第六十七話 リスティの過去
「それは違いますよ、ヨハン」
俺達が声がした方を見ると、エメラルドグリーンの髪をした美少女が歩いて来るのが見える。
いわずと知れたミレティ校長である。
その後ろからはリスティとハヅキもやってくる。
ヨハン先輩がミレティ先生に叫んだ。
「何が違うんです先生! 有名じゃないですか、この獣人女が手下を率いて先生に喧嘩を売った話は」
俺はその言葉に首を傾げてヨハンを眺める。
「ヨハン先輩、手下って何ですか?」
「お前は知らないかもしれないけどな、リスティ・フェルーエルっていえば都でも有名な不良グループのリーダーだったんだぞ!」
不良ってリスティが?
俺はリスティの方を見る。
ハヅキが不良っていうなら分かるが、リスティはどちらかというとクラス委員長タイプだ。
(何言ってるんだ、この人は?)
俺はヨハン先輩とリスティさんを見比べて笑った。
「は……ははは。何言ってるんですかヨハン先輩、リスティさんに限ってそんなことあるわけないじゃないですか? ねえ、リスティさん」
リスティは少し頬を染めて指先を唇に当てると、困ったように俺を見た。
「え? ええ、どうかしら。昔のことは良く覚えてないわね……」
なぜかせわしなく尻尾が揺れている。
落ち着かない様子だ。
(おい……)
俺がジト目でリスティを見ていると、ハヅキが俺の肩をポンと叩いた。
「ヨハンの言う通りだ、エルリット。昔の魔写真を見てみるか? さっき懐かしいと、ミレティ先生と眺めていたんだが」
昔話に花を咲かせながらこちらにやってきたのか、ハヅキの手には一枚の魔写真がある。
俺は思わずそれを覗き込んだ。
魔写真の中で不良共がこちらに向かって睨みをきかせていた。
見るからにガラが悪い連中である。
(……誰だこれ)
そしてその中央には、いわゆるヤンキー座りをした目つきの鋭い獣人の美少女と、まだ幼いが眼帯を付けたハヅキらしき少女が妹分みたいな感じで写っていた。
俺はまるで女番長みたいなその少女の写真と、リスティを何度も見比べる。
大きな狼耳とその顔立ち。
美少女から美女にはなっているが、そっくりである。
リスティの尻尾の動きが段々速くなっていく。
「あの……これもしかしてリスティさんですか?」
ハヅキが頷く。
「ああ、簡単に言えば、リスティとその手下たちだな」
(って、あんたもそこに映ってるだろうが)
どうやら、ハヅキとリスティは昔からの付き合いの様だ。
俺の言葉にリスティがハヅキの手から魔写真を取り上げた。
「む、昔ことでしょハヅキ! なにもエルリット君にまで見せることないじゃない」
14、15歳ぐらいだろか、勝気な美少女姿のリスティはかなり可愛い。
このギャップ萌えで、ミス士官学校に選ばれたのかも知れない。
ミレティ先生が懐かしそうに目を細める。
「思い出しますわ、リスティは人一倍手のかかる生徒でしたからね。選抜クラスに選んだのはいいんですけど、何度注意してもろくに学校にさえ出てこないので、不良たちの溜まり場に行って私が宣言したんです。『今から全員学校に強制連行しますけど、逆らうなら全員まとめてかかってきなさい』って」
完全に学園バトルモノの展開である。
リスティはバツが悪そうにミレティ先生を見た。
