第七十四話 チェックメイト
戦いを見守る観衆たちは一瞬静まり返り、その後声を上げた。
完全に崩れ落ちた闘舞台には瓦礫が舞い上がり、周囲の視界を失わせている。
「おい、凄えな。あれじゃあまるで雷の化身だ」
「エルリットの奴、黒焦げに……」
「「「エル君!!!」」」
その時、一人の生徒が叫ぶ声が響いた。
「あれを見ろ! 炎が!!」
周辺に舞い散った瓦礫が、巨大な火炎の竜に燃やされ赤い火の粉になっていく。
火竜剣から具現化したファルーガの力だ。
俺とリスティの姿が、今は鮮明に観客にも見えているだろう。
雷狼と共に上空から急降下してきた獣人の美少女は、俺の炎に押し返されて歯ぎしりをしている。
「くっ! 生意気なんだよ、エルリット!!」
上から打ちおろす雷撃と下から巻き上がる炎、それが激突し合う力の境界域からはバチバチと激しい音が鳴り響いている。
(やばいなこれは……)
この力の均衡が崩れた時、衝突した両方の力が一気に敗者に襲い掛かるだろう。
獣人の美少女は俺の上空で勝気な美貌を歪める。
「くぅっ!!」
リスティが放った雷狼の数体がファルーガの炎に飲み込まれ、次第に力を失いその姿を消していく。
どうやら攻撃力はこちらの方が一枚上手のようだ。
ファルーガの低い声が響く。
「小僧、双方の力が強すぎる。このままいくと我の炎に押し返された両者の力をまともに喰らってあの獣人の娘、消し飛ぶぞ」
ファルーガの言葉通り、凄まじい音を立てながら二つの力の境界面がリスティの方へと向かっていく。
リスティを包む青い閃光が再び強く輝く。
最後の力を振り絞っているのだろう、青い狼の数がまた一気に増えた。
雷狼を従えるリスティは、さながら雷帝と呼ぶのが相応しい姿である。
(引いてくれって言って、引く相手じゃないよな)
ファルーガは呻った。
「敵ながら見事な娘よ、意外と死ぬのはそなたかもしれんな」
「はは、物騒なことを言わないでください。俺は勝ちます。勿論リスティさんも殺さずにね」
俺は火竜剣を正眼に構えた。
そしてそこに魔力を一部集めていく。
手の甲の紋章が光り、俺の右腕にそれに連なる魔法陣がいくつも浮かび上がる。
俺が自分の魔力を込めて描いたものだ。
ファルーガがその術式を見て驚いたように声を上げる。
「何! 小僧、まさかそなた……それは古代竜言語か!」
「ええ、ファルーガさんが描いた血と魂の盟約を見ましたからね。あれがその古代竜言語って奴なら、少し応用させて貰いますよ!!」
俺に読めない文字は無い。
盟約には細かい術式がびっしりと描かれていたが、重要な部分は把握済みだ。
俺の魂に刻まれた盟約とそれを発露するための右手の紋章。
そこに書きこまれた古代竜言語。
それを右腕に描き出した複数の魔法陣で詳細に制御していく。
(ちっ、やっぱりいきなりは難しいな。細かい部分は他の古代言語で補完するしかないか)
「これはまさか! 我の記した盟約を自ら制御する気か!」
「申し訳ありません! 少し使いやすくアレンジさせてもらいますよ!!」
右手の魔法陣が、俺の腕だけではなく手にした火竜剣の表面にも描かれていく。
今の局面を打開するには、ファルーガの強大な力をより完全に近い形で制御するしかない。
もっと柔軟に、そして分割制御する。
「行きますよ! 術式発動、分割制御連陣『七首の大蛇』」
術に名前を付けたのはそのほうがイメージがしやすいからだ。
断じて俺が厨二病だからではない。
何しろぶっつけ本番で使う術だ、己の頭の中での明確なイメージを術式と魔力に反映させる必要がある。
俺の右腕と火竜剣の表面に描かれた七つの連なった制御魔法陣が、右手の甲に刻まれた紋章と共に真紅に染まる。
その時、観客席から声が上がった。
「おい……何だあれ! 火炎の竜の姿が!!」
「え、ええ。分かれていくわ」
