第五十一話 試合のご褒美
「それでは、私は陛下の元に戻る。皆、また会おう! ミレティ、ラセアルを頼む」
『エルリットくん、また王宮で会いましょ!』
マシャリアと白竜のアルサさんは、そう言うと空高く舞い上がっていく。
ラセアルは満面の笑みでマシャリアに手を振っている。
「先生! マシャリア先生!!」
(全く、現金なもんだぜ)
俺はラセアル先輩のその様子を見て肩をすくめた。
マシャリアの姿が見えなくなると、ラセアルは仏頂面に戻って俺に言う。
「いいか! 一緒に暮らすなどと言っても、先生はお前に剣を教えに行くだけだぞ、勘違いするな!」
「ははは、勘違いしてたのは先輩だけですけどね」
こちらはいい迷惑である。
ミレティが心配そうにラセアルに尋ねた。
「もう大丈夫なんですかラセアル? すっかり元気になったようですけど」
さっきは、それこそ死にそうな声を出してベッドに潜り込んでいたからな。
俺も頷く。
「あ、あのですね、黒歴史というか……先輩は全校生徒の前で失恋したわけじゃないですか、ショックでもう学校に通えないとかないですよね?」
正直言って勝手に告白して撃沈したラセアルが悪いんだが、これが原因でそんなことになったら俺も後味が悪い。
そもそも、マシャリアが俺を自分の一番の弟子だなんて言い出したのが発端だからな。
俺の言葉にラセアルが首を傾げた。
「黒歴史だと? 何を言ってるのか分からないが、他の生徒のことなどどうして僕が気にしなくてはいけない? 僕はマシャリア先生が微笑んで下さればそれで幸せだ」
(……ああ。はいはい、あんたはそういう人ですよね。心配した俺が馬鹿だったよ)
マシャリア以外、最初から眼中になさそうだ。
エルフのイケメンだから繊細だと思い込んでいたが、こいつはヨハン先輩と同類だった。
あの人もエリザベスさんと一緒にランチを取る為に飛び起きてたからな。
「婚約は、僕が先生に相応しい男になってからまた申し込めばいいだけだからな」
婚約のことも、まだ諦めていないらしい。
マシャリアに相応しい男って、すくなくても四大勇者にならないと無理だろうけどな。
全くさっきはマシャリアが「これで私も安心してお前と暮らせるというものだ」なんて言うから事情を説明するのに苦労した。
これがマシャリアさんの家で二人で暮らすなんてことになっていたら面倒な話になっていただろうけどな。
ラセアルが俺を見る。
「確かにお前は、剣術がからきしのようだからな。ミレティ先生から聞いたぞ、御前試合のこと。気を付けろ、お前の次の相手であるロイジェルの剣の腕は筋金入りだ、それに勝ち上がればあのミロルミオに当たるだろう」
「へえ、俺のこと心配してくれるんですね先輩」
俺がそう言うとラセアル先輩は少し頬を染めて顔を背ける。
「ちっ……。一応お前は弟弟子だからな、それに僕に勝った以上あっさりと負けられては困る」
そう言った後、悔し気に眉を顰める。
「ミロルミオは天才だ。悔しいがあいつには一度も勝ったことが無い」
(へえ、ラセアル先輩が天才って言うぐらいの相手となると相当だな……)
あの母親のことも気になる。
『静かなる狼』と呼ばれた暗殺者集団の生き残り、そして俺の使い魔を見ても顔色一つ変えなかった。
まるですべてを見切っているように。
ラセアルの肩の上に座ったローゼさんが笑った。
「珍しいですねラセアルが、自分からこんなに話すなんて。エルリットくんのことよっぽど気に入ったんですね」
「ば! 馬鹿なことをいうなローゼ、誰がこんな奴!」
ローゼさんが優しい目をしてラセアルを見つめた。
「言ってたじゃないですか、ラセアル。最後にあいつが剣を抜くところが見えた気がするって、いくらでも魔法で倒せたはずなのに馬鹿な奴だって」
ああ、朦朧としながら微かに覚えていたのだろう。
ローゼさんの言葉を聞いてラセアルは俺を睨むと言った。
「ヨハンの試合のことも聞いたがお前は甘い。ミロルミオなら決してそんな真似はしない」
士官学校のナンバーワン、そしてあの黒髪に武闘侍女の息子ミロルミオ・シファードか。
ラセアルが続ける。
「そんなことでは、あのミロルミオには絶対に勝てないぞ。……エルリット、奴の黒い狼には気を付けろ」
ミレティがラセアルを止める。
