いますよ。暇ですし」

「あのような代物をそのまま二日も放置しておけると思うのか?」

「ヒドイ。あのようなシロモノって」

「君こそ、暇だからという本音が漏れていたぞ」

 気の置けない会話をしている内に、彼がここに来た本当の目的が分かった。

 捜査状況などの込み入った話がしたかった訳ではなく。

 ……ただ、休みの間中、自室にこもっていた教え子を、心配してくれただけなのだろう。

 厳しいけれど、厳しいだけじゃない人。

 ふと、窓の外をあおぐクローシェザードの横顔に、少しだけ見惚れた。



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