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男装少女は騎士を目指す!  作者: 浅名ゆうな
第二章

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密室

「ヨルンヴェルナ先生…………こんなところで何してるんですか」

「実験用に人形が必要になってね。本当はよくないのだけれど、用具室の備品をちょっと拝借しようと思って」

 至極のんきな返答に力が抜ける。シェイラはヘナヘナとマットの上に戻った。

「……備品を盗むなんて、よくないですよ」

「人聞きが悪いなぁ。盗むんじゃなく借りるの。使ったらちゃんと元あった場所に戻すよ」

 そうは言っても、彼の実験に付き合った人形がそっくりそのままの姿でいられるとは思えない。

 本来なら諌めるべきところだが、シェイラはこれをいい交渉材料とみなした。

「じゃあ、備品紛失には目をつむりますから、ここから出してください。ヨルンヴェルナ先生なら、魔術で開けられるんじゃないですか?」

 おそらくいけるだろうと思ったのだが、返ってきたのは芳しくない答えだった。

「やだなぁ。さっきの彼も言っていたでしょう?魔術で細工をしたって」

「――――あぁ、そうでした」

 確かに、コディにも助けられないとか言っていたような。

 彼が異変に気付くかは分からないが、例え来たところで無駄だと言うことだ。

 膝に顔を埋めてため息をついていると、いつの間にかヨルンヴェルナが近付いていた。

「君、体調がよくなさそうだね」

 男性にしては優美な手が、シェイラの額に伸びる。ひんやりとした冷たさが心地よくて、うっとりと目を閉じた。

「熱があるみたいだ」

「微熱です。ゆっくり休めば、多分熱も下がりますから」

「と、思っていたのに閉じ込められてしまったと」

「……………………」

 本当に、計画が狂ったにもほどがある。何とか授業を乗り切ったのにまた熱が上がるような事態に追い込まれて、散々な一日だ。

 首筋の汗を拭っていると、ヨルンヴェルナが背後に腰を下ろした。なぜか彼の足の間にスッポリ収まるような形になってしまった。肩にも腕が回され、シェイラはくっきり眉根を寄せた。

「…………何するんですか」

「風邪をひいている時に汗をかくのはいいことだけど、体を冷やしたら逆効果だよ。仕方ないから僕の胸で温めてあげる」

 こっそり肩を震わせていたことに気付かれていたのだろう。分かりにくいが、これがヨルンヴェルナの優しさだと知っている。

 彼は故意に淫らな言動をとる癖があるようだが、それらを削ぎ落とせば真意はしっかり伝わる。それは分かっているけれど。

「わざわざこの体勢になる必要はないと思いませんか?先生のマントを貸してくれれば十分です」

 ここまで密着されると流石にシェイラでも恥ずかしい。背中越しに少し低い体温が伝わってきて、居ても立ってもいられない気持ちになる。

 恥ずかしさを紛らすために彼が羽織っているマントをグイグイ強奪しようとしていたら、ヨルンヴェルナが苦笑した。

「マントを貸せなんて、君は本当に図々しいね。何?抱き締められるとドキドキしちゃう?」

 その通りなのだが認めるのは悔しいので、何食わぬ顔で軽口を返した。

「こんなところを誰かに見られたらと思うと、確かにおかしな動悸がしますね」

「そういう意味で聞いたつもりはないんだけどなぁ。でも大丈夫。ここでは二人きり、誰にも邪魔なんてされないから。思う存分僕に全てを預けていいんだよ」

「つまり遠慮しないで寄りかかってもいいと。相変わらず分かりにくい言い回しですね」

 減らず口を叩いてはいるものの、シェイラはすっかり彼に身を委ねていた。

 いつの間にか互いの体温が交ざり合い、心地よい熱が伝わってくる。弱っている時、人の体温は安心する。彼の言葉に甘え、信頼しきって瞳を閉じた。

 そんなシェイラをしばらく見つめていたヨルンヴェルナが、気遣うように声を落とした。

「……嫌がらせ、結構酷くなっているんじゃない?クローシェザードには相談したの?」

「相談したところで、どうしようもないことですから。僕は何をされても、とにかく流し続けるだけです」

 疎む気持ちが消えない限り、何度注意したって同じことだ。クローシェザードも現状を知っていて、教師の立場でできる範囲の対策はしている。シェイラを嫌う貴族と稽古で打ち合わねばならない時、必ず気にかけて近くに控えているのだ。それだけで十分だと思っていた。

