第八十七話 扉の先にあるもの
「ここから先に進むのは、この私だ。結界を破ってくれたことには感謝しているがな」
その瞬間、エルークの瞳が輝いた。
青く、そして赤く。
「リスティさん!!」
俺を襲った魔撃が、リスティさんに目がけて放たれる。
しかも、その数は俺の時よりも遥かに多い。
尖った土の刃が青狼族の美女の体を貫いたかと思った瞬間、青い光が落雷する。
爆裂雷化だ。
魔撃が互いに衝突しあう轟音と土煙の中で、青い光が軽やかに宙を舞った。
リスティの姿は、既に美少女モードである。
勝気で可憐なその美貌を歪めて、リスティが吐き捨てる。
「ちっ! 一体これはどうなってるんだい、エルリット!!」
リスティは俺の傍に着地する。
そして、油断なくエルークを警戒しながら俺に尋ねた。
「何故エルーク王子がここに? フュリートは、何処に消えたって言うんだ!?」
「さあ、俺にも分かりませんよ。ただ一つ言えることは……」
まるで小手試しをするかのように、術を放った目の前の男。
こちらを見て笑みを浮かべているエルークを睨みながら、俺はリスティに言った。
「俺たちは利用されたみたいですね。この場所に来るための、生きた鍵として」
この場所は、ミレティ先生とマシャリアの力で封印を施されたと聞く。
四大勇者二人がかりで施した封印だ、余程強力なものなのだろう。
(実際、俺もミレティ先生の許しがなければ入れなかっただろうからな)
俺のカードに、ミレティ先生が書いたサインが解除の術式になっていた。
しかも、浮かび上がった術式に手を当てて俺の魔法紋でしか開かないようにな。
魔法で施された、厳重なセキュリティーである。
もしエルークが自分で開けられるなら、こんな面倒なことをする必要などない。
こいつは、誰かが封印を解くのを待っていたということだ。
(つまり……)
四大勇者に匹敵する力を持つと言われるこいつが、そこまでして手に入れたいものがこの先にはある。
そういうことだろう。
それに、もう一つ気になることがある。
扉に描かれた、あの少女と竜の壁画。
エリーゼによく似た少女。
そして、エリーゼの誘拐未遂の一件。
もしそれに、こいつが関わってるのなら。
(偶然にしては、出来過ぎてるな)
全てが一つに繋がっているとしたら……。
こいつの目的は一体なんだ?
少なくても、こいつをこの先に進ませてはまずい。
それだけは分かる。
この男がこの先に進みたい理由がやましいものでないのであれば、こんな手の込んだ真似をするはずがないからな。
ミレティ先生に事情を話して、開けてもらえばいいだけだ。
俺の右手の紋章が真紅に輝く。
魔力の高まりに反応したのだろう。
肩にとまっているファルーガが、俺に問いかけた。
「小僧、あやつと戦うつもりか? そなたの国の王子なのだろう」
「ええ、まあこちらにも色々事情がありまして」
ファルーガは、俺の視線の先の男を眺めると言った。
「強いぞ、あやつは。それに妙な魔力を感じる」
俺はエルークから視線をそらさずに頷いた。
確かに、こいつからは異質な魔力を感じる。
以前会った時は感じなかった魔力だ。
ファルーガは真紅の炎に姿を変えて、俺の体に同化していく。
全身に力が漲る。
リスティと戦った時よりも強い力を俺は感じた。
「小僧、本気でいかねば死ぬぞ。魔力を高めよ!」
火竜剣の周りを渦巻く炎が、俺にそう語り掛けた。
「助かりますよ、ファルーガさん! 力を貸してください!!」
俺は前を見ながら、フユをリスティに預ける。
「こいつを頼みます、リスティさん」
「フユ~、フユちゃんも戦うです!」
リスティは戸惑ったように俺に言う。
「おい、エルリット! お前、戦うつもりか? 相手はこの国の王子だぞ!」
「生憎、俺たちに戦う気がなくても。向こうはそうじゃないみたいですからね」
エルークの魔力が、高まっていくのを感じる。
とても話し合いをする気だとは思えない。
俺の言葉を聞いて、エルークは低く笑った。
「この先に隠されたものが何かさえも知らぬお前が、私に勝てるとでも思っているのか?」
隠されたもの?
一体何のことだ。
その瞬間──!
背筋が凍るような魔力が辺りに溢れる。
俺は右手に力を込める。
そして、火竜剣イグニシオンを構えた。
(これは……)
気が付くと俺たちに放った土の柱が砕かれて出来た砂が、強力な魔力に反応するかのように動いていく。
それは次第に、通路の上に巨大な魔法陣を作り上げていった。
描かれた魔法陣の中央に立つのはエルークだ。
その足元から、細い砂の柱が作り出されていく。
それは徐々に密度を増し、一本の剣へと形を変えていった。
(何だ……あの剣は?)
火竜剣に引けを取らない風格と輝きを持った剣。
だが、その刃はどこか妖しい光を帯びている。
エルークはその剣を手に取ると、俺に言った。
「炎の槍の勇者の血族よ、少しは楽しませてもらえるのだろうな?」
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