「私が14歳の時ですね。子供だったんです、獣気を使いこなして誰よりも強い気になってたわ。まだ聖獣使いでは無かったけれど四大勇者にだって負けはしないって思ってた」
14歳とか厨二病全開の時期だからな。
俺はもう一度、魔写真を覗き込む。
14歳のリスティか。
美少女であることは間違いないが、触れたら噛みつかれそうだ。
「どうなったんです、その勝負は?」
まだリスティが聖獣使いになる前って話だが『風の魔女ミレティ』と『青い閃光のリスティ』の戦い。
純粋に興味がある。
リスティが肩をすくめる。
「どうって……負けたわよ。こっちにも仲間の手前意地があるから激しい戦いになって、途中で仲間達は泣き叫んでもうやめてくれって次々に降参するし。私は何とか最後まで立ってたけど、生まれて初めて相手のことが心底怖いって思ったもの」
(心底怖いって、一体何があったんだよ……)
ミレティ先生がニッコリと笑う。
「うふふ、リスティ、貴方があんまり強情なので、少しだけ本気を出しましたから」
「えっとですね。ミレティ先生の本気ってどんな感じなんですかね?」
俺の言葉に先生がこちらを見つめる。
「見たいですか、エルリット?」
「……いや、やっぱりやめときます」
世の中には知らない方が幸せなことはあるだろう。
ミレティ先生は胸を張ってヨハンに言った。
「という訳です、ヨハン。喧嘩を売ったのは私の方ですから、何の問題もありません」
俺はミレティ先生に一応突っ込んだ。
「いや、そういう問題じゃないと思いますよ」
当然だが、ヨハンは納得していない様子だ。
「そうです、先生それは詭弁です!」
「そうですか? うふふ、でもそれからはみんなとても『いい子』になったんですよ」
(笑顔が怖えよ……一体何したんだよ、あんた)
少なくても不良達が、恐怖とトラウマで更生するレベルの戦いだったのだろう。
リスティはふうと溜め息をついて俺を見た。
「士官学校に来たら分かってしまうと思ったけれど、隠したところで仕方ないものね。それからはミレティ先生に厳しく指導されたってわけ、聖獣使いになれたのもそのお陰ね」
「ふふ、リスティ。貴方も腕を上げたようですから、あの時の借りを返したいならいつでも相手をしてあげますよ」
それを聞いて、リスティはコホンと咳払いをする。
「からかうのはやめて下さいミレティ先生。もう私も子供じゃありません」
「うふふ、残念ですね。今の貴方となら面白い試合が出来そうですけど」
リスティにとっては黒歴史なのだろう。
(個人的には、今のこの二人の戦いを見てみたい気もするけどな)
俺はミレティ先生に話しかける。
「それにしても、ミレティ先生は獣人族のことも詳しいんですね?」
よく考えたら獣人でもないのに、リスティをよく指導出来たものだ。
ミレティ先生は静かに俺を見つめる。
「ええ、獣気や聖獣使いについては良く知っています。いいえ、調べたと言った方いいでしょうか。以前強力な聖獣使いが、要注意人物としてファルルアンに入国したことがありますから。陛下の命で私がその人物を調べることになったんです」
要注意人物って誰だろう。
四大勇者のミレティ先生が直接調べるって、よっぽどの相手だな。
「へえ、誰ですか? その要注意人物って」
俺の言葉に先生はジッと俺を見ている。
「分かりませんか? エルリット。多分貴方も知っていますよ」
(俺が知っている相手で、そんなやついたかな?)