「まるで、七本の首を持つ竜だ!!」
炎の竜と化して、リスティの雷撃とぶつかり合っていたファルーガの体が、七首の竜に分かれていく。
その姿は炎で出来たヤマタノオロチか、ヒドラと言ったところだろう。
俺が手にする制御中枢である火竜の剣から枝分かれした、七つの炎竜の長い鎌首の一つが俺にニヤリと笑う。
「よう、エルリット。やけに二枚目になったじゃねえか?」
「ああ、バロ。お前も中々いけてるぜ!」
ファルーガを召喚した時に依代となり、その一部となったバロたちに呼びかけ制御する。
『七首の大蛇』は、その為の術式だ。
ファルーガの力をバロたちに流し込み、七つの力に分けて制御する。
慣れ親しんだ相棒は、目の前の雷狼を見て笑った。
「とりあえず、あいつらをやりゃあいいんだな? エルリット!!」
「ああ! 頼んだぞバロ、お前ら!!」
七匹の火トカゲ、いいや火竜たちは胴体にあたる火竜剣を離れて、猛烈な勢いでリスティを取り囲む雷狼に向かっていく。
「ヒャッホー! すげえ力だ!!」
「行くぜ!」
「「「「「おお!!!」」」」」
向かって来る複数の火炎の竜を見て、リスティが叫ぶ。
「ちっ! 火炎の竜が七頭だと!?」
バロたちは、リスティの力に抗いながら降り注ぐ雷狼に牙を剥いた。
狼の腹や首元に次々と喰らいつき、その動きを封じていく。
「くっ! よくも!!」
次第に、上空からの雷狼の圧力が消えていく。
残るは、一頭の雷狼と本体であるリスティだけだ。
リスティは残った雷狼の体を蹴って、鮮やかに宙を舞う。
その瞬間、バロが最後の雷狼を飲みこんだ。
「ちっ」
だがバロたちを放った俺も、無防備に彼女の真下にその姿を晒している。
リスティの目が鋭く光った。
「隙だらけだよ! 油断したね、エルリット!!」
俺は青い雷を身に纏い上空から、一気にこちらに向かって来るリスティの姿を見上げる。
そして、火竜剣を頭上に突き出した。
「いいえ。これでチェックメイトです、リスティさん!」
リスティの背後には雷狼を喰い、青く帯電したバロの姿が見える。
それが炎の雷となって、火竜剣を目がけて落雷する。
「へへ、行くぜ! エルリット!!」
(こちらの防御をわざと手薄にすれば、俺を直接狙って来るのは分かっていたからな)
普通にやっては雷化したリスティの動きを捕らえるのは難しいが、最初から俺に向かって来ることが分かっていればやりようはある。
リスティの目が大きく見開かれる。
「何!!」
バロと火竜剣の間に身を置いていたリスティは、紅蓮の稲妻に貫かれた。
バロの放った、炎が既にリスティを包んでいる。
それが次第に彼女を守る青い雷に侵食していく。
「うぁああああああ!!」
獣人の美少女は炎の中で痙攣した。
しなやかな体が、跳ね上がるようにして暴れる。
リスティの整った鼻梁が震え、全身の力が次第に抜けていくのが分かる。
中々エロい光景だ。
青い閃光が次第に消えていく。
「く……くそ。あたしがこんな、あぅ」
力なくこちらに落下してくるリスティの体を、俺は抱き留めた。
リスティを包む青い雷が失われたのを見て、俺はバロに命じて火炎を消し去る。
リスティを包む雷撃を消すことに特化したからな、死につながるほどの肉体のダメージはないだろう。
だが、流石にもう雷化は出来ないはずだ。
ぐったりとする可憐な美貌の少女を、俺は眺めていた。
暫くするとぴくりとその瞼が動く。
「う……んぅ」
その時、勝気な美少女の姿が、俺の腕の中で美しい獣人の女性に変わっていく。
獣気の力が弱まって元の姿に戻ったのだろう。
ミス士官学校に選ばれるだけあって、美少女モードでも美女モードでもこの人はやはり魅力的だ。
整った顔立ちと青く綺麗な髪。
そして何といってもフサフサの狼耳と獣人特有の張りのあるナイスバディ。
