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男装少女は騎士を目指す!  作者: 浅名ゆうな
第二章

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徒労

 翌日、太陽の日。

 ゆっくり休んだおかげですっかり体調はよくなっていた。気力体力共に充実していて、シェイラはパッと目が覚める。

 勢いよく体を起こすと、見覚えのない毛布が体からずり落ちた。

 窓辺には淡い色彩が美しい薔薇が飾られている。ベッドサイドのチェストの上には果実水の瓶と、果物がぎっしり詰め込まれた籠。

 シェイラはそれらにじっくり視線を送ると、やがてニッコリ微笑んだ。なぜだか何でもできそうな気がする。

 神学とシュタイツ王国史と数学を学んだあとは、食堂で昼食の時間だ。

 今日のメニューはポトフと牛すね肉のトマト煮込み。ホロホロになった肉の旨味を、噛み締めるようにゆっくりと味わう。

 特別コースは午後から剣術の稽古になる。今日は秋にある技術披露大会に向けて、剣舞の型を習う予定になっていた。

「技術大会は、三年生までの生徒達に実力を披露するためのものなんだけど、御前試合も行われるんだよ。貴族の方々も沢山見学にいらっしゃって、そこで実力を認められれば引き立ててもらえたりするんだ」

「平民の俺達と下級貴族にとってはチャンスの場なんだよな。今年からようやく参加できるぜ」

 コディとゼクスに代わるがわる説明され、シェイラはなるほどと頷いた。二人の気合いの入れ様まで伝わってくるようだ。

「まだ春の二の月なのに秋の話なんてって思ってたけど、王族や貴族が来るなら納得かも」

「特別コースの生徒は夏に研修もあるから、今から練習しておかないと間に合わないんだよ」

 あと一ヶ月ほどに迫った研修も気掛かりだが、技術披露大会という行事はさらに輪をかけて不安材料だった。

 特別コースの中でかなり浮いているシェイラが、息の合った剣舞を披露することなどできるのだろうか。

 ――いや。心配事が増えたなんて思わず、みんなと打ち解ける機会が増えたって考えよう。

 気分を一新して授業に臨むのだ。

 シェイラがこぶしを握る様に、友人二人は笑みを浮かべながらこっそり目を合わせた。

 昼食を終えると、食堂でゼクスと別れた。

 シェイラ達はそのまま稽古場へと向かうが、職員棟の前でコディとも一旦離れる。クローシェザードに教材を運ぶよう頼まれている、という名目でトイレに寄るいい機会なのだ。

 いつものように気軽に職員棟に足を踏み入れる。今日もしんと静まり返っていて、足音が大きく反響した。

 最近知ったことなのだが、この建物を利用している教師自体が少ないらしい。

 学術塔から派遣されている教師は学術塔の研究室を利用するし、それ以外の教師も大職員室にいることが多いという。教員室を、資料や教材を保管する部屋と捉えている者が大半だとか。

 ――人が少ないのは、私にとって都合がいいんだけどね。

 クローシェザードが和気あいあいとした大職員室を嫌うのは、仕事を押し付けられるからだろうが、社交的でない性質が災いしているようシェイラには思える。本当に苦労性というか、不幸になる道を率先して選んでいるような人だ。付き合いが増えればもう少し表情も豊かになるだろうに。

