第六十三話 眼帯の剣士
「フユ~、エルリット誰かいるです!」
フユがゴーレムの頭から俺の肩に飛び乗った。
薔薇の髪飾りのついたツインテールがふわりと揺れる。
階段の上に立っているのは2人。
その一人が階段を下りてこちらに向かって来る。
すらりとした細身の剣士だ。
(ただの剣士というよりも、マシャリアやラセアルと同じ魔剣士か)
腰から提げたまるで日本刀のように細い剣から、強い魔力を感じる。
その鞘と柄は真紅に染め上げられて、芸術品のように美しい。
そして、それ以上に強力な魔力を本人から感じた。
その剣の形や研ぎ澄まされたような気配から、剣士と言うよりは侍か忍者と言った方がしっくりする雰囲気の男だ。
黒髪の長髪、体は細身で整った顔立ちをしている。
その衣装もどことなく袴に似た和風テイストだ。
衣服が軽装な物なのは、余程相手の攻撃を受けない自信があるのだろう。
冒険者で剣士なら当然前衛だろうからな。
年齢は十八歳ぐらいに見える。
この若さでSランクだっていうなら、相当の腕の持ち主に違いない。
男は目の前までくると、俺を見下ろす。
瞳は特徴的で、左目に刀と同じ真紅の眼帯をしている。
その奥から、強烈な魔力を感じる
「ふっ、私の魔眼の力を感じても動じぬとは。少しは出来るようだな」
(魔眼とか……まじかよ。厨二病過ぎるだろ)
『青い閃光のリスティ』そしてアウェインのゴーレム、その次は魔眼の使い手とか厨二病歓喜のメンバーである。
「この眼帯を外した時、私の真の力が!」ってやつだろうか。
俺は思わず、その剣士を見上げた。
「え、ええ。それよりもその眼帯と刀の方が気になりまして」
厨二病アイテム過ぎるからな。
すると、魔眼持ちの剣士が食いついてきた。
「何! 分かるかこれが! この刀と眼帯は我が家に伝わる由緒正しき一対の魔道具、その名も『朱眼紅丸』。ふふ……我が左眼が開く時、この刀に秘められし真の力が解き放たれるのだ!!」
「な、なるほど。凄いですねそれは!」
眼帯と刀がセットの魔道具とかヤバすぎる。
それに、アイテムも厨二だが本人も厨二病のようである。
アウェインが横から口を挟んだ。
「ハヅキは、ある古流剣術流派を伝承する家の娘でな。冒険者なんぞしている上に強すぎて嫁の貰い手がないと、いつも親父さんが愚痴ってるぐらいだ」
「な! 支部長! 貰い手が無いのではない、私の眼鏡にかなうような強い男がいないだけだ!!」
アウェインと目の前の剣士の会話を聞いて、俺は思わず首を傾げた。
嫁の貰い手?
もしかして……この人、女か?
