第五十八話 ギルドホールにて(前編)
「う……うう。ミレース、俺は……もうダメだ……」
どうやらこの男とミレースとは顔見知りのようである。
年齢は20代前半、引き締まった体で野性的な顔つきをしている。
おそらく冒険者の一人だろう、焦げ付いた服や装備でそれが見て取れた。
中々高そうな剣を身に着けているところを見ると、そこそこの腕の冒険者に思えた。
ど派手な火炎魔法をまともに受け止めた上に、頑丈な扉をぶっ壊すほどの衝撃を体に受けている。
火傷に裂傷、骨も数か所は折れているだろう。
かなりの重症である。
「キースさん! しっかりして下さい! キースさん!!」
「ミレース……俺の墓は、テフルアの丘に……うう」
キースと呼ばれた男は、まるで遺言のようにそう言い残すとガクリと首を垂れた。
ミレースがキースの手を握って叫んだ。
「キースさん! しっかりしてください! キースさんぁあん!!」
うむ、まるで映画のワンシーンである。
(えっと……そろそろ突っ込んだほうがいいか? これ)
俺はミレースとその男に話しかける。
「あの、せっかく気分を出しているところを申し訳ないんですけど、その人の怪我なら俺がもう殆ど直しましたから、ボロボロなのは服だけですけど?」
俺の言葉にミレースが目を丸くする。
「エルリット君?」
そしてキースと呼ばれた男は上半身を起こして、自分の体をキョロキョロと見ている。
「へ?」
素っ頓狂な声でそう言うと、冒険者風のその男は手足を動かして無事を確認した。
「ほ、ほんとだ! な、治ってるぞ!! どうなってんだ!?」
「キースさん!」
ミレースとキースがこちらを向いたので、俺は肩をすくめた。
「どうなってるって、回復魔法をかけただけですよ」
キースはそれを聞いて叫んだ。
「回復魔法? おい、冗談言うなよ、いくらなんでもあんな大怪我一瞬で治るはずないだろ?」
「結構やばかったので、少しばかり本気で回復しましたからね。ミレースさんの知り合いに、目の前で死なれても困りますから」
よくある死亡シーン特有の雰囲気を二人が醸し出しているので言いにくかったが、ミレースがキースと男の名前を呼んだところで敵ではないと判断して俺は回復魔法をかけていた。
あまり放っておくと本当に死にそうだったからな。
フユがキースと呼ばれた男の上で青く輝いている。
水系の回復魔法を使ったので、ついでに使い魔であるフユを通して使ってみたんだが、ことのほか調子がいい。
俺が施した癒しの術式がフユの額に現れ、男の怪我を回復させている。
フユの薔薇のツルが男の傷口に触れるとその傷が塞がっていく。
ツインテールの使い魔は、得意げに胸を張った。
「フユ~、エルリットの魔力を一杯感じるです! フユちゃん癒しの女神になったです!!」
「よくゆうぜ誰が女神だ、このチンチクリンが、ブァアア!!」
バロがフユが使役する薔薇の鞭の一本を食らってのけぞった。
「天罰を喰らうです!」
俺の魔力がフユの体に行きわたっている為、中々の威力である。
これはバロの自業自得なので、俺は見て見ぬふりをする。
フユは水の精霊花だけあって、生命を司る水系の癒しの魔法とは相性がいいようだ。
何も使い魔をバトルに使うだけが能ではない。
こいつを使い魔にすることは予定の内だったから、いくつかフユ用の術式を考えていたのが功を奏したようだ。
お陰で俺が直接回復魔法をかけるよりも術の力が増幅されている。
バロ達と違ってフユに関しては使い魔見習いだ、しばらくは逐一俺が魔力を通じて指示を与えたほうがいいだろう。
俺はギルドホールの入り口に空いたどでかい入り口を通って中に入る。
(しかしまた派手にぶっ壊したな……)
都のギルドだけあって、その中は広く立派である。
朝だからだろうか、まだ人はまばらだが皆、ギルドホールにずかずかと入り込んできた俺を見ていた。
そしてギルドホールの中央には、少しガラの悪そうな連中いて、こちらを睨んでいる。
人数は5人。
そのすべての連中が黒いコスチュームに身を包んでおり、そこには竜の顔のようなマークが描かれていた。
恐ろしいほどザ・厨二病といった雰囲気の連中である。
とても正義の味方には見えない奴らだ。
いやいや、人間を見た目で判断してはいけない。
99パーセント犯人だと分かっていても、一応本人達に直接聞くのが紳士の嗜みであろう。
「えっとですね。聞きにくいんですが、俺達に向かって火炎魔法をぶっ放したのはあんたらですかね?」
正確には玄関かキースにぶっ放したんだろうが、その先に俺達がいたことに間違いはない。
5人の厨二病集団の先頭に立つ男が、ふんぞり返って俺を睨んだ。
背が高く黒い皮の衣装が中々よく似合っている、悪党らしい顔つきに内側が赤い漆黒のマントをまとった魔術師である。
その手には、でっかいルビーのような宝玉がはめ込まれたロッドが握られている。
どうやら、あそこからさっきの火炎魔法が放たれたらしい。
魔力の残滓が感じられる。
「ああん、なんだてめえは。このガキが、死にてえのか!?」
なるほど、やはり見た目で判断すべき時もあるらしい。
威嚇か本気かは分からないが、ロッドの先の宝玉に魔力が込められていくのを俺は感じた。
清々しいほど敵意に満ちている。
キースに事情を聞いてからとは思ったが、どうやら向こうはそんな暇はくれそうもない。
何があったのかは分からないが、穏やかに話し合いが出来る相手ではなさそうだ。
俺は、自分の視線の先にいる黒ずくめの男に言った。
「悪いんですが、それはご免こうむりますよ」
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