王都散策
石畳の上を、シェイラ達は進んでいく。
目指しているのはお菓子が量り売りされているという店だ。甘い物に興味のないゼクスは、不満げながらも最後尾をついてきている。
シェイラが灰色の石畳をじっと見下ろしていることに気付いたコディが首を傾げた。
「石畳が面白いの?周りの店も、色々売っていて面白いよ?ホラ、広場の噴水の前に大道芸人がいる」
「うん、全部スゴいんだけどね。王都を目指して馬車で旅してる時も思ったんだけど、改めてしっかり舗装されてるなって驚いたんだ。他の街だと馬車の揺れが酷くて、窓に頭をぶつけちゃうこともあったんだよ」
それに引き換え、週末フェリクスの元に帰る時は、揺れなんて気にも留めなかったことを思い出した。
「僕は王都を出たことがないからよく分からないけど、確か前王が街道の整備を他領の領主にも徹底させたって聞いたことがあるな。でも領地によっても貧富に差があるから、かけられる予算が違ったのかもしれないね」
そういえば旅の道中にも、領地によって領民の服装や体型が驚くほど違ったことを覚えている。フェリクスも領地が豊かかどうかで変わるのだと言っていたが、こんなところにまで影響しているとは思わなかった。
「そんなんどーでもいいから、さっさと買い物済ませろよ。ホラ、見えてきたぜ」
ゼクスが至極どうでもよさそうに顎でしゃくった先には、おもちゃ箱のようにカラフルな店があった。
「うわぁー」
ピンクと水色のストライプの外壁に、珍しい円形の窓。シェイラは吸い寄せられるように近付いていった。
菓子店には、軒先にまで変わったお菓子が並べられている。
巨大なスティック型のパンや、帽子の形のパイ。リボン型のクッキーは表面に苺のジャムやマーマレードが塗られていて、艶々と輝いていた。
店内も一歩足を踏み入れると別世界のようだった。
狭い通路の両側には、色とりどりのお菓子。マシュマロというフワフワのお菓子にチョコレート。特にキャンディは種類が多かった。赤や黄色、形も多種多様で見ているだけでも心が踊る。手当たり次第買っていれば破産してしまいそうだ。
「甘いもんに目を輝かせるなんて、ホントに女みてーだな。マジで変なヤツに狙われないように気を付けろよ」
「大丈夫だよ。僕は男の中の男なんでしょ」
忠告の意味に、もう首を傾げたりしない。しっかりと頷き返しながら振り返ると、彼の腕の中にもクッキーの袋があった。
「あれ?ゼクスも買うの?」
「これは土産用。アリンちゃんへのな」
「フフ。お前もマメだね」
あれだけ急かしていた癖に、ゼクスまでお菓子を買うとは。友人のちゃっかりぶりにコディも苦笑していた。
シェイラは店の片隅に、お菓子の他にも売り物があることに気付いた。四角い紅茶缶が綺麗に並んでいる。
「おみやげ…………か」
少し思案してから、従業員を呼んだ。茶葉の種類は分からないので、手が届く値段の中から渋味が少ないものを選ぶ。一緒に琥珀色の蜂蜜を買うのも忘れない。
クッキーにフロランタン、季節の果実が入ったマドレーヌも抱えて会計をした。おこづかいの半分くらいを一気に使ってしまったが、まだ食堂に行く分は何とかなるだろう。
シェイラは満面の笑みを浮かべながら店を出た。
「欲しい物が買えたみたいだね」
「うん!あ、あと他にも寄りたいところがあるんだ。付き合ってもらっていいかな?」
「え~。もう俺腹減ったよ」
ゼクスがしかめっ面で腹をさする。空腹は本当のようで、その姿はどこか哀愁が漂っていた。
コディも広場の時計を確認して、難しい顔をした。
「そうだね……すぐに済むなら大丈夫かもしれないけど、食堂に行くなら門限までギリギリってとこかな。何を買うのかもう決まってるの?」
「俺は食堂に行く!これは決定事項だ!」
ゼクスが絶対に譲らぬとばかり、ぬっと顔を近付けてくる。
今日は彼に誘ってもらったからこそ息抜きできたわけだし、シェイラとて当初の予定を曲げてまで我が儘を言うつもりはない。
「うーん。じっくり選びたいから、今日はやっぱりやめておくよ。よく考えたらおこづかいも微妙な感じだしね」
「そう?ごめんね、ゼクスがワガママ言っちゃって。今度またその買い物にも付き合うから」
「ありがとう、コディ」
再び三人は歩きだす。今度はゼクスが意気揚々と先導していた。
日が暮れ始めた街並みは、煉瓦が赤一色に染まってとても綺麗だ。先ほどは石畳に夢中で気付かなかったが、通りの両脇には様々な店が軒を連ねていた。
腸詰めがぶら下がっている店は肉屋。沢山の壺を売っているお店もある。若い女の子で賑わっているあのお店は、一体何が売っているのだろう?
