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第八十八話 砂の剣

「炎の槍の勇者の血族よ、少しは楽しませてもらえるのだろうな?」


 通路の上に砂で描かれた、巨大な魔法陣。

 膨大な魔力を放つその真円の中央に立つエルーク。

 そして、その足元に現れた砂の柱。

 それの密度が凝縮されて、白く輝くと一本の剣になる。


(あの剣は、一体なんだ?)


 剣の周りには、魔力を帯びた砂が漂っている。

 それは持ち主の魔力とも相まって、尋常ではない力を感じさせた。

 俺が手にした火竜剣の周りを渦巻く真紅の炎が、小さな竜のアギトになって俺に忠告する。

 ファルーガだ。


「気をつけよ、小僧。あの剣……ただの剣だとは思えぬ」


「ええ、みたいですね」


 まるで、持ち主とは別の意志を持った存在にすら思える。

 具現化してはっきりと分かった。

 エルークから感じた不思議な魔力の元凶はこいつだ。


(精霊か? いや……違うな)


 精霊から感じる力とは異質な何かだ。

 剣が完全に形を成すと、通路に術式を描いていた砂から魔力が消え去っていくのが分かる。

 そして、その剣がまるで飲み干すように砂を吸い尽くしていった.

 エルークは、体から沸き上がる魔力で黒髪を靡かせながら、こちらを一瞥すると口を開く。


「この体では全力は出せはしないだろうが、相手がお前程度であれば十分だろう」


 この体?

 どういうことだ。

 まるで、自分本来の体ではないような口ぶりだ。

 だが悠長に考えてる暇などなかった。

 次の瞬間──!

 凄まじい速さでエルークがこちらに迫る。


(速い!!)


 気が付いたときには、俺の心臓を目がけてエルークの剣が突き立てられようとしていた。

 それを、辛うじてファルーガの火竜剣が弾く!


 ギィイイイイイン!!


 エルークは、その反動で回転しながら俺を横なぎに一閃する。

 攻防一体の動きは、とても一国の王子のものとは思えない。


「くっ!!」


 俺はそれをイグニシオンで受け止めるが、強烈な一撃に体勢を崩した。

 まるで剣と一体になったような動きだ。

 エルークは嘲笑うかのように言った。


「この程度か? 高位の精霊を呼び出しても、その力さえ使いこなせんとはな」


(使い方か……確かにな)


 リスティとの戦いの後、ミレティ先生が見せたあの姿を思い出す。

 精霊と完全に同化したようなあの姿。

 あれが高位精霊の力を使いこなした者の本当の姿なのだろう。


 俺の脛当ての文字魔法が魔力を帯びて輝く。

 追撃をかわすために辛うじて後ろに跳んだ俺を見て、エルークは言った。


「他愛もない。まともに打ち合うことすらできぬとは、期待外れもいいところだ」


(強いな……やっぱり試してみるしかないか)


 相手は四大勇者に匹敵する力を持つと言われる男だ。

 普通にやって勝ち目があるとは思えない。

 俺は魔力を高めていく。

 ファルーガが俺に尋ねる。


「どうするつもりだ? 小僧、このままではあの男には勝てんぞ」


「……ええ、分かってます」


 俺の言葉を聞いてエルークが笑う。


「どうやら観念したようだな、死ぬがいい」


 先程にも増した速さで、黒い影が俺に迫る!

 

「エルリット!!」


 青い光が庇うように俺の前に立ち塞がった。

 リスティだ。

 青い雷を身に纏ったそのしなやかな体が、俺の目の前に立っている。

 俺の体を貫くはずだった剣の先は、獣人の美少女の体を貫いていた。

 だが──

 エルークが貫いたはずのリスティの体が、霞むように掻き消える。

 それを見て、男は一瞬目を見開くと笑みを浮かべる。


「ほう、そうでなければつまらん」


 自らが貫いたそれが、残像に過ぎないことを分かっているのだろう。

 その瞳にはリスティを抱きかかえたまま、エルークの剣をかわした俺の姿が映っている。

 俺は少し距離をとって、長く息を吐いた。


(危ねえな、ギリギリだぜ)


 リスティは、俺にお姫様抱っこされたようになっているのに気が付いて、勝気な顔を真っ赤に染めた。


「え、エルリット!!」


 俺は、腕の中にいる美少女モードのリスティを眺める。

 こんな時で何だが、勝気な頬を染めるリスティは可愛い。


「ありがとうございます、リスティさん。でも下がっててください。こいつとは俺がやりますから」


 俺の言葉に、リスティはハッとしてように俺を見つめた。


「エルリット、お前その瞳は一体……? それに今の動きは何だ、物凄い速さだった」


 リスティの問いに、ファルーガが低い声で笑う。


「この力……小僧、本当にそなたは面白い。あの『風の魔女』を真似ようとでもいうのか?」


「ええ、ミレティ先生がわざわざ俺の前でやってみせたのは、あれが授業の代わりだからですよ。俺にもやってみせろっていうね」

 

 ミレティ先生は、意味もなく自分の力を見せつけたりするタイプではない。

 リスティとの戦いが終わった後、俺に見せた姿。

 俺よりも遥かに同調率の高い、血と魂の盟約。

 超高位精霊との完璧な融合で、人間という存在を超えたかのように揺らめいていた輪郭。


(あの人はいつも実践派だからな)


 俺にはまだ完全には再現出来ないが、あの時ミレティ先生の瞳に浮かんだ術式の一部は読み解いている。

 そもそも、今残っている手持ちの武器はこれしかない。

 火竜剣の表面に映る俺の赤い瞳には、魔法陣が浮かび上がっている。


「ぶっつけ本番で申し訳ないですけど、付き合ってもらいますよ!」


「面白い。いいだろう、小僧! そなたに我の力を!!」


 俺の瞳と右手の紋章が強烈な光を放つ。

 ファルーガの力が、以前よりも遥かに強く俺の体に流れ込むのが分かった。

 当たり前だが、強い力程制御は難しいものだ。


「ぐぅうう!!」


(この力……制御しきれなければ、俺が焼き尽くされて死ぬな)


 瞳に浮かんだ術式が、辛うじて強大な力を制御する。

 イグニシオンの刃に映し出された俺の髪は、燃えるように赤く揺らめいていた。

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