第九十六話 大樹の根元で
「とにかく、エルーク殿下の所に行ってみましょうか。あの装置も気になりますし」
俺がそう言うと、リスティとアーミアは同意した。
「ええ、そうね。エル君」
「はい、エルリットさん」
俺達は、大樹の根元にある装置に向かって歩いていく。
空間の歪みは研究室の中でも有効なのか、中々そこへは辿り着けない。
(こりゃあ、ほんとに処刑コースかな?)
最大限の力で術をぶっ放したからな。
エルークも随分派手に飛ばされたようだ。
この様子だともはや生きてはいない可能性もある。
本当にリスティに養ってもらう日が来るかもしれない。
俺はリスティのふさふさの尻尾をちらりと見た。
それはそれで悪くはないが、最後の手段に取っておこう。
近づくにつれて大樹の巨大さが明らかになっていく。
「でけえ……」
「……ほんとね」
「ええ、私もこんなに近くで見たことは無いですから」
これでレプリカだって言うんだから、本物の生命と大地の大樹とやらは、どれだけデカかったのか想像もつかない。
(ん?)
そして遠くから見ると分からなかったが、大樹の根元に俺達は見たこともないようなモノが居るのに気が付いた。
それは、大樹を背にするようにもたれかかって座っている。
「なんだ、ありゃあ」
リスティも言葉を失っている。
暫く足を止めると呟いた。
「巨人? 人にしては大きすぎるわ」
「確かに、普通じゃないサイズですね」
それは三メートルは優に超えるだろうか。
巨人というに相応しいサイズの生き物である。
その近くにエルークもいるのか、バロたちもその周りを取り囲んでいた。
俺は思わず身構える。
七匹の黄金の竜の内の一頭が俺の側にやってくる。
バロだ。
「よう、エルリット。一体ここは何なんだよ? 訳が分からねえぜ、なんで魔王様の干物があんなところにあるんだ?」
俺はバロの言葉に首を傾げる。
「魔王の干物? おい、バロお前何言ってるんだ」
「何ってよ、あのデッカイ木の根元で干からびてるのはありゃあ、魔王様だぜ? 四大勇者と戦った時の姿だけどな」
(魔王……あれが?)
バロと共にさらにその場に近づいていくと、確かにそれが干からびているのが分かる。
これが魔王かどうかは知らないが、その姿はミイラ状になっている。
大樹の根の一部がその体を貫き、そこは苔むしていた。
それはどこか人間とは違う骨格をしている。
獣を思わせる頭には角が生えており、背中には干からびた黒い翼が見える。
魔王というよりはまるで悪魔か魔物のようだ。
(どういうことだ? エルークは、魔王は王家の人間だと言っていた。でもこれは、とても只の人間とは言えない生き物じゃないか)
フユが俺の肩の上でバロに言う。
「フユ~、こんなの魔王じゃないです! フユちゃん、絵本で読んだから知ってるです」
フユが読んでいる絵本の挿絵でも、顔こそ隠れて見えなかったが魔王は黒いローブを着た人間の姿に描かれていた。
その時、俺の使い魔達が取り囲んでいるそのミイラの足元から声がする。
「間違いない……それが魔王だ。四大勇者と戦い、真の姿を現した時の奴の姿……」
俺は声の方に目をやって剣を構える。
リスティも同様に身構えた。
黄金の竜と化した六匹の使い魔達が俺の方にやってくると、ミイラ状の巨人の足元に横たわるエルークの姿がはっきりと見えた。
「エルーク……」
俺を見る赤と青の瞳からは、先程までの禍々しい気配は感じない。
強い魔力は感じるが、その力はどちらかというと清らかささえ感じさせた。
(どういうことなんだ? 一体)
エルークは俺に言う。
「エルリット・ロイエールス、お前はここまで辿り着いた。ならばその目で見る資格があるということだ。魔王とは何なのか、その真実をな」
「真実?」
俺はエルークの視線の先にあるものを見た。
大樹の根元にある装置。
サイズは遥かに大きいが、アーミアと同じホムンクルスの体が入れられていたカプセルによく似ている。
少し離れた場所に備え付けられているので、ここから中を確認することは出来ない。
「真実が知りたいのなら、見てくるがいい」
エルークの言葉はつまり、あれを指しているのだろう。
一体何があるといういのか。
(行ってみるしかないか)
俺はそう覚悟を決めて、バロたちに命じた。
「お前達、エルーク殿下を見張っててくれ。変な動きをしたら容赦はするなよ」
「分かってるぜ、エルリット。お前こそ気を付けな」
俺はリスティやアーミアと共に、その装置の有る場所に歩いていく。
足元の大地は緩やかな上り坂になっており、時折大樹の根が地面から顔を出していた。
円形になったカプセルは、直径が20m程はある。
だが高さはさほどないので、近くに行けばその中を窺い知ることは容易だった。
リスティはその中を覗き込んで息をのむ。
「エル君……これは」
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