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第七十五話 砂の鳥

 ミレティ先生の試合終了宣言に、観客から大きな歓声が起きる。


「すげえ……勝ちやがった」


「ああ、リスティ先輩って言えば学園史上の最強の獣人だぜ」


「おい。ってことはエルリットの奴、実質現在この学園最強なんじゃねえのか?」


「そうよね、ミロルミオ先輩よりも強いってことだもの!」


(……そう単純にいけばいいけどな)


 ミロルミオ先輩の、あの強気な態度が気になる。。

 試合までに聖獣使いになる自信があるのか、それとも他に何か隠し玉があるのか。

 あのエルークに勝つなんて大口を王妃の前で叩くのには、それなりの根拠があるはずだ。


(今考えても仕方ないか)


 いずれにしても、御前試合の前にリスティと練習試合を出来たのは大きい。

 獣人でこれほど強い相手と戦える機会など、そうはないだろう。

 俺がじっとリスティを見ると、その大きく形の良い胸の上に黄色いモグラのような精霊が乗っかっている。


「モギュ~」


 例のミレティ先生の使い魔である。

 器用にリスティの胸の部分のバトルスーツを修復していた。

 折角の目の保養が台無しである。


「は、ははは。ミレティ先生、男心が分かってませんね?」


「うふふ、分かっているから直してるんですよ、エルリット」


 ごもっともである。

 リスティが俺をジト目で見ている。


「エルリット君たら、まだ子供のくせに、さっきとてもいやらしい目で私を見ていた気が……」


「はは、言いがかりはやめて下さい。こんなキュートな少年がそんな目をするはずが無いじゃないですか?」


 リスティから目を逸らしたら、フユと目が合った。


「フユ~」


 何か言いたそうなので、俺はリスティの胸の上にいた土属性の精霊を捕まえてフユの目の前に置いた。


「モギュ?」


「フユ! モギュちゃんです!」


 幸いフユはモグラ型の精霊に夢中で、その背中に飛び乗ってはしゃいでいる。

 以前、思い切り振り落とされたことをもう忘れているようだ。


「フユ~! モギュちゃん走るです!」


「モギュギュ!」


 崩壊した闘技場の跡地のいたるところで、ミレティ先生の土の精霊が錬金術を発動し徐々に闘舞台を修復している。

 ミレティ先生は肩をすくめて俺に言った。


「二人とも模擬戦だというのに、自重を知りませんわね」


「はは、確かにやり過ぎましたかね」


「すみません……あの姿になるとつい」


 テラスを見上げると、高学年のクラスの女子生徒がこちらに黄色い声援を上げている。

 手を振っている先輩たちもいた。


「格好良かったわよ!」


「「「エル君、素敵!!」」」


 そう言えば、俺は今モテ期の真っただ中にいるんだった。

 幸いなことに、まだ俺の体は縮んではいない。


「ふふ。約束通り、後でキスしてあげるわね、エル君!」


 例の上級生のお姉さんがこっちに手を振っている。


(ぐふふ……キスって口にですかね?)


 俺が良からぬことを考えていると、頬を強く抓られる。

 リスティである。


「ずいぶん沢山ファンが出来て良かったわね、エルリット君!」


 何故か頬を膨らませて、耳をピンとたてて俺を見上げている。


「えっと……何か怒ってます? リスティさん」


「べ、別に怒ってないわ! あんまりデレッとした顔をして見てるから、抓っただけよ」


 確かに良からぬ想像はしたが、そんなにだらしない顔をしてただろうか?

