第八十三話 結界の魔法陣
「君で良かった。きっと君なら、タイアス様もあの部屋に入ることをお許しになるだろう」
フュリートのその言葉にリスティが俺を後ろからギュッと抱き締めて、何故か誇らしげに言った。
「そうでしょう、フュリート! エル君はきっと、炎の槍の勇者みたいな男になるんだから!」
「ちょ! リスティさん!!」
リスティの弾力がある胸が、俺の背中にグイっと押し当てられている。
青い髪が俺の肩にかかっていい香りがした。
(ぐふふ……)
サイズも形も抜群なだけに、男としては天国ではある。
フュリートはそれを見ると笑った。
「まさか、リスティがそんなに嬉しそうに男性のことを話すなんてね。そういえば確か、リスティは自分より強い男にお姫様抱っこしてもらうのが夢だとか言ってたね? 見つかったのかい、君より強くてそんなことをしてくれる相手は」
それを聞いて、リスティが真っ赤になる。
「な! なんで貴方がそんなこと知ってるのよ!!」
「はは、皆知ってたよ。だから君に勝負を挑む男が後を絶たなかったんじゃないか?」
ミレティ先生もそんなこと言ってたな。
確かにリスティは魅力的だ。
勝気な美貌と大きな狼耳。
ケモ耳好きな男には至高の存在だろう。
ハヅキが思い出したように言う。
「そう言えばリスティが好きだって言う男がいたから、私が言ってやったんだ。『やめときな、リスティは自分より強い男が好きなんだ』ってさ。どんなタイプが好きかとかしつこいから『リスティに勝って、お姫様だっこしてくれる男に決まってるだろ』て答えてやったんだ」
それを聞いて、リスティの顔が真っ赤になる。
「な! ハヅキ! じゃあ、貴方が!!」
「構わないだろ? リスティ、あんた私にいつもそう言ってたじゃないか」
どうやら、内々のガールズトークが漏れた原因はハヅキにあるようだ。
(その結果がお姫様どころか、あれだからな)
俺は、荒くれ者たちの前でヤンキー座りをしているリスティの魔写真を思い出す。
何が悪いといったハヅキの言葉に、リスティは引きつった笑顔を見せた。
「構わない訳ないでしょ!」
「ハヅキさんが犯人じゃないですか!」
俺が呆れたようにそう言うと、ハヅキはふと思い出すように言った。
「そう考えるとエルリットは、リスティの理想そのものだな。爆裂雷化まで使ったリスティに勝って、空中から落下するリスティを抱きとめて……」
ハヅキの言葉に、俺は後ろから俺を抱き締めているリスティの顔を眺めた。
「え?」
リスティもこちらを見て戸惑っている。
フユが乗っていない方の肩に、顔を乗せてこちらを覗き込んでいる整った美貌がすぐ傍にあった。
俺が改めてリスティの顔を見ると、その顔は次第に赤くなっていく。
そしてサッと俺から離れて、ハヅキを睨んだ。
「な! 何言ってるのよ、ハヅキ!! そんなはずないでしょ! エル君はまだ子供じゃない!? 私は、あくまでも、ギルドに頼まれて教育係のお、お姉さんとしてエル君に接してるのよ!」
ハヅキが俺をジッと見た。
「こいつが子供ねぇ? そりゃあそうだけど、あの戦いを見たらとてもそうは思えないだろ? それにどうも時々、妙に大人びて見えるんだけどね」
「は……ははは。やめて下さい、そんな目で見るのは」
実際その通りだけどな。
中身はハヅキ達よりも年上だ。
「まあ、年齢のことを言ったらハヅキさんも……」
俺は美貌の剣士の胸をジッと見つめた。
豊かな山脈はどこにもない、平らな地平線がそこには広がっている。
そこだけ時が止まっているのだろうか?
「な! 何を見ているエルリット!! そ、そういうところを言っているんだ!!」
ハヅキが、胸を押さえて涙目になっている。
フユが本を読みながら頬を膨らます。
「フユ~、うるさいです! フユちゃん、お勉強中です」
「「「すみません」」」
絵本を最初からまた読み返しているフユに謝る俺たちを見て、アーミアが笑った。
フユの頭の薔薇を撫でながら尋ねる。
「可愛い精霊さんは、その本が気に入ったのね?」
「フユ~、悪い魔王を勇者が倒すです! フユちゃんも将来勇者になるです!! 『炎の槍のフユちゃん』です!!」
どうやらフユは、じい様のことが気に入ったようだ。
しかし。
(お前に炎も槍も、どっちの要素もないじゃねえかよ!)
全く、こいつときたらすぐ影響されるからな。
「勇者って、大体『青い癒しの女神フユちゃん』はもうやめたのかよ?」
「過去にこだわる男はモテないです」
「あ……はい」
バロがイラっとする気持ちも分からなくもない。
白狼たちのお陰で、すっかり耳年魔だからなこいつは。
また絵本に夢中になっているフユを見て、俺は肩をすくめた。
可愛いもんだ、俺もガキの頃よくこいう漫画やアニメを見てたからな。
「悪い魔王か……」
フュリートが、何か含んだものがあるような口調でそう言った。
(ん? フュリートさんは何か知ってるのか?)
そんなことを考えていると、俺は進んでいる通路の先がゆらゆらと揺らいでることに気が付いた。
それを見てアーミアが俺に言った。
「エルリットさん、ミレティ先生のサインが入ったカードを貸していただけますか?」
「ええ、もしかしてこの揺らめきが?」
俺の言葉にアーミアは頷く。
「ミレティ様が施した結界です。ミレティ様がエルリットさんがここに入ることをお許しになられて、それをエルリットさんに手渡したとしたら、恐らくこれが結界を解くカギになっているはずですから」
「分かりました。お願いします、アーミアさん」
俺がアーミアに、ミレティ先生のサイン入りのカードを手渡すとアーミアはそれを目の前の揺らめきにかざす。
すると、カードからミレティ先生の文字がその揺らめきの中に流れ出す。
次第にそれは、細いひものようになり次第に小さな魔法陣を描いていく。
だが結界が消える様子はない。
リスティがそれを眺めながら言った。
「どうしたのかしら? 結界は消えないみたいだけど」
フュリートがリスティに答える。
「ミレティ先生がエルリット君に渡したのは、いわば鍵穴だよ。鍵は別にある」
そう言ってフュリートは俺を振り返る。
「エルリット君、君の魔力をこの魔法陣に注いでくれ。ミレティ先生のことだ、恐らく他の者達は入れぬように君の魔法紋に合わせた術式を書いているはずだ」
(なるほどな、俺を鍵に見立てた鍵穴としての術式を描いたって訳だ)
にしても、こんな巨大な建物を一つの疑似生物として存在させる男といい、ミレティ先生といい、信じられないほどの知識を持った魔導士だ。
しかも、これでも自分が一番弱い勇者だと言い切った男。
(四大勇者の一人、大地の錬金術師か)
俺はその男に、強く興味を惹かれた。
俺は結界の上に描かれた魔法陣に手のひらを当てる。
すると、俺の手から魔力が魔法陣に流れ込んでいくの分かった。
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