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男装少女は騎士を目指す!  作者: 浅名ゆうな
第四章

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修行生活


 ざく、ざく、ざく、ざく、ざく。


 広い広い稽古場に、一定の拍子が刻まれる。

「マジで……この広さを雪かきとか、あの男、頭おかしいだろ…………」

 ゼクスが這うような低音でうめくのを聞き、コディとシェイラも作業を止めて汗を拭った。

「まぁ、修行の一環だからしょうがないよ」

「いつもは気にならなかったけど、稽古場ってこんなに広いんだね……」

 今年の王都は雪が多いらしい。

 始めは子どものようにはしゃいでいた二人も、雪合戦をしようなどという世迷い言は口にしなくなっていた。連日広大すぎる稽古場の雪かきをしている内に、すっかり心が折れたのだ。

 終わりの見えない単純作業は、思いの外辛い。しかしクローシェザードが手始めにと言い付けたことが『稽古場の雪かき』だったため、三人は黙々とこなすしかなかった。

「流石にキツいね。もう腕に力が入らないや」

 山歩きのおかげで足腰には自信があったのだが、それに伴う腕力がないことに気付いたのは最近だ。セイリュウとアックスとの連戦がきっかけだった。

 強ばった筋肉をほぐすシェイラを見て、ゼクスは半眼になった。

「お前、腰叩くなよ。オッサンくさいな」

「仕方ないだろ、ずっと中腰なんだから」

 反論するシェイラに、同じく腰を叩いていたコディが苦笑いを見せた。

「ごめん。こっちは膝も肩も限界」

「オジサンくさいね」

「つーか、まんまオッサンだな」

「二人ともヒドイ!」

 一緒にコディをイジってみても、ゼクスにいつもの覇気はない。スコップの取っ手に顎を載せながらだるそうにぼやく。

「なんだって今年に限って、こんなに雪が多いんだよ。そもそも秋の三の月から雪が降るなんて、マジであり得ねえっつーの……」

「そうなの? 僕がいた村は、もっと酷かったよ」

 退寮日にようやく初雪を見て、むしろ驚いたくらいだ。

 デナン村では秋の三の月の始め頃には降っていたから、今年は遅いなとのんびり考えていた。

 冬といえば、秋に作った保存食を消費しながら、家から一歩も出ないで生活していたことを思い出す。きっと村の入り口も、既に雪で閉ざされていることだろう。やはり郵便物が届くのは、ずっと先になりそうだ。

 ミルクのような薄曇りの空を見上げ、シェイラは笑った。

「村に比べたら雪も少ないし、余裕が出てきたら、また三人で王都に行こうね」

「お前、前向きすぎ……」

 ゼクスは最早完全に修行を放棄する構えのようで、締まりのない笑顔になって妄想の世界へ逃げ込んでいた。

「あーでも、王都っていえばアリンちゃんに会いてえなぁ。心がささくれ立ってる時ほど、人間には癒しが必要なんだよ。あぁ、アリンちゃんの優しい笑顔が見たいぜ……」

「現実逃避の症状が出ちゃえば、もう末期だね」

「そもそもゼクスは、アリンちゃんの好みとは真逆だもんね」

 以前彼女から聞き出した男性の好みは、『優しくて大人で包容力のある誠実な人』だった。ゼクスには正直ムリ目だ。

 それぞれ素直な感想を口にするシェイラとコディに、ゼクスは負け惜しみのようにがなり立てた。

「うるせー! 俺だって頑張れば大人の男ってヤツになれるはずだ!」

「――――てゆーか、アリンちゃんのあれは、諦めさせるための方便でしょう」

 シェイラの的確すぎる一言に、男二人は揃って固まった。

「だってゼクス、本気でアリンちゃんを好きって訳じゃないでしょ?」

「本気で好きに決まってんだろ!」

「はいはい。じゃあ、アリンちゃんくらい可愛い子が告白してきたら?」

「当然付き合うに決まってる! 可愛くて女の子らしくていつもニコニコしてて、それでいて俺だけを好きって言ってくれるような子がいるなら誰でもどんと来いだ!」

 そんな夢みたいな女の子いる訳ないじゃん。現実を知れ。

 と言いたいところだが、あまり直裁すぎてもゼクスが瀕死になってしまいそうなので、シェイラは上澄みの優しい部分だけを言葉にした。

「君が『自分だけを好きな子』がいいっていうように、女の子達だって自分だけを見てくれる人を求めてるんだよ。誰でもどんと来いなんて不誠実な本音が透けて見えるから、女の子が寄り付かないんじゃないかな?」

