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第七十一話 霧の中で

「うふふ、考えましたわね。エルリット」


 ミレティ先生が笑みを浮かべる。

 その笑顔も、闘舞台を包む深い霧の中にすぐに消えていった。

 試合を観戦する生徒達からざわめきが起きる。


「何だ、あの霧は?」


「見ろ! まるで生き物のように形が変わっていくぞ」


 立ち込める霧は、ただ俺の姿を隠しているだけではなく俺の魔力に呼応して淡く光りながらある形を描いていく。


「……あいつ一体何をするつもりだよ」


 半壊した舞台を包む霧に含まれる魔力の密度は、次第に上がっていく。

 俺が霧の中に魔力を大量に放出しているからだ。

 ガルオンの低い声が響く。


『ぐぬう、何という魔力だ。これではあの小僧がどこにいるのか分からぬ』


 リスティが宙を見上げて言った。


『しまった! これは只の霧じゃない。ガルオン、あれを見な!』


 霧の中で7匹の火トカゲたちが、真紅の輝きを放っている。

 その強い輝きがまるで火種のようになって、霧が形作る模様を闘舞台の上に赤く鮮やかに描いていく。

 巨大な真円とその中に刻まれる幾何学模様と古代文字。

 ミレティ先生がそれを見て言った。


「ふふ、エルリット貴方は本当に面白い子です」


 ミレティ先生は闘舞台の空高く舞い上がった。

 風の使い魔達が先生の周りで歌っている。

 その歌声が、ミレティ先生を空中に漂わせている様だ。


(あの人は飛竜なんていなくても、自由に空が飛べそうだな)


 やっぱりこの人は、術の引き出しが多い。

 先生は上空から半壊した闘舞台を眺めている。


「最初からこれが目的だったんですね」


 観客席の生徒達から再び声が上がる。


「おい! でけえ、何だこりゃあ……」


「魔法陣だわ……でも見たことある? こんな術式」


「ねえよ、複雑すぎる。一体何なんだこれは!」


 魔道コースの上級生たちが口々にそう叫んだ。

 それを聞いて、ミレティ先生が微笑む。


「超高位精霊召喚術式。詠唱する時間を省くために、自らの魔力でこれほど大きな魔法陣を描くなんて」


 リスティが叫ぶ。


『ちっ! あのガキ! ガルオン、ここは危険だよ!!』


 その言葉に巨大な聖獣は、リスティを背に乗せると闘舞台を蹴って校舎の側面へと飛ぶ。

 そして、さらにはその校舎の側壁を蹴ると空高くジャンプをした。

 リスティの目は闘舞台を見下ろしている。


「超高位精霊召喚術式だと? 四大勇者以外に、そんな真似が出来る人間がいるっていうのかい!?」


 リスティの言葉に、同じように闘舞台の上空にいるミレティ先生が答えた。


「リスティ。貴方は強い、士官学校歴代首席の中でもトップクラスといってもいいでしょう。ですがあの子は間違いなく、士官学校において歴代最強の新入生です。常識で判断するのはおやめなさい」


 闘舞台全体に大きく描かれた魔法陣が、真紅に輝きを増す。

 その瞬間、地面が激しく揺れて半壊しかけていた舞台の石畳が完全に崩れていく。

 バロたちがお互いにその身を束ねて、魔法陣の中央に集まっていった。


 魔法陣の表面が歪曲し、その内側にいる者が姿を現し始めた。

 それは収束した七匹の火トカゲを依代にして、この世界に具現化をしていく。

 エリーゼが大きな声で叫んだ。


「エルリットです!」


 魔法陣から姿を現した存在が、闘舞台に残っていた氷の柱を一気に蒸発させると、急激な上昇気流を発生させてそれが強力な渦となって白い霧を吹き消していく。

 闘舞台の上には俺の姿がハッキリと見えているだろう。

 そして、俺が召喚したモノの姿も。


 観客たちから大きな声が上がる。


「おい! 何だよあれ……」


「いや、確か見たことあるぞ。魔道教本の中に描かれてただろ!」


「馬鹿! 冗談言うなよ、確かに似てるけどよ。もしそうならあいつ……」


 魔道コースの生徒達の一人が、手に持った士官学校の教本をめくりながら叫んだ。


「見ろよ、この絵と同じだ! かつてあの魔王が使役した、火炎の超高位精霊……」


 ミレティ先生がふわりと闘舞台の上に舞い降りる。

 そして、俺が召喚した巨大な真紅の精霊を見上げる。


「ええそうです。火炎の超高位精霊『火竜王ファルーガ』。火炎の王と呼ばれている存在です」




 ミレティ先生の言葉に生徒達からどよめきが起こる。


「火竜王ファルーガ……」


「うそ……そんなの伝説級の精霊じゃない!? 魔王や四大勇者の戦いに出てくるような……」


「ありえねえ……」


 真紅の鱗に全身を覆われた巨大なドラゴン。

 黄金に輝く瞳には、高い知性を秘めているのが一目で分かる。


 以前エリーゼを助けた時に、その力の一部を借りて古代魔法をぶっ放したことがあるが、流石に本体ごと喚び出したのは初めてだ。

 御前試合の切り札として練習をしておこうと思ったのだが、どうせなら実戦でやったほうが効果的な予行練習になる。

 真紅のドラゴンは、俺を見ると口を開いた。


「我を喚び出したのはお前か? 小僧」


「ええ、先日はお世話になりました」


 古代魔法をぶっ放した時に力を借りた礼を言っておくのが、礼儀だろう。

 俺がそう言って頭をぺこりと下げると、真紅の竜は低い声で笑った。


「面白い小僧だ。それに我を召喚するほどの魔力、いいだろう力を貸してやろう。但し、一つだけ条件がある」


 その時、俺達と距離を取って音もなくリスティを乗せたガルオンが地面に降り立つのが見えた。

 俺はそれを横目で見ながら、ファルーガに答える。


「条件ですか、どんな条件です? 実は見ての通り立て込んでいまして。出来れば、時間がかからないやつをお願いします」


 火炎の王の黄金の瞳が俺を見下ろしている。


「安心せよ、すぐに済む。多少痛みはあるかもしれんがな」


 真紅の巨大なドラゴンは何やら物騒なことを俺に言うと、その巨大な顎を大きく開いた。

いつもお読み頂きまして、ありがとうございます。

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