要注意人物? 同じ聖獣使い……。
そう言われると一人だけ心当たりがある。
「ああ、もしかしてミロルミオ先輩の母親のエマリエさんですか?」
俺の使い魔を見ても全く動じなかった、黒髪の武闘侍女。
ミレティ先生は俺の言葉に頷いた。
「そうです『静かなる狼』と呼ばれた暗殺組織の唯一の生き残り。ランザス王国から輿入れされた王妃陛下の武装侍女とはいえ、調べない訳にはいきませんからね。私が知る限り、今この国で最も強い獣人は彼女かリスティです。ですが……」
「どうかしたんですか?」
俺の問いにミレティ先生は答えた。
「ええ、例の噂についてです。いくら彼女でも獣人族の中でも戦闘力が高い黒狼族を、皆殺し出来るとは思えない。リスティ、貴方なら出来ますか?」
ミレティ先生の言葉にリスティは首を横に振った。
「いくらガルオンの力をかりても、獣気を自在に操る数十の黒狼族の戦士を一度に相手にするのは難しいですね。その中に聖獣使いが居なかったとしても、最初の数人の命を奪った時点で気づかれますし、そうなれば同時に彼らの相手をすることになる。例えやれたとしても、こちらも途中で息絶えるでしょう」
それを聞いてミレティ先生が口を開いた。
「貴方が無理なら恐らくエマリエでも難しいでしょうね。でも事実は違った、彼女は一人でかすり傷を負うこともなく数十のもの仲間を殺している。なら考えられる事は二つです、まず一つ目は真犯人が彼女ではないという可能性」
(いや、それも結局おかしくないか? そんなことが出来る奴っていったら……)
ミレティ先生は俺の顔を見ると頷いた。
「そうです、そんなことが出来る力を持つ人間は限られている。例えば四大勇者の一人だとか、さもなければそれに準じた力を持つ存在」
エルークか? いや歳を考えればそれはおかしい。
王妃がこの国に嫁ぐ前の話だ、もう二十年近く前の話になるからな。
ヨハンが口を挟んだ。
「そんなことありえません、先生! 四大勇者はこのファルルアンの英雄ですよ!」
「うふふ、そうですわね、ヨハン。もう一つは単純です、エマリエ・レンティエールが本当の力を隠しているという可能性です。もしそうなら彼女は四大勇者に匹敵する力を持っていることになる。マシャリアが国王陛下の護衛につくようになったのは、元はと言えばそれが理由です」
なるほどな、ランザス王国との関係上入国を突っぱねる訳にもいかなかったのだろう。
政治の世界は複雑である。
ミレティ先生の話を聞きながらリスティが尋ねる。
「先生、何故急にそんな話を。何か気になることでもあるんですか?」
確かに、それは俺も感じた。
リスティの疑問に、ミレティ先生は少し心配そうな顔になると口を開く。
「ええ、ミロルミオのことです。最近、あの子の獣気が強くなっているのを感じるのです。今までにないような急激な速さで」
リスティが肩をすくめると言った。
「それは恐らく、獣気に聖獣が宿る前兆です。あれほどの才能の持ち主なら遅いぐらいかと」
「……ええ、きっとそうですね。それならいいのですが」
確かにミロルミオ先輩は王妃の前で自信満々だったからな。
御前試合までに自分が聖獣使いになれると踏んでいるのか?
(そうなると、面倒なことになりそうだな)
ハヅキが俺の肩をポンと叩くと言った。
「丁度いいじゃないかエルリット。もしミロルミオが聖獣使いになったとしても、リスティと模擬戦をしておけばその対策になるだろうからな」
「それは言えますね」
ハヅキの言葉に頷く俺を見て、ミレティ校長が首を傾げる。
「模擬戦というと、リスティとエルリットが試合をするんですか?」
リスティがその言葉に答えた。
「ええ、エルリット君は冒険者ギルドに登録したんです。私が教育係になったのでその力を把握しておきたくて」
「ふふ、あのお転婆娘だった貴方が誰かの教育係になるなんて。時が経つのは早いですね」
そう言って例の魔写真を眺めるミレティ先生の言葉に、リスティは口を尖らせた。
リスティがこんな姿を見せるのは恩師の前だからだろう。
「先生まで、もう昔のことです!」
ミレティ先生は俺を見ると言った。
「相手の手の内を知り過ぎることは実戦を考えると良くないとは思いましたが、リスティとの試合まで止めるわけには行きませんからね。それに私も貴方がどうリスティと戦うのか興味があります。他の生徒達も勉強になるでしょう、どうですか? 昼食の後にここの闘舞台で試合をするというのは。冒険者ギルドのコートでは二人には狭すぎると思いますし」
俺が先生の言葉にリスティを見ると頷く。
(まあ別に見られて困るようなモノでもないし、いいか)
ミロルミオ先輩やロイジェル先輩は今日は学校に来ていないだろうしな。
わざわざギルドの戻る手間も省ける。
「俺は別にかまいませんよ、ミレティ先生」
「私もよエルリット君、闘舞台で戦うのは久しぶりだわ。楽しみね」
お読み頂きましてありがとうございます。




