第九十四話 アーミアの告白
アーミアが入っていたカプセル状の装置。
それよりも遥かに大きなものが大樹の根元には見える。
「アーミアさん、あれは何ですか? 他の奴よりも大きいみたいですけど」
「分かりません。この部屋に関する記憶は私にとっては曖昧で、体を取り換える時の僅かな時間しか私は入ることが許されてはいませんでしたから。今のこの体になったのはもう五年も前のことですし」
(体を取り換える? どういうことだ)
俺は首を傾げる。
「それはどういうことですか?」
「エルリットさんもさっき見たはずです。私の体は一つではありませんわ、この宝玉の力に肉体が耐えきれないんだそうです。ですからドールとしての限界がくると、タイアス様がいつも新しい体に……」
俺は改めて傍にあるカプセルを眺めた。
そこに横たわるアーミアの姿を。
(そういうことか。どうしてアーミアさんの体がここにもあるのか不思議に思ったんだけど、それなら説明がつく)
ここに眠っているのは、その為の存在ってことか。
それにしても……。
「五年前ってアーミアさんはまだ11、12歳ですよね」
「ええ、今の体が作られたときは私の外見はおおよそ11歳のものでした。成長しているんです、私の体も。そしてここに眠るこの体も。周りの方々は驚かれましたわ、まるで人と変わらないではないかと。ドールはその意味でも完璧に近い存在なんです」
人間と同じように成長するホムンクルスか。
もしこれで魂の定着さえもっと上手くできれば、人との区別はつかなくなるかもしれない。
俺は思わず大樹を見上げた。
フュリートさんが隠すわけだ。
もしこんなことが明るみに出たら、アーミアさんはその存在を許されない可能性すらある。
魂を冒涜する存在として。
だがそんなことは俺なんかよりも、タイアスさんの方が重々承知だったはずだ。
そもそも、一体ここは何のために作られたものなんだ?
視線を大樹の根元に移す。
そこにある装置に。
(何かしらの答えがあるとしたら、多分あそこだな)
アーミアさんは俺に言った。
「この研究室に入ることを許されていたのは、エルーク殿下と兄だけです。タイアス様が信頼なさっていた二人の愛弟子ですから」
「エルーク……いやエルーク殿下が? さっきの様子を見ましたよね、俺にはとてもあいつをタイアスさんが信頼してたとは思えないんですけど」
やばい口が滑った。
人前で王子に対して、あいつはないか。
いや、待てよ。
どうせもう派手にぶっ飛ばしちまったんだ、今更あいつ呼ばわりぐらい何てことないか!
そう思って俺はふぅと溜め息をついた。
そして今更ながら弱音を吐いた。
「はぁ、俺、殿下のことぶっ飛ばしましたからね。いやそれどころか死んでるかもしれないし。そしたらやっぱり、処刑とかされますよね? いっそ逃げようかな……」
第二王子をぶっ飛ばす名誉王国騎士とか、よく考えるとヤバいよな。
処刑されなくてもジジイに殺されかねん。
喧嘩を売ってきたのは向こうだ、やらなきゃやられてた。
後悔はしてないが、それでも溜め息ぐらいはでるというものだろう。
ああ、俺の輝かしい未来が。
すると隣にいるリスティが俺の頬を強く抓った。
「情けない顔をしないの! 大丈夫よ、ミレティ先生には私からも事情を話すから」
「は、はあ……でも相手は王族ですし」
何しろエルークの奴、王子だからな。
ミレティ先生が出来ることだって限界があるかもしれない。
一度落ち込み始めたら、人間悪い方に考えるものだ。
俺がしょぼくれていると、リスティがコホンと咳払いをする。
そして大きな狼耳をピクンと震わせて頬を染めた。
「い、いいわ。そしたら私も一緒に行ってあげるわよ、こう見えても伊達にSランクじゃないだから。どこか違う国で、エル君一人ぐらい養ってあげるわ!」
「え? そ、それって本当ですかね」
(ぐふふ……)
誰も知らない土地で、リスティみたいな獣人美女と暮らすとか悪くはない。
いや、寧ろ男のロマンである。
しかもガルオンというマイカー付きだからな。
どこにでも自由に行けそうだ。
「どうしましょうかねぇ。養われちゃいましょうかね?」
「フユ~、エルリットの顔、今までになくだらしないです」
フユに突っ込まれて、俺は思わず咳ばらいをした。
リスティも肩をすくめる。
「もう、そんなつもり本当は無いくせに。その気ならさっき逃げてるもの」
「はは、逃げるわけにもいかない事情も色々ありまして」
お世話になった公爵家やエリーゼのこともある。
それにママンが近い将来、俺の妹か妹を生んでくれるはずだ。
出来れば「お兄ちゃんは、どこか遠くに逃げたのよ」なんて紹介されたくないからな。
予定ではお兄ちゃん大好き!!(ハート)と呼ばれるはずなんだ。
まあこの際、弟が生まれる可能性は置いておくとしよう。
そんなことを考えていると、アーミアが少し悲し気な顔で笑った。
「昔のエルーク殿下は、あんなことをなさる方ではありませんでした。私に同じことを仰ってくれたんです、『もしお前が罪深い存在だと皆に言われるのなら、いっそ私が何処かに連れて逃げてやろう』と。本当にお優しいお方だったんです、私にとってはまるで二人目の兄のような存在でした」
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