名前もハヅキって呼ばれてたからな。
言われてみれば声も男にしては高い。
俺は念のために聞いてみた。
「あ、あの。もしかして女性の方ですか?」
俺の言葉に、自称魔眼持ちの剣士の頬が真っ赤に染まる。
「な! 当然ではないか! 私の何処が男に見えるのだ!!」
男だとばかり思っていたが、どうやら女剣士の様だ。
しかしそれにしては……。
俺とフユの目がジッとその剣士の胸に集まっていく。
「フユ~、小さいです」
確かに小さい。
近くに立っているエリザベスさんと比べると、完全に平らである。
女性にしては長身なだけにそれが際立って見える。
まるで男装の麗人である。
「き、貴様! 何を見ている!」
「え? いえ、何も見ていませんよ」
俺はそう言って、そっと黒髪の剣士の胸から目を背ける。
「う、嘘を言え! 何故目をそらした!?」
ミレースが慌てて俺に耳打ちした。
「エルリット君、駄目ですよハヅキさんの胸のことは禁句になってるんですから。フルネームはハヅキ・エレルーシャ、Sランクでゴールドの称号持ちです」
やべえ、やっぱり只の厨二病じゃなかった。
ゴールドの称号持ちか。
「は……ははは。ミレースさん、そういうことは早く教えて下さいよ」
確かに近くでよく見るとその仕草で女性であることが分かる。
綺麗系のお姉さんだ。
しかし今更、言われても後の祭りである。
ハヅキさんが唇をグッと噛んでこちらを見ている。
「お、男に間違えられて、このまま黙っていられるか! これはサラシを巻いているからだ! ちょっと待っていろ!!」
「ちょ! どこ行くんですか?」
そう言って止める間もなく、ハヅキはギルドホールの大きな柱の陰に走っていく。
柱の陰には入っているが時折ハヅキの白く長い手足が見えている。
どうやら胸に巻いたサラシを脱ぎにいったらしい。
シュルシュルと白い布が地面に折りたたまれていく。
……いかんいかん、紳士であれば見なかったことにするのが礼儀だろう。
「フユ~、またいやらしい目をしてるです!」
「黙りなさい、君は」
男には男の事情があるのだ。
暫くすると柱の陰からハヅキが戻ってくる。
そして、俺の前で胸を張って見せた。
「どうだ!」
(いや……どうだって言われても。全く、さっきと変わってないんですが?)
これほど分かりにくいビフォー、アフターは初めてだ。
「フユ~、全く変わってない、ムグゥ!」
俺は、相変わらず容赦なく止めを刺しに行くフユの口を塞いだ。
そして、慌ててハヅキに言った。
「そ、そういえば少し違うような……。それに大丈夫ですよ、ハヅキさんはそのままで十分魅力的だと思いますし」
嘘は言っていない。
真紅の眼帯と刀、そして魔眼持ちという三点セットで、俺にとっては魅力的過ぎる存在である。
俺の言葉にハヅキは少し頬を染める。
「なっ! そ、そのままで魅力的だ……と。こ、子供のくせに生意気な!」
「ええ、ハヅキさんは素敵だと思いますよ」
俺はなるべく爽やかに笑ってみた。
こっちが男に見間違えたんだ、少し大げさにフォローぐらいしとかないとやばいだろう。
「な、何!? 素敵……だと」
(やばい、流石に少しわざとらしかったか?)
ハヅキの手が左目の眼帯に伸びる。
こんなところで、魔眼とやらの力が解放されたらやばそうだ。
なにしろSランクのゴールドだ、ギリアムたちとは次元が違うだろう。
だが、幸いなことにその指は眼帯の位置を少し直しただけである。
「い、いきなり愛の告白とは……大胆な奴だ。もう少し大人になったら考えてやろう」
「は、はぁ……」
どういうことだ、いつ俺が告白したんだ?
しかも、いつの間にか俺がフラれたみたいになってる。
厨二病にありがちとはいえ、恐ろしい程思い込みが激しい人の様だ。
ハヅキは少し頬を赤らめて俺を見ている。
そして軽く咳ばらいをして、リスティに言った。
「こほん、リスティ。別に認めてやっても良いのではないか? 確かに先ほどの戦いぶりはAランクを遥かに超えていたからな。よく見れば中々可愛い顔をしている」
ハヅキの言葉にリスティが首を傾げる。
「珍しいわねハヅキ。貴方のことだから、絶対に公平な試験をしないと許さないっていうと思ったのに。どうかしたの?」
「な! 別にどうもしていない。公平に力を認めただけだ!!」
アウェインが俺達のやり取りを見ながら、呆れたように肩をすくめると階段の上を見上げて言った。
そこにはもう一人の人影が立っている。
こちらは間違いなく男だろう、背が高く一目で魔導士だと分かるローブを着ている。
「だ、そうだが。お前はどう思う? ヴィクス」
アウェインの言葉にヴィクスと呼ばれたその人影が答える。
「言ったはずだ、俺は誰ともつるむつもりはない。好きにやらせてもらう」
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