第五十四話 腕輪
(冒険者ギルドかぁ)
その響きはまさに厨二病である俺の心を捉えた。
異世界と言えばやはり冒険である。
白竜のラセルの背中に乗って空を飛んだ時は凄かったからな。
自分のはるか下に見える大地と、そばに広がる雲の平原。
あれは体験した人間じゃないと分からない感動だろう。
「でもいいんですかね? 俺士官学校の生徒だし」
ミレースは、少し口元に人差し指を当てて考えると頷いた。
「はい。貴族の方でも登録されている方はいますし、士官学校の生徒にも会員はいますから。支部長なんて学生時代から結構有名な冒険者だったみたいですよ」
ああ、そう言えばギルドの支部長のアウェインもミレティ先生の教え子だって言ってたよな。
俺みたいな、貴族と言っても名ばかりの生徒の中には冒険者になる奴もいるだろう。
俺は一応、名誉王国騎士だが別に決まった仕事があるわけじゃないからな。
リルルアはちょっと頬を染めて遠い目をする。
「ふふ、アウェインとは同じパーティで戦ったものさ。あの人はねそりゃあ凛々しかったんだよ。このあたしが惚れちまうぐらいにね」
どうやらリルルアさんも冒険者ギルドに登録してたらしい。
あの三匹の魔犬のことを考えると、その頃から尻に敷かれてそうだ。
ミレースが俺に耳打ちする。
「リルルアさんと支部長、早くよりを戻せばいいんですよ。いつも喧嘩ばっかりしてるくせに、さりげなくのろけを聞かされるこっちの身にもなって欲しいです」
「は……ははは。そうですね」
どうやらアウェインもいつものろけているらしい。
俺はミレースに尋ねた。
「ところで、どうして残りの代金と冒険者ギルドへの登録が関係あるんですか? やっぱり依頼を受けてその報酬で払うとかですかね」
「ええ、冒険者ギルドにはいろんな依頼が来ますから。それに素材集めとかも結構お金になるんですよ」
なんだかワクワクするな。
仲間とパーティを組んで冒険を、とか厨二病の俺にとってはまさにロマンである。
そしてケモ耳美女や可憐なエルフの魔法使いに……。
「フユ~」
「やめなさい君、そんな目で見るのは」
俺の目を覗き込むフユに、俺は軽く咳ばらいをした。
ミレースがうさ耳をピコピコさせて俺に言う。
「それとギルドの会員になれば、ギルドから提供された素材で作った商品に関しては値引きが出来るんですよ」
「へえ、本当ですかそれ」
それはいい事を聞いたな、会社で言う社員割みたいなもんか?
何しろ今回は金貨300枚分の買い物だ、安くなるならそれにこしたことはない。
ミレースさんが簡単に説明してくれる。
流石に冒険者ギルドの経理担当だけあって、説明も手慣れた様子である。
「例えば今回の買い物ではギルドの取り分は金貨250枚、リルルアさんの取り分は金貨50枚ですけど、もし冒険者ギルドの会員になれば、その中のギルドの取り分の金貨250枚から最大で10パーセント値引きが出来るんです」
「えっとつまり……」
金貨250枚の一割引きか、結構でかいな。
俺の表情を見てミレースがニッコリと笑う。
「ええ、そうです。最大金貨25枚分安くなりますからかなりお得ですよ」
「マジですか? でもいいんですか、そんなに安くしてもらっても」
ミレースが頷く。
「ええ、良い冒険者がいい装備を身に付ければそれだけギルドに貢献してくれますから、結局ギルドの利益につながるんです」
なるほど言われてみればその通りだ。
稼いでくれる冒険者に、投資をしておいて損は無いって訳だな。
ふと俺の頭の中に疑問が浮かぶ。
それだけ割り引いてもギルドに利益がでるということは、素材が売れた時に何割かギルドに治める必要があるのだろう。
なら直接素材を誰かに売った方が儲かるんじゃないか?