 

「はは、すみません」


 リスティは咳払をすると、微笑みながら俺を見上げる。


「ねえ、エルリット君。私もエル君って呼んでいいかしら? これからは仲間になるんだし」


 俺はリスティに頷いた。

 こんな美人のお姉さんに、エル君なんて呼んで貰えるのはご褒美以外の何物でもない。


「それはいいですけど。何だか照れますね、リスティさん綺麗だし」


「な!! ……あのねエル君、貴方自覚しなさいよ。その姿でそんなこと言ったら女は絶対勘違いするわよ」


 勘違いも何も、リスティは実際美人だからな。

 大きな狼耳とフサフサの尻尾、それに形の良いバスト。

 しかも美少女モードまで兼ね備えている。


「勘違いも何も、リスティさんは実際魅力的ですよ」


 前の世界では、厨二病アニメから萌え系アニメまで見尽くしたこの俺が保証する。

 リスティはちょっとだけ狼耳と垂れさせた。


「み、魅力的って……そうかしら?」


 リスティがフサフサした尻尾を大きく動かし始める。

 俺の肩には小さな赤い竜がとまっていた。

 ファルーガだ。

 分割制御連陣が消えた為、バロたちに代わって姿を現したのだろう。


「鈍い小僧じゃな。その獣人の娘が言いたいのはそなたの今の姿で、そんなセリフを言われると発情するからやめろということじゃろう?」


 発情ってリスティさんが?

 いやいや、リスティさんの胸を見て発情してるのはこっちのほうなんだが。


「だ、誰が発情してるのよ! 殺すわよ!!」


「ほう、ケリをつけるか? 小娘が」

 

 睨み合うリスティとファルーガを見て、俺は念のために釘を刺した。


「やめて下さいね二人とも、これ以上は本当に洒落にならないので」


 美女モードのリスティも、怒らせたら怖そうだ。

 抱いていたリスティを俺が傍に下ろすと、エリーゼの声が聞こえた。


「エルリット!」


「エルリット君!」


 修復が進んでいる闘舞台の傍から、エリーゼやエリザベスさんがこちらに向かってやってくる。

 エリーゼの手を引いているエリザベスさんは、俺の隣にやってくると勝利を祝福するために頬にキスをした。

 白薔薇の花びらのような唇と、整った鼻梁が俺の頬に当たっている。


 近くで見るエリザベスさんは、やっぱり女神級の美人だ。

 相変わらず、とてもいい匂いがする。

 余程だらしない顔をしているのだろう、リスティがまたジト目で俺を見ているがこれはデレずにはいられない。


「とても素敵だったわよ、エルリット君。それに、リスティも凄かったわ!」


「エルリット君には、負けましたわ。エリザベス様」


 エリザベスさんは俺の姿を眺めて、ニッコリと笑っている。

 そんなエリザベスさんを見て、エリーゼは頬を膨らませた。

 そして、エリザベスさんのドレスの陰に隠れてこちらを見ている。


「お母様だけずるいです。エリーゼ、背が届かないです……」


 エリザベスさんは、エリーゼの頭を撫でて微笑む。


「あら、エリーゼもエルリット君にキスをしてあげたいのね」


 エリーゼはその言葉にコクンと頷いた。

 いつもと違って、俺をジッと見上げている。

 エリザベスさんはエリーゼのそんな姿を見て頭を撫でると、クスクスと笑った。


「ふふ、この子ったら。エルリット君が急に大人になってしまったから、少し緊張してしまって」


 エリーゼはその言葉に、また大きく頬を膨らませてエリザベスさんを見ている。

 そして、俺をチラッと見るとまた恥ずかしそうに隠れてしまった。


(やっぱり可愛いよなエリーゼは)


 そりゃあ、いきなりこんな姿になれば驚くのも無理はない。

 ……待てよ、これはチャンスじゃないのか?


「なあ、エリーゼ。ほら今の俺って大きいだろ?」


 エリーゼは、エリザベスさんに促されて俺の前に歩いてくると頷いた。


「はい、大きなエルリットです」


 その姿は、プラチナブロンドの髪の天使のようで愛らしい。


「そうだろ? だからさこれからは弟じゃなくて、エルリットお兄ちゃんって呼んでくれてもいいんだぜ?」


「エルリットが、お兄様ですか?」


 エリーゼはそう言って、不思議そうに首を傾げる。

 弟から、お兄ちゃんにクラスチェンジする絶好の機会である。

 だが、その瞬間──。


(あれ?)