ここまで魅力的な獣人女性も少ないだろう。
切れ長の美しい瞳が、こちらを見ている。
俺の腕にしっかりと抱かれているのに気が付いて、少し頬を染める。
「……負けたわ、エルリット君。何だか恥ずかしいわ、貴方の教育係なのにだらしないわね、私」
リスティは悔しそうな顔をしている。
美少女モードの時とは雰囲気は違うが、負けず嫌いなところは変わらないのだろう。
「そんなことありませんよ。四大勇者以外にこんなに強い人がいるとは思いませんでした。それに……」
俺はさっきから、リスティの体の一部に視線が釘付けである。
おそらく美少女モードになるからだろうが、リスティは伸縮性に富んだ素材で出来たバトルスーツのようなものを着ている。
美少女、美女どちらの体系になってもぴったり合う物にしているのだろう。
そもそもがその時点で少しエロティックなのだが、その胸の部分が破れ美しい肌が露出していた。
形の良いバストが丸見えである。
美少女モードの時に破れかけていたのが、美女モードになって成長した胸のサイズに服が耐えきれなくなったのだろう。
ママン以外でこれほど完璧なバストを見たのは初めてだ。
男なら、視線が釘付けになっている俺を責められる奴はいないだろう。
「きゃ!」
俺の視線に気が付いたのか、リスティはそう叫んで自分の胸を両手で隠す。
そしてこちらを睨んだ。
「見たわね……エルリット君?」
「え? はは、見たような、見てないような」
リスティは胸を隠したまま、俺の腕の中で責めるようにこちらを見ている。
指先で俺の頬を抓ると、ふぅと溜め息をつく。
そして悪戯っぽく笑って言った。
「しかたない子ね、許してあげるわ」
リスティはそう言うと、美しい顔を俺に近づけた。
バラの花びらのような唇がすぐそばに見える。
頬に柔らかいものが当たって、とてもいい香りが俺の鼻腔を満たしていく。
大人の女性の匂いだ。
「エルリット君、私に勝った男は貴方が初めてよ」
頬にとはいえ、獣人美女にキスされたのは初めてである。
異世界に来た甲斐があると言うものだ。
狼耳の生えた綺麗なお姉さんとか、男にとって至高の存在の一つだからな。
ミレティ先生がこちらに歩み寄りながら言った。
「うふふ。夢が叶って良かったじゃないですかリスティ。貴方、昔言ってましたもんね。自分に勝てるような男に、お姫様のように抱きかかえて貰いたいって」
「なっ!!」
ミレティ先生の言葉に、リスティの顔が真っ赤になっていく。
「大体そんなことを貴方が言うから、貴方に勝負を挑む男子生徒が後を絶たなかったんですよ。それを次々に子分にしてしまって」
「や、やめて下さいミレティ先生! 昔の話です!!」
俺はリスティが写っていた魔写真を思い出す。
どうやら、リスティと一緒に写っていたのは、子分と言うよりは多少過激なファンクラブの連中だった訳だ。
にしてもお姫様抱っことか、意外と乙女チックな夢である。
(逆にらしいと言えば、らしいのかもな)
俺の腕の中でリスティが、恥ずかしそうにこちらを見上げている。
学生時代の黒歴史を明かされれば、赤くもなるだろう。
「あ、あのねエルリット君、違うのよ! その……私に勝てる人になら全部あげてもいいかなって、昔は思ってただけ」
そう言ってリスティは俺を見ると溜め息をついた。
そして、ぼそっと何かを呟く
「ふぅ……エルリット君が、今の姿ぐらい大人なら良かったのに」
「どうかしたんですかリスティさん、そんな顔して?」
リスティは、俺を見てコホンと咳払いをした。
「何でもないわ。人生、上手くいかないなって思っただけ」
ミレティ先生は、そんなリスティの姿を見て微笑むと試合終了の宣言をした。
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