第八十五話 壁画の聖女
「フュリートさん、これは一体何の絵なんですか?」
俺は、巨大な扉にまるで壁画のように描かれているその絵を見上げた。
エリーゼにどこか似ている少女は、その竜に向かって手を差し伸べているようにも見える。
フュリートはそれを眺めながら俺に答えた。
「これは、『大地の竜と白銀の聖女』と呼ばれる絵だよ」
「大地の竜と白銀の聖女?」
俺がそう尋ねると、アーミアが説明してくれた。
「はい、本来はファルルアンの秘宝に関する言い伝えのことです。元々は地竜の杖というものは、大地を守護する地竜族の王子が持つ杖だったそうです」
「へえ! そうなんですね」
フュリートがアーミアの言葉に続ける。
「言い伝えが正しければ、今から千年近くも前の話だ。地竜族が守護する聖なる大地に施された封印が解け、闇が地上に解き放たれた。その時に地竜族の王子と共に戦ったのがこの少女だ」
「戦ったって、この子がですか?」
フュリートが頷いた。
「ああ、聖女と呼ばれるほどの力を持っていたそうだ。戦いの最中、いつしか竜族の王子と彼女は互いに愛し合うようになった。だが所詮は竜族と人間だ、周りがそれを許さなかった」
竜族と人間か、普通に考えれば無理だよな。
物語によく出てくるように、人の姿になれるような竜とかだったんだろうか?
「小さな国の王女だった彼女は、結局共に戦った仲間の一人を夫にしてその国の女王になったんだ。それがファルルアン王国の元になった国だと言われている。別れの日に地竜族の王子が彼女に送ったのがファルルアンの秘宝、地竜の杖タイタニウスだと伝承には描かれているそうだよ」
フユが大きな瞳に涙を浮かべている。
「フユ~、お姫様可哀そうです!!」
すぐ物語に影響されるからなこいつは。
俺はべそをかいているフユの頭を撫でた。
(ファルルアンの元になった国か。つまり今の王族は、この少女の血を引いてるって訳だな)
エリーゼも王族だからな。
どこか似ているのはそれでだろう。
そういえば、エリーゼもキュイに好かれてるもんな。
竜に好かれるのは、その白銀の聖女の血を引いているからだろうか?
フュリートはもう一度絵を見上げる。
「事実なのかは分からない。そもそも、殆どの人は知らない単なる言い伝えに過ぎないからね」
リスティが肩をすくめる。
「私も話には聞いたことがあるけれど、王家としてはあまり大っぴらにしたくない伝承でしょうね」
フユと違ってこちらは至ってクールである。
確かに、ファルルアンの礎になった国の女王が、実は他に好きな相手がいたなんていう話を宣伝はしたくないだろう。
しかも相手はドラゴンだ。
人間と竜の間に恋愛が成立するのかなんて分からないが、まあ言い伝えだからな。
伝承なんてそんなものだろう。
フュリートは俺に言う。
「タイアス様は、杖の修復にあたってその伝承を集めて回ったんだ。この壁画のモデルになった絵も、その一つなんだよ」
「その地竜族っていう竜族に、聞いてみたらいいんじゃないですか?」
相手は竜族だ、長生きしてそうだもんな。
その王子はもういなくても、子孫ぐらいはいるかもしれない。
フュリートは首を横に振った。
「地竜族はその戦いで殆どが死に絶えたんだ。残ったのはその王子だけさ。彼も王女に分かれを告げた後、どこかへ姿を消したそうだからね」
「フユ~! ドラゴンも可哀そうです! 何処に行ったですか!?」
フユがその大きな目で俺にそう尋ねる。
「いや、俺に分かるわけないだろ、フユ。俺も今聞いた話だからな」
「エルリット頼りないです! フユちゃん、そのお話の絵本が読みたいです」
アーミアは、頬を膨らますフユを見て微笑むと言った。
「タイアス様の研究室に確か何冊かあったと思いますよ。可愛い精霊さんでも見られる絵本が」
「フユ~! 本当ですか!? エルリット早く中に入るです!」
俺の肩の上で胸を張るフユを見て、俺は肩をすくめた。
「ああ、そうだな。フュリートさん、それじゃあ中に入りましょう」
「そうしよう、エルリット君……ぐぅっ!」
フュリートさんは俺の言葉に頷いた、だがうめき声を上げると、その体が一瞬ビクンと震え急に動きを止める。
リスティがフュリートに声をかけた。
「どうしたの、フュリート?」
(何だ!? これは!!)
俺たちは、次の瞬間フュリートから距離をとる。
「うぐぅううううう!!」
フュリートの口から大量の血が流れ出る。
それが通路の床に血だまりとして広がっていく。
(まさか! これは、魔法陣か!?)
床に吐き出された血液は、まるで生き物のように形を変えていった。
それは、幾何学模様と古代文字を描きながら一つの術式を完成させていく。
リスティが叫ぶ!
「エル君! 気を付けて!! これは……一体!?」
フュリートの足元に描かれた魔法陣を見て、アーミアが声を上げる。
「お兄様!!」
吐き出された血で描かれた魔法陣は次第に細長い紐状に変化し、それが繭のようにフュリートの体を包んでいく。
その繭が、淡い光を放つと次第にほどけていった。
(こいつは……)
中から現れた男は、フュリートではない。
全く別の男だ。
左右の目の色が違うオッドアイ。
青い瞳と赤い瞳を持つ男。
男は俺を見ると、愉快そうに笑みを浮かべる。
「自己紹介は不要だろう? エルリット・ロイエールス。お前には、既に一度会っている」
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