 俺は自分の体が縮んでいくのを感じた。


「そろそろひと眠りするかの。ではな小僧、中々楽しめたぞ」


「ちょ! ファルーガさん!!」


 盟約の紋章から完全に光が失われていく。

 気が付くと俺は、いつもと同じようにエリーゼと変わらない目線になっていた。

 エリーゼはそれを見て嬉しそうに笑う。 


「いつものエルリットです!」


 エリーゼはそう言って、俺に抱き着いた。

 そして、頬にキスをする。


「エルリット、格好良かったです!」


「はは、まあいいか」


 どうやらエリーゼは、こちらの姿の方がお気に召しているらしい。

 第一、空気が読めない火炎の王に、文句を言っても始まらないからな。

 火竜剣は元の剣に戻り、真紅の鎧もいつもの服に早変わりである。

 ハヅキも俺達の傍に来て、呆れたように辺りを見渡す。


「まるで、戦争でも起きたみたいだな」


「普通じゃなかったですからね、雷化したリスティさんは」


 俺の言葉にリスティが肩をすくめた。


「エルリット君にだけは、言われたくないわね」


(ん?)

  

 その時、俺は誰かに見られてる感覚になって身構えた。

 背筋がゾクリとするような視線だ。

 リスティとミレティ先生の顔が一瞬険しくなる。


(何だ今のは……誰かが俺を見ている?)


 ハヅキが自分の指をそっと唇に当てる。

 どうやらハヅキも感じたようだ。

 その上で、俺に気付かない振りをしろと言っているのだろう。

 そして俺に囁くように言った。


「私に任せろ、エルリット」


 ハヅキは眼帯に手を当てている。

 そして、それを捲り上げた。

 眼帯の下から現れた、朱色の瞳が輝きを増す。


「朱眼紅丸、赤の太刀!」


(速ええ!)


 ファルーガの力が使えるときの俺なら別だろうが、今の俺にはハヅキの動きが追いきれなかった。

 ハヅキは美しい姿勢で、いつの間にか抜刀している。

 それは、恐ろしいほどの修練だけが可能する美を体現している。

 その寸分の隙も無い姿勢はハヅキの端正な顔立ちとマッチをして、何も知らない女子生徒達に溜め息のような声を漏れさせた。


 ハヅキの魔眼と同じ色の光が、その太刀筋から真空波のように放たれると何もない空を切り裂く。

 何もないはずのそこから姿を現したのは、小さな鳥のような生き物だ。

 ハヅキが放った赤い光は朱色の糸となって、それを器用に絡めとっている。

 どうやら、これがハヅキの力の一つなのだろう。


 暫くその生き物は逃れようと暴れていたが、無理だと分かるとまるで砂で出来ていたかのように崩れ落ちた。

 ミレティ先生は、その砂をつまむとふぅっと息を吐いた。

 砂の中にまだ存在する小さな土の精が、宙に舞って消えていく。


(アウェインがゴーレムを作った時もこんなのがいたな……)


 ミレティ先生は静かに口を開いた。


「疑似生命体ですね。しかも、とても精巧に作られている」


 リスティが、先ほどまでとは違う真剣な表情で呟く。


「例の杖の探索の件かしら? 誰かに監視をされるなんて気持ちの良いものではないわね」


 ハヅキが剣を腰の鞘に収めると、リスティに言った。


「ああ、どうやら私達の動きが気になっている人間がいるらしい」


 ミレティ先生がゆっくりと首を横に振る。


「いいえ、それだけだとは思えませんわね。一瞬ですが、術者からエルリットに対しての強い思念を感じました」


 エメラルド色の髪をした少女はこちらを見る。

 そして俺に言った。


「エルリット。目的は分かりませんが、どうやら貴方にとても強く関心を寄せている人物がいるようですね」

いつもお読み頂いて、ありがとうございます。

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