 ――表情が乏しすぎるから遠巻きにされてるんだろうけど。

 そのせいで、ヨルンヴェルナのような変人しか寄ってこない。悪循環すぎる。

 クローシェザードの不運を思いながらトイレを済ませ、教員室を訪ねる。本当に人手が必要な場合を考え、あくまで念のためだ。

「失礼します」

 扉を叩いても返事がなかったので勝手に覗くも、クローシェザードは不在だった。もう稽古場に向かったのだろう。

 無意識に室内に踏み込んだのだが、それがまずかった。

 外に複数の気配を感じて振り返った時には、扉がピシャリと閉じられてしまったのだ。

 ガチャリ、という音に酷い既視感を覚えた。

 ――またこのパターン…………。

 念のため確認を試みるが、やはり扉は施錠されている。シェイラはガックリと項垂れた。

「――――庶民風情がいい気になるなよ」

 冷たい声には聞き覚えがあるような気がしたが、シェイラの記憶力では個人の特定には至らなかった。

 嘲りを込めた笑声を残し、複数の足音が遠ざかっていく。

「……同じ手段を繰り返すってことは、もう新手の嫌がらせは打ち止めなのかな?」

 この事態を前向きに捉えるとしたら、それくらいしか浮かばない。とはいえ前回の用具室と違って、救いは窓があることだ。

 もちろん窓は内側から施錠するものなので、鍵の明け閉めが可能だ。シェイラは安堵の息をつきながら窓を開け放した。

 クローシェザードの教員室があるのは三階。高さはそこそこある。重ねて、今は力を封じる腕輪をしているため、精霊術を使うことはできない。

 だがここで万事休す、とならないのがシェイラだった。

 窓枠に足を掛け、ひょいっと窓から身を乗り出す。

「――――うん。このくらいなら何とかなるね」

 シェイラは一つ頷くと、躊躇いなく空中に躍り出た。

 落下しながら、鳥が舞うように軽やかな動作でトン、と壁を蹴る。外壁からしっかり距離を取ると、膝を小さく抱え込んでクルクルと回転する。シェイラは三回転目で華麗に着地した。

 ゆっくり顔を上げ、また一つ頷くと、今度は何事もなかったかのように稽古場へと走り出した。


  ◇ ◆ ◇


 シェイラ⋅ダナウへの嫌がらせは、当初数人がかりで行っていた。

 強さは目を見張るものがあるけれど、所詮は庶民。学院に通うくらいはまだいいものの、特別コースに入るなら話は別だ。長い歴史の中で選ばれし者のみに許されてきた、とても名誉ある場所なのだから。

 二度と逆らう気が起きないほど完膚なきまでに傷付け、学院から追い出してやろうと彼らは考えていた。

 なのに同志は一人抜け、二人抜け。

 その時の彼らの表情は実に様々だった。

 なぜか顔を青ざめさせた者や、夢でも見ているようにぼんやりする者。中でもとりわけシェイラを目の敵にしていたディリアムが神妙な顔で去っていった時は、一抹の不安を覚えた。

 自分達は何か、とんでもないものを相手取っているのではないか、と。

 思い付く限りの嫌がらせをしているというのに、シェイラが平然としている様子を見れば尚更だった。

 それでもここまで来たらあとには引けない。これといって新しい案は浮かばなかったので、一度は不発に終わった閉じ込め作戦を決行することにした。

 閉じ込められてみっともなく泣き叫ぶ姿を笑い者にしてやろうと考えていた彼らは、校舎の陰で成り行きを見守っていた。

 にも関わらず。

 シェイラ⋅ダナウが期待した反応を見せることは、ついぞなかった。

 おもむろに窓から顔を出し、地面との距離を目測する。一つ頷くと、窓枠に足を掛け、ひらりと飛び出したのだ。

 彼らは驚愕の悲鳴を危ういところで呑み込んだ。

 シェイラ⋅ダナウは空中で見事に体勢を変え、体重なんてないみたいに軽やかな音を立てて着地した。そのまま何事もなかったかのように去っていく。

 彼らは呆然とした。

 悔しいから決して口にしないが、間違いなく揃いも揃って見惚れてしまっていた。

「野蛮な山猿め」なんて嘲りは口の端にも上がらなかった。むしろ陽光と青空を背に舞う姿は、まるで天使のようで―――――。

「遅刻したらクローシェザード先生に怒られちゃうからな~」

 彼らが何とか正気に返ったのは、遠ざかっていくシェイラ⋅ダナウからそんな呟きが聞こえたからだった。

 そうだ。授業開始に間に合わなければ、あの立っているだけで威圧感のある教師に目を付けられてしまう。生意気なシェイラ⋅ダナウだって、そのせいでいまだに風呂掃除を一手に引き受けているのだ。それだけは絶対に避けたい。彼らはつられたように、慌てて走り出した。

 授業には滑り込みで間に合った。けれど息を切らしている彼らを尻目に、当のシェイラは平然としていた。

 彼らの胸に言い様のない徒労感が込み上げて来たのも、当然のことと言える。


 以来、シェイラへの嫌がらせは、ぱったりと無くなったのだった。




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