第八十話 赤い宝玉(中編)
「あそこに行くと言うのなら、ここを通す訳にはいかないよ。リスティ、君を倒してでもね」
フュリートの言葉と同時に、周囲に強力な魔力が広がっていく。
(これは……)
俺は、大図書館の地面が大きく振動しているのを感じた。
リスティが鋭い眼差しでフュリートを睨む。
そして、俺とハヅキに言った。
「二人とも手を出さないで頂戴。……面白いわ、昔つけられなかった決着、ここで着けてあげる!」
リスティの右手がフュリートの体を薙いだ瞬間──!
その体は砂のように崩れ落ちる。
そして、その代わりに俺達が立っている大図書館の入り口の広場の床が盛り上がっていく。
それは無数の巨大な腕を作り上げていった。
「フユ~、手が一杯地面から出てくるです!」
俺の肩の上でフユが目を見開いている。
(こりゃあ……実戦に自信が無い奴とは思えないな)
5mほどはあるような砂の腕が、リスティを取り囲んでいく。
その数は数十はあるだろう。
俺は念のためにバロたちを喚び出して警戒しつつ、ハヅキと共に距離を取った。
ハヅキが唇を噛む。
「どういうつもりだ? ミレティ先生のお許しがあった以上、我らを通すのがフュリート殿の務めのはず。それを……」
俺は、巨大な図書館を眺める。
そして、ハヅキの問いに答えた。
「つまりは、それほど俺達に見られたら困るものが、そこにあるんでしょうね」
ハヅキは俺の言葉に頷いた。
「ああ、それしか考えられないな。やはりファルルアンの秘宝がらみか?」
「分かりませんが、確かめてみる価値はありますね」
俺は右手の紋章を確認する。
いざとなったら、ファルーガを喚び出すか?
盟約を結んだお陰で、もうあのどでかい魔法陣を描く必要はないが、かなりの魔力を消耗するからな。
こんな短時間に二回も喚び出すのは出来れば控えたい。
それは、ファルーガが自ら眠りについたことでも明らかだ。
(でもリスティさんも、あれだけ激しい闘いをしてるからな。大丈夫なのか?)
リスティも、俺とあれだけのバトルをしたばかりだ。
力もまだ回復はしてないだろう。
リスティを取り囲む、巨大な腕が先を争うかのようにリスティの体に掴みかかっていく。
その膨大な質量に、リスティの姿は飲み込まれたかのように見えた。
冒険者ギルドでアウェインがゴーレムでギリアムたちを飲み込んでいったが、これはそのサイズと比べたら威力が比較にならない。
まるで大地のうねりに掴み取られ、飲み込まれていく感覚だろう。
「リスティさん!」
そう叫ぶ俺の肩をハヅキが掴む。
「心配するなエルリット。リスティはそんなにやわじゃない」
ガルオンがリスティの頭上に飛ぶと、青い稲妻が宙を切り裂く。
そして、激しい衝撃音が轟いた。
リスティを飲み込んでいく小山のような腕の群れの動きが、一瞬痙攣する。
その中から青く光るリスティの姿が現れた。
勝気だが可憐なその横顔は、美少女モードになっている証である。
(爆裂雷化か? もう使えるのかよ!)
俺とあれだけの戦いをした後だ、暫くは使えないものだと思っていたが。
ハヅキは笑った。
「リスティの強さは、そのタフささ。エルリット、試合が長引いてればさっきだってどうなったか分からないよ」
「はは、そうかもしれませんね」
(あそこで仕留めきって、助かったのかも知れないな。ミレティ先生が、リスティさんのことを歴代首席の中でもトップクラスだって太鼓判を押すわけだ)
実戦では試合と違って、そのタフネスさも問われるだろう。
バチバチと音を立てる獣人の美少女が、迫りくる巨大な腕をかわしながら右手を一閃する。
リスティは、自分を掴もうとする砂の手の指先を切り裂いて、鋭い眼差しで口を開いた。
「やるじゃないか、フュリート! あたしと戦うのを避けていた臆病者にしては、上等だよ!!」
美少女モードになって、リスティの口調が変わっている。
確かにあの状態のリスティをずっと見てきたのなら、戦いを避けるフュリートの気持ちも分からなくもない。
だが、問題は何故今になってリスティと戦う気になったのかだ。
(一体、タイアスさんの研究室に何があるんだ?)
避けていたリスティとの戦いを選択してまで、俺達に見せたくない何かか……。
それは一体何なのだろうか?
いつの間にか大地から生み出された巨大な腕は、全てリスティに切り刻まれて砂と化している。
沢山の土の精がまるで黄金の光のように周囲を漂っていた。
先ほど崩れたかのように見えたフュリートの体が、ゆっくりと地面から顔を出していく。
まるで大地を我が物のように使うこの力。
これが大地の錬金術師の弟子の力か。
フュリートは静かにリスティを見る。
「……強いね。リスティ、君は本当に強い。でも、あのお方には到底及ばないよ」
フュリートのその言葉に、リスティの瞳が鋭く光る。
「あのお方? フュリート、あんた何を言ってるんだい」
リスティの問いにフュリートは答えない。
その代わりに、赤い宝玉を額に嵌めた少女に声をかけた。
「アーミア。おいで、僕たちにはあのお方に払うべき対価があるはずだ」
「お兄様! ……でも」
リスティがフュリートの体を右手で薙ぐと、その体はまるでそれをあざ笑うかのように再び崩れた。
「ちっ!」
舌打ちをするリスティの視線の先には、アーミアのすぐそばの地面から再び現れるフュリートの姿がある。
フュリートは、躊躇をしているアーミアの額の宝玉に右手を置いた。
そして、静かに詠唱を始める。
「うあ! ぁあああああああ!!!」
アーミアの悲鳴が辺りに響いた。
人形のように整った顔が苦痛に歪んでいく。
リスティの顔が怒りに歪む。
「フュリート! あんた、一体何してるんだい!!」
アーミアの体がビクンと痙攣して、フュリートの傍でこちらを見ている。
(何だ……さっきと全く雰囲気が違う)
まるで、人形のように感情のない瞳が俺達を眺めている。
そして、その全身は額に嵌めた宝玉と同じ赤に輝いていた。
その姿が、ぶれるように揺らめくと、その場から消える。
それが凄まじい速さでの移動が見せた残像だと、俺はすぐに気が付いた。
青い光と赤い光が大図書館の前の広場で激突している。
雷化したリスティと、全身を赤い光に覆われたアーミアだ。
フュリートはその姿を見て、静かに口を開いた。
「リスティ、君も知っているだろう。アーミアは人間じゃない、タイアス先生が作った完璧な疑似生命体。『ドール』だっていうことをね」
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