何もかもが物珍しく、ひたすらキョロキョロしていたシェイラだったが、ふと立ち止まった。ずっと前方を歩いていたはずの、友人達の姿がない。帰り道も分からない場所に一人取り残されてしまったことに気付き、シェイラは一気に青ざめた。
――どどどどどうしよう?
右を見ても左を見ても知った顔がいない。先にいるだけかもしれないと進んでいた道を駆けてみるけれど、コディ達の背中は見えてこない。
――ま、迷子だ……いい年して…………。
どこかに、迷子の避難場所のようなところはないものだろうか。あるいはあらかじめ、目立つ建物をはぐれた時の目印に決めておけばよかったのか。
――お菓子屋さんにいれば、二人も戻ってきてくれるかも。
しかしこういう場合はその場を動かないのが定石とも言うし。
立ち止まってうんうん唸っていると、通行人に嫌な顔をされる。シェイラは邪魔にならないよう通りの端に移動した。そこには、同じように心細そうな顔をした小さな女の子がいた。
今にも泣き出しそうな表情。近くに保護者らしき人がいないことも併せて考えると、明らかに迷子だ。
同じ迷子とはいえ、シェイラの方がずっと年上だ。まぁ何とかなるだろうという心の余裕もあって、すぐに声を掛けた。
「どうしたの?お母さんと、はぐれちゃったの?」
少女の顔が、一層泣きそうに歪んだ。シェイラは安心させるように微笑む。
「大丈夫。僕が一緒にいて探してあげるから。君、名前は?」
頭を優しく撫でると、潤んだ青い瞳が見上げてきた。
「私、アビィ。…………おねいちゃんは騎士様なの?」
「いい名前だね、アビィ。僕はシェイラ。お姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんだし、まだ騎士見習いだけど、いずれ騎士になるよ。だからアビィ、安心して僕に任せて」
「…………うんっ」
気が弛んだのか、青い瞳から涙がポロリとこぼれ落ちた。小さな肩を抱き寄せ、背中をあやすように叩く。
と、笑顔で請け負ったはいいものの。
――迷子が迷子を保護してどうするんだ…………。
保護した迷子をどこに連れていくべきなのかも分からない。地理に明るくないため、どこに行くにもままならない有り様だ。
空笑いしながら、シェイラは内心途方に暮れていた。
その時。
「――――そこにいるのは、シェイラじゃないか?」
シェイラの耳が、雑踏から聞き慣れた声を拾い上げる。振り返ると、想像通りの姿があった。
「やっぱり、セイリュウ先輩――――――と、レイディルーン先輩?」
黒髪に黒い瞳、涼やかな容貌のセイリュウ。その後ろに、長い黒髪に淡い紫の瞳を持つレイディルーンが、不機嫌そうに腕を組んで立っているではないか。
彼らは同学年でもないし、並んでいるところを見かけたこともない。特別親しいわけではないだろう。なのに一体なぜ、二人が一緒にいるのか。
知り合いを見つけた安堵より、目の前の組み合わせの違和感が勝り、シェイラは眉根を寄せて首を傾げるのだった。