俺はミレースに聞いてみた。うさ耳女史はまさに仕事が出来る女性と言った感じで俺に答えた。
「冒険者ギルドは商人ギルド、職人ギルドとも密接に関係してますから。冒険者ギルドを通さない物は買い手が見つかりません、規則を破ったのが知れれば商売人なら商売は出来なくなりますし、冒険者なら資格を剥奪されますから」
資格剥奪か、厳しいルールがあるんだな。
リルルアも頷いた。
「職人としては安定して素材を手に入れるために冒険者ギルドが必要だし、冒険者だってギルドがつぶれちまったら商売あがったりだからね。まともな商売をしてる人間ならルールを破る相手とは組まないのさ」
「へえ、上手くできてますね」
俺が関心をしているとミレースが追加で説明をしてくれる。
「でも、値引き額は冒険者のランクで決まりますから。まずは冒険者ギルドに行ってランク決めの試験をしてもらう必要はありますけど」
「ランク決めの試験ですか?」
あれか、Aランクとか、Bランクとか冒険者と言えばそんな肩書がありそうだもんな。
(さりげなく難しいクエストこなして『ふっ、俺はAランクの冒険者だからな』とか言ってみたい気がするな)
我ながら完全に厨二病である。
ミレースはコクリと首を縦に振る。
「ええ、もしこれから登録に向かうつもりなら、詳しい話はギルドに向かいながら説明しますね。私もそろそろ冒険者ギルドに帰らなければならない時間ですから」
「助かります。エリザベスさん、俺これから冒険者ギルドに行ってみたいんですけどいいですか?」
ここまで来たら善は急げだ。
俺の言葉にエリザベスさんはニッコリと笑うと。
「構わないわよエルリット君。お昼まではまだ時間もあるし、冒険者ギルドなら士官学校に近いもの」
俺の肩の上でフユが膨れている。
「フユ~、フユちゃんの腕輪はどうなるですか?」
いつフユの腕輪になったのかは分からないが、確かに約束してたからな。
リルルアさんがフユのふくれっ面を見て肩をすくめると、ショーケースから腕輪を出して俺に渡した。
「リルルアさん、いいんですか?」
リルルアさんは、頭の白薔薇を広げて嬉しそうに腕輪を触るフユを見て微笑んだ。
「持ってきな。どうせアウェインもあんた以外には売らないって言ってるんだ。後払いの方があんたには得だろ?」
「助かります、リルルアさん!」
すっかりフユもその気になってたからな、今更約束を破るのは可哀想だ。
というより面倒だ。
リルルアさんは俺のカードを指さして言う。
「構わないさ、あんたを信用してるよ。冒険者ギルドに登録したらカードで支払いをしておいておくれ」
俺は頷くと、早速腕輪を嵌めてみる。
吸魔石に俺の魔力が吸われていくのが分かる。
水の魔力だ。
青い宝石が、美しい文様を描きながら輝き始める。
前にこの店に来た時も一度嵌めてみたが、やっぱりこいつは極上品だ。
その輝きにリルルアは目を細めた。
「相変わらずとんでもない魔力だね。その吸魔石は特上品だよ、普通の魔導士ならその宝石を満たすだけの属性魔力なんてありゃしないのにさ」
俺は腕輪のミスリルに描かれた術式を読み解いていく。
特殊な古代言語で書かれてはいるが、あの女神のお蔭で俺に読めない文字はないからな。
リルルアの腕は超一流だと腕輪を嵌めると良くわかる。
体内の魔力との同調も、腕輪に書かれた古代言語の術式が調整をしてくれている。
(こっちもちょっと、魔力をチューニングするか)
じい様の書斎にあった魔導書には、この手の小難しい本がいくつもあったからな。
『三大古代言語における術式と魔力の同調について』
『古代言語における魔力の最適化』
とかゆう小難しい奴だ。
俺は自分の魔力を腕輪の術式に合わせて、集中しながら少しづつ変化をさせていく。
腕輪の輝きが収まっていく。
数分時間がかかったが、その表面には先ほどより美しい波紋が浮かんでいた。
輝きが強いってことは、腕輪と術者を行き来する時に魔力のロスが生じてるってことだからな。
それにオートに頼らずにこちらでも調節してやったほうが、腕輪に込められた魔力を操作する時の反応も速くなる。
「あんた! まさか腕輪の術式を全部解読して魔力を調節したのかい? 驚いたね、術式を見ただけでそんな器用な真似が出来るのはミレティ先生ぐらいかと思ったよ」
「へえ、さすがミレティ先生ですね。俺はこの間この腕輪は見たんで、魔力のロスと反応速度対策を少し考える時間がありましたから」
あの人なら俺なんかよりも簡単にやってしまうだろう。
何しろじじいの師匠だからな。
これでも魔道具を使わない属性分魔術にか敵わないだろうが、この吸魔石のサイズも相まってかなり欠点はカバーしたはずだ。
リルルアがふうと溜め息をついた。
「考える時間がありましたからって……もうあんたには驚かないことにしたよ」
「フユ~」
フユが俺の手のひらに飛び乗った。
宝石から放たれる穏やかな光に手を伸ばして気持ちよさそうに頬を当てる。
「エルリット、気持ちいです! フユちゃん使い魔になれるですか?」
「ああ」
俺は頷いた。
さて、これ以上ミレースを待たせるのは悪いだろう。
始めるとするか。
俺は腕輪にもう片方の手を添えるとフユを見る。
青い魔法陣が腕輪の上に描かれていく。
「さあ約束通り使い魔の契約を始めるぞ。準備はいいか、フユ?」
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