「ぐっはぁぁっ!!」

 ゼクスが胸を押さえて雪の上に倒れ伏した。顔を上げないままピクピク痙攣しているところから察するに、どうやら上澄み部分でも劇薬だったようだ。一応腐っても女子として、感じたことを言ったまでなのだが。

「ちょっと言い過ぎたかな?」

「どうやら真理すぎたみたいだね。でも、何でだろう。同じ男として、僕も凄く耳が痛い……」

 なぜか飛び火してしまったようで、コディまで顔色が悪くなっていた。

 彼らに雪かきをする気力は、果たして残っているのか。戦力を自ら減らしてしまったことを内心悔いていると、雪よりもヒヤリとした声が落とされた。

「――――それだけ無駄口を叩く余裕があるならば上等だな」

 ゼクスとコディは条件反射で姿勢を正し、素早く整列した。

 雪を踏み締めながら姿を現したのは、冷気を漂わせたクローシェザード。シェイラは彼の目配せを受け、ただちに近付いた。

「どうかしましたか?」

 クローシェザードはコディ達への配慮か、耳元に唇を寄せる。慌てたのはシェイラだ。

「な、な、な、」

「どうした? いつにも増して挙動が不審だぞ?」

 慌てて離れようとするも、訝しむ彼は遠慮もなく距離を詰める。自分の頬が少しずつ熱を持っていくのが分かった。

 シェイラはなぜだか最近、クローシェザードに近付けない日が増えていた。原因は不明だが、一人でジタバタしているのことが恥ずかしくて必死に動揺を押し殺す。

 ジリジリと近付き直したシェイラに、彼はひそめた声で囁く。

「安易に女心を語るのはやめておけ。何がきっかけになるか分からないぞ」

「あ~……」

 衝撃から立ち直っていない二人も冷静になれば、シェイラが女心に精通している違和感に気付くかもしれない。彼が何を危惧しているのか分かった。

「でも、女じゃなくたって理論的に考えれば、あれくらいの結論は出せますよね?」

「君が理論的という時点ですこぶる怪しいと、なぜ分からない?」

「それは流石に私という人間をみくびりすぎじゃないでしょうか……」

 秘密を守ろうとしてくれるのはありがたいが、素直に礼を言いたくないのはなぜだろうか。

 シェイラとクローシェザードの密談が微妙な空気のまま終わると、待ち構えていたゼクスがすぐに不満を口にした。

「クローシェザード先生、こんなの修行に入りますか? 俺はもっと剣術とか教えてほしいんです。去年だってわざわざ雪かきなんてしてませんでしたよ。雪くらい魔法で一発じゃないですか」

 クローシェザードがゼクスに視線を合わせる。

「確かに雪は毎年、魔道具で溶かしていたらしいな。だが、それでは修行にならないだろう」

「じゃあ、コディにやらせればいいんですよ。そしたら魔法の修行になるじゃないですか」

「君、僕一人に押し付けるつもり……?」

 友人が小声で発した恨み節を、ゼクスは綺麗さっぱり無視した。

 クローシェザードが、今度はコディに向き直る。

「コディ⋅アスワン。君は魔力を保有しているが、それほど魔力量自体は多くない。ならば魔法は、最後の切り札とするべきだ。頻繁に使用すればいざという時、役に立たない可能性がある」

 戦術を説くクローシェザードを意外に思い、シェイラは目を瞬かせた。コディの特性を把握していなければできない芸当だ。

「つまり、君達全員に必要なことは共通している。剣技を向上させること、この一点のみ。ということで体力作りは必須だ」

「…………」

「文句を言う暇があるのなら、きりきり手を動かしたまえ。商人の間では、『時は金なり』という訓戒があるのだろう?」

「はぁ……、おっしゃる通りです」

 弁は立つ方のゼクスだが、流石にぐうの音も出ないようだった。

 すっかりやり込められた友人に、連帯感は抱いても同情はしない。万に一つでもクローシェザードを論破できるなどと、思った方が間違いなのだ。

「……みんな、とりあえず雪かき、続けようか」

 気まずさと疲労感が漂い出した稽古場で、珍しく空気を読んだシェイラはスコップを持ち上げた。





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