第八十六話 オッドアイの男
「自己紹介は不要だろう? エルリット・ロイエールス。お前には、既に一度会っている」
(こいつは! エルーク!!)
この国の第二王子、エルーク・ファルルアン。
四大勇者に匹敵する力を持つと言われている男だ。
こいつが、一体どうしてここに。
フュリートは何処だ!?
さっきまでは確かにフュリートさんだった。
あの魔法陣が作り上げた繭の中に入るまでは。
「どうした? 我の前に膝をついて挨拶をするのが礼儀であろう」
その傲慢な瞳は、ディアナシア王妃に引けを取らない。
長い黒髪が、男の体から沸き上がる凄まじいほどの魔力で靡いている。
青の瞳と赤の瞳が妖しい光を帯びていく。
(やべえ! こいつは普通じゃねえ!!)
今まで戦った相手とは全く違う質の魔力を感じる。
以前王宮で会った時は、感じさせなかった力だ!
隠していたのだろう。
口では礼を尽くせなどと言っているが、友好的な気配など全くない。
エルークの体から沸き上がる魔力が、周囲に風を巻き起こす。
俺は風の文字魔法を刻んだ靴に魔力を込めて、一気にその男から距離を取った。
目の前の男から感じる魔力の密度は尋常ではない。
そんな俺の姿を見て、エルークは笑った。
「随分と嫌われたものだな? エルリット・ロイエールス。名誉王国騎士ともあろう者が、王子であるこの私にその態度とは、看過できん」
エルークが何気なく右手を上げる。
その瞬間──!
リスティが叫んだ。
「エル君!!」
無数の土の槍が俺の全身を貫く。
放たれたのは何の変哲もない魔撃だ。
だが、恐るべきはその発動の速さと作り出された魔撃の質である。
詠唱は勿論だが、魔法陣さえ全く現れないほどの発動速度。
それを可能にする術式。
それが青と赤の瞳の中に一瞬浮かび上がったのを、俺は見た。
ドゴォオオオオオオオ!!
壁画の前の巨大な通路に轟音が響き渡る。
俺の体を貫いた魔撃は、全く速度を落とさずにそのまま通路の壁を貫いてようやく止まる。
無数の魔撃に切り裂かれた俺を見て、アーミアが悲鳴を上げる。
だがエルークは、崩れた壁が作る土煙を見て笑みを浮かべた。
「ほう、面白い。あの氷の魔剣士と風の魔女に認められたほどの男だ、それぐらいはやってもらわねばな」
エルークが貫いた俺の体は搔き消えている。
その場から高速で移動した俺の残像に過ぎないからだ。
俺の右手の甲には、ファルーガとの盟約の証が真紅に輝いている。
俺と同化したファルーガの黄金の瞳が、先程の攻撃を全て捉えさせていた。
足元には、俺が抜き放った火竜剣で切り裂かれた土の魔撃の柱が転がっている。
(あぶねえ……もう少し遅れてたら串刺しだったな)
俺の体は、既に血と魂の盟約で大人モードになっていた。
手にした火竜の剣が、表面に纏う紅蓮の炎で揺れている。
赤い竜が俺の肩で唸った。
「小僧。我が力を貸しておらねば、今そなたは死んでおったぞ? 何者だあやつは」
「助かります、ファルーガさん。……言いにくいんですが、この国の王子ですよ」
只の魔撃でさえあの威力だ、本気になればどれほどの力があるのか。
想像もつかない。
リスティがエルークに叫ぶ!
「エルーク殿下! これは一体どういうことですか? 私たちは王宮に依頼で動いています、いくら王子殿下といえどもこんな真似許されないはずです! ……そもそも貴方がどうしてここに! フュリートは一体」
リスティのその問いに、エルークは壁画が描かれた扉を眺めると笑みを浮かべた。
「ここから先に進むのは、この私だ。結界を破ってくれたことには感謝しているがな」
いつもお読み頂いて、ありがとうございます!