「君は、それでいいの?普通怒るところではない?」

 なぜヨルンヴェルナとこんな会話をしているのか疑問に思ったが、そういえば彼も教師であったことを思い出す。教師として看過できないと考え、相談に乗ってくれているのだろう。

 ぼんやりしたまま、シェイラは唇に弧を描いた。

「腹は立つけど、怒ったって時間の無駄でしょ。僕を嫌いな人達を、同じように嫌い返したって意味がない」

 ゆるゆると腕を上げ、目の前でギュッとこぶしを握った。

 ヨルンヴェルナにこれ以上心配かけまいと、殊更強い言葉で言い切る。

「分からせるだけです。力で、技術で。――――絶対に退かないってこと」

「…………ふぅん?」

 背後で不思議そうに首を傾げるのが、間近に響く衣擦れの音で分かった。確かに根性論からかけ離れた彼には、理解できないかもしれない。

「それでも、どうしても耐えられなかったら僕の腕に飛び込んでおいで。何より大切で愛おしい君が、他人に苦しめられるなんて耐えがたい。君を苦しめていいのはこの世界でただ一人、僕だけなのだからね」

「――――つまり、いちいち交渉なんかしなくても、困った時には頼っていいって言いたいんですね。本当に分かりづらいけど…………ありがとうございます」

 穏やかに微笑みながら礼を告げると、ヨルンヴェルナはしばらく黙り込んだ。暗闇も手伝って、静寂に包まれると眠ってしまいそうになる。

 シェイラがうとうとしていると、ヨルンヴェルナが立ち上がった。温もりが離れていくことが何だか名残惜しい。

 彼は、扉の前に立っていた。スッと手をかざし、何やら口中で唱え始める。フワリと風が巻き起こり、ヨルンヴェルナの青灰の髪をさらう。かと思ったら、突然目映い閃光が目に突き刺さった。

 それは本当に一瞬のことで、辺りはすぐ元の薄暗がりに戻る。一体何が起こったのかと目を瞬かせていると、ヨルンヴェルナは無造作に扉へ手を掛けた。


  ガチャッ


「――――――――えっ」

 間抜けな声が口から滑り落ちた。

 開いた扉の隙間から細く光が射し込み、彼の甘い微笑を照らし出す。

「金属を操る魔法は、火の魔法でないと解けないんだ。彼がコディ君でも開けられないと言っていたのは、コディ君が火属性の魔法を苦手としているからだろうね」

 ヨルンヴェルナが教師然とした顔で滔々と説明する。

 けれど今のシェイラには、魔法の法則なんてどうでもよかった。

「開けられたんですか……」

「僕は、開けられないとは一言も言っていないよ」

 人を食った笑みを向けられ、ガックリと脱力した。

「何で……出られるなら、始めから…………」

 この徒労感は一体何なのか。また熱が上がりそうだ。

 ヨルンヴェルナがゆったりした歩みで近付いてくる。

「補習以外で、君と話がしてみたくてね」

「……何でですか?」

「何でって、だって君授業中は―――――」

 言いさしたところで、ヨルンヴェルナがふと口を噤んだ。

 僅かに驚愕が感じ取れる瞳でシェイラをじっと見つめながら、心底おかしいとでも言いたげに首を傾げた。

「………………何でだろうね?」

「聞きたいのはこっちですってば」

 独自の理論でしか動かない彼の行動原理なんて、シェイラには及びもつかない。

 顎に手を当ててしきりに首をひねっていたヨルンヴェルナだったが、一旦考えることを放棄してシェイラの肩を気軽に叩いた。

「まぁまぁ。お詫びに部屋まで送ってあげるから」

「結構です」

 と断りつつ、正直歩いて戻れる気もしなかった。

 何だか意識が朦朧としている。ぼんやりしている内に、ふらふら揺れる体が軽々と持ち上げられた。

 横抱きにされていると、まるで揺りかごに入っているようで落ち着いた。つい気が緩んで体重を預けてしまう。

「君はこんなにも軽いんだね……」

 ヨルンヴェルナのそんな呟きが聞こえた気がしたけれど、眠りに落ちていくシェイラは答えることができなかった。


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