第八十九話 魔王
イグニシオンの刃に映し出された俺の髪は、真紅に燃えるように揺らめき逆立っていた。
今まで感じたことがない、凄まじい魔力の胎動。
剣の表面に映った俺の体が、真紅のオーラに包まれ赤い髪が逆立っていく。
俺は抱いていたリスティを床に下す。
「その姿……エルリット、お前」
「離れてて下さい、リスティさん。どうも加減が出来そうもない」
ファルーガとの融合率が高まっているからだろう。
まるで自分の体では無いかのようだ。
リスティの肩の上で、フユが心配そうな顔で俺を見上げている。
「フユ~、エルリット」
「心配するなフユ。こう見えても俺の魔力は魔王級だからな」
俺は自分に言い聞かすようにそう言うと、己の魔力の限界まで解き放つ。
俺の体から沸き上がる魔力がファルーガのそれと合わさって、通路を振動させる。
手にした火竜剣は、今までになく俺の手にしっくりと良くなじんだ。
まるで俺の右手に同化したかのようだ。
「小僧。我の力使いこなせねば、そなたの腕など瞬時に燃え尽きるぞ」
「ええ、分かってますよ」
凄い力だ。
制御を失えば俺を焼き尽くすだろう。
「魔王級の魔力だと?」
エルークは、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
その青と赤の瞳が鋭い光を放った。
俺もリスティやフユを後ろに残して、通路の上をエルークに向かって歩いた。
「お前は、魔王と呼ばれた男の正体を知っているのか?」
俺の言葉を嘲笑うかのように、エルークはそう口を開く。
魔王の正体。
突然現れたとだけしか分からない、凄まじい魔力を持った存在。
バロたちに聞いても分からなかった。
ミレティ先生に聞けば何か分かるかもしれないが、少なくても広く公にはなってはいない。
(だが、こいつは知っているらしいな)
「いいえ、残念ながら。ご存じなら聞かせてもらえますかね、殿下。貴方には聞きたいことが山ほどある」
俺がそう言った、その瞬間──!
目の前の男が動いた。
「エルリット!!」
交差する俺とエルークの影を見て、リスティが叫ぶのが聞こえる。
ギィイイイイイン!!
鋭い金属音がして、イグニシオンと奴の剣が火花を散らす。
上から打ち下ろすエルークの剣を、下から斬り上げる俺の剣がはじき返した。
打ち合わされた剣から生じる衝撃が、通路の床に亀裂を生じさせる。
「うぉおおおおおおおお!!」
俺は思わず叫んだ。
エルークの凄まじい速さの連撃が繰り出される。
ファルーガと盟約を結んだ俺の瞳が辛うじてそれを捉えた。
俺たちの周りに無数の火花が生じる。
エルークの剣と、それを全て打ち返した俺の剣が放つ火花だ。
奴の剣の周りを渦巻く砂が、刃のように俺の頬を掠めていく。
それを、火竜剣の炎が焼き尽くした。
俺は長い息を吐いて、剣を構えなおす。
視線の先には、剣を手にして俺を中心にゆっくりと円を描くように歩くエルークの姿が見える。
俺を眺める青と赤の瞳。
それが輝きを増す。
その唇がゆっくりと動く。
「いいだろう、お前が死ぬ前に教えてやろう。かつて魔王と呼ばれた男は、ファルルアン王家の人間だ」
俺は意外なその言葉に、エルークに聞き返した。
「王家の人間が?」
どういうことだ?
魔王から世界を救ったのがファルルアン王家であり、その象徴が四大勇者のはずだ。
だが、魔王自体が王家の人間だなんて話は聞いたことがない。
「知らぬのも当然だな。この国は、その秘密を隠し続けている。全ての属性の魔法を思い通りに使いこなし、真の天才と呼ばれた男」
全ての属性を使いこなす、真の天才と呼ばれた男。
俺はラセアルと戦った時のことを思い出した。
決着が付き、ミレティ先生から属性分魔術のことを教えられたあの時。
ミレティ先生はどこか懐かしそうな眼をして言った。
『かつて、四つの属性の魔力を自在に操ることが出来た天才が居ました。偉大なる大魔道士、本物の天才です』、と。
そしてそれを聞いたマシャリアが、吐き捨てるように言ったセリフを思い出す。
『ミレティ。奴は天才などではない、悪魔だ』
マシャリアは確かにそう言った。
その時は何の話か分からなかったが、つまりそれは……。
魔王のことを言ってたのか?
ミレティ先生もマシャリアも良く知っている人物。
しかも、それはファルルアン王家の人間だと。
(そんなことが、あり得るのか?)
ならなぜ誰もその事実を知らない?
王族なら顔を知られているはずだ、そして当然魔王を見た者もいるだろう。
いくら何でも、隠し通せるものだとは思えないが。
エルークは俺の表情を見て、剣を横薙ぎに一閃した。
「小僧! 気を散らすな! 魔力が乱れればそなたは死ぬぞ!!」
火竜剣が寸前のところで、その剣を受け止める。
「すみません、ファルーガさん!」
俺は一度エルークから距離を取ると、集中して剣を構えなおした。
自ら距離を取った俺を見て、エルークは地面に剣を突き立てる。
「エルリット・ロイエールス、見せてやろう。かつて魔王と呼ばれた男の力、その片鱗をな」
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