第九十二話 大樹
(これは一体?)
遥か高いドームの天井に届きそうなほどの威容を誇るそれは、俺が見たこともないようなサイズの大樹だった。
俺はそれを見上げると思わず口をあんぐりと開ける。
「何だ……この馬鹿でかい木は」
フユは、俺の肩の上で興奮したように言った。
「エルリット! フユちゃんの言った通りです!」
「あ、ああ。疑って悪かったな」
胸を張って勝ち誇るフユの姿。
いや、だが今はそれどころじゃない。
(何だよこれは……ここはタイアスさんの研究室じゃなかったのか?)
確かに、色々見たこともない設備が設置されているのを見ると、研究施設だと言うのは分かった。
だが、これは研究室というよりは、巨大な研究所と言ったほうがしっくりとする。
壁や床を走る大小のパイプ。
様々な術式が描かれた機材。
そして、この大樹。
リスティもそれを見上げている。
呆然として、その口が半開きになっていた。
美しい横顔だけに、それはアンバランスな魅力がある。
その時、俺たちの傍で静かな声が響いた。
「生命と大地の大樹、『アニマテッラ』。地竜族がかつて守護していたと言う大樹です」
アーミアだ。
俺たちの傍に立つと、巨大な研究室の中央に立つその巨木を見上げている。
「アニマテッラ? 生命と大地の大樹……」
リスティがアーミアの言葉を繰り返す。
目の前にそそり立つ存在の威容に、思わず圧倒されているのが分かる。
「そういえばアーミアさん、地竜族は聖なる大地を守護していたって言ってましたね」
そこに施された封印が解けて、闇が地上に解き放たれたと。
あの大きな二枚の壁画の前で、アーミアはそう言っていた。
その時、地竜族と戦ったのがエリーゼによく似たあの少女だと。
「ええ、正確には聖なる大地から天に伸びる程の大樹、アニマテッラの守護が地竜族の務めだったと聞きます」
「天に伸びる程? まあ、確かにこの木は大きいけど流石にそこまではいかないわよね」
リスティがようやく動揺を鎮めてそう口を挟む。
アーミアはそれに答えた。
「はい。これはタイアス様がお育てになられたレプリカですから。大図書館と呼ばれる施設は、本来はその為に作られたものなのです」
「この大図書館が?」
俺の問にアーミアは頷く。
「ええ、この大樹とそのために集められた多くの書物。大図書館と呼ばれるようになってからは、それ以外の書物も収められるようにはなりましたが、それはあくまでも副産物ですわ」
レプリカ。
これがその大樹とやらの複製品ってことか。
そんなものを一体どうやって作ったんだ?
いくら大地の錬金術師と呼ばれるほどの人間でも、容易い話だとは思えない。
俺は再度、大樹を見上げる。
天井に描かれた巨大な魔方陣は淡い光を帯びて、大樹に何かを供給していた。
「千年前、地竜族が守っていた聖地こそファルルアンの都であるエルアン。この樹はエルアンの大地から得られる力を源に成長しているんです」
「聖地って、ファルルアンの都がってことですか?」
俺の問にアーミアは頷く。
「千年前の話ですから、私やお兄様にはとても窺い知ることが出来ない話でしたが。タイアス様はそう仰っていました」
確かに、アーミアから聞いたこの国の成り立ちを考えれば自然かもしれない。
あの扉に描かれた少女の血族がこの国の王族な訳だからな。
そう言うとアーミアさんは不安げな顔をする。
当然だろう。
兄のフュリートさんの姿がいきなりエルークに変って、今は何処にいるのかさえ分からない。
先程の激しい戦いを思えば、今はそれを気にしている余裕はない。
だが不安は募るだろう。
「それにしても……一体なんでこんなものを」
リスティは俺の隣で大樹を見上げている。
確かにな。
(生命と大地の大樹か、一体何のために……)
ミレティ先生やマシャリアなら知っているのだろうか。
タイアスさんが帰ってくるまで、誰も入れないように封印したと言っていたからな。
もしかするとあの二人も知らないのかもしれないが。
俺はふぅと息を吐く。
そしてリスティとアーミアに言った。
「とにかくエルーク王子の様子を確認したら、さっき話したようにミレティ先生に連絡しましょう。とても俺の手には負えませんよ」
「そうね、まずはミレティ先生に相談しましょう」
俺の言葉にリスティは同意した。
但し、その前にエルークの状態を確認する必要がある。
油断して背を向けたら、背後からやられるなんていうのは御免だ。
リスティを学園に向かわせるにしても、ミレティ先生の封印を抜けるためには俺も一度その外に出ないといけないからな。
(例の魔力は消えてはいるが……)
だが、その姿を確認しないと安心はできない。
俺は警戒しながら前方を見る。
バロたちが何かを取り囲んでいた。
恐らくエルークだろう。
場所は大樹の根元に近い。
俺の一撃で相当遠くに飛ばされたようだ。
俺たちは大樹の根元に足を進める。
その途中でリスティが足を止めると息をのんだ。
「エル君! これを見て!!」
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