「ラセアル、そこまでです。試合までは手の内は出来るだけ晒さないのが大事ですからね、実戦では相手は自分の技は教えてくれません」
確かにそれは言えるよな、自分の技を戦う前にばらすのは相当な自信家か馬鹿ぐらいだろう。
初めて見る敵の行動にどう反応するかも、ミレティ先生は見ているんだろう。
この人は優しそうに見えて、その辺りはシビアである。
魔王との戦いを含めて、命がけの戦いを潜り抜けてきた証拠だろう。
勿論、選抜クラスの人間同士はお互いの技を知っているだろうが、新入生の俺はそうじゃないからな。
ラセアルは肩をすくめるとミレティに言った。
「ミロルミオは、僕とこいつの戦いを見ています。これぐらいのことを教えるのは、むしろ公平だと思いますが」
その言葉にミレティも少し考えて頷いた。
「分かりました、今のは大目に見ましょう」
それにしてもラセアルが言った黒い狼、一体どんな技だろう。
俺はそもそも獣人族について詳しくないからな。
そんなことを考えていると、フユが俺の服を引っ張っているのに気が付いた。
「どうした、フユ?」
「フユ~、エルリット。早くお母様に言ってほしいです、男のくせに意気地がないです!」
何言ってるんだ? こいつは。
フユはそんな俺の姿を見て頬を膨らませる。
「フユちゃん、おめかししたです。これからはエルリットと暮らすです」
おいおい、マシャリアといいフユといい誤解されるような言い方はやめろ。
だが確かに忘れてたな。
「ああ、そうか。使い魔の話だな」
おめかしは関係ないと思うが、こいつにとっては大事なのだろう。
ずっと使い魔になりたかったって言ってたからな。
ローゼさんが気が付いたのかこちらを見て首を傾げる。
「フユ~」
フユが俺の後ろに隠れる。
勝手に使い魔になるなんて話をして、ローゼさんに怒られると思っている様子だ。
俺は咳ばらいをするとローゼさんに頭を下げた。
「あのですね。実はローゼさんにお願いがあるんですけど、もしローゼさんが許してくれるならフユを俺の使い魔にしたいんですよ」
俺がそう言うとフユが慌てたようにローゼさんに言う。
「フユ~! エルリットがどうしてもフユちゃんがいいって言うです! フユちゃん仕方がないからエルリットの使い魔になってあげるです!」
(おい、誰がそんなこと言ったんだ)
ローゼさんはジッとフユを見つめている。
「フユ~」
フユが小さくなっている。
そして口を開いた。
「嘘をおっしゃい。貴方がエルリットさんに無理に頼んだのでしょう、フユ!」
「違うです! エルリットも約束してくれたです!」
確かにローゼさんに頼んでみると約束したからな。
こいつはどこか憎めないし、エリーゼだって妹のように思ってる。
俺は頭の白薔薇がしぼんで、少し涙目になっているフユの頭を撫でた。
「ローゼさん、本当ですよ。俺がこいつを使い魔にしたいんです、フユのことは責任を持って守りますから許して頂けないでしょうか?」
「エルリット!」
フユが嬉しそうに俺を見上げる。
ローゼさんはふうと溜め息をついた。
「それでは逆ですわ、使い魔が術者に守られるなんて」
フユがローゼさんの言葉に胸を張る。
「エルリットはフユちゃんに惚れてるです! 家族だって言ってくれたです!」
(誰が、惚れてるんだ?)
ローゼさんは困ったような顔でフユを眺めている。
そして、暫く考えた後、俺に頭を下げて微笑んだ。
「本当に困った子。……でもいい人を見つけたわね、フユ。エルリットさん、もしこの子が迷惑をかけるようならいつでも言って下さいね。すぐお尻を叩きに行きますから。フユをどうかよろしくお願いします」
「ありがとうございます、ローゼさん。無理はさせませんから安心してください」
そう言ってローゼさんは、薔薇の鞭をビシッと構える。
ラセアルの魔力が消耗しているのでスモールサイズである。
それを見てフユは俺の首につかまって涙目になった。
「フユ~、お母様のお仕置き痛いです! フユちゃんいい子でいるです!」
お尻を隠すフユの様子を見て、俺達は笑った。
するとミレティ先生が、思い出したように懐から一枚のカードを取り出す。
リルルアの店で見たエルザベスさんの商用カードに似ている。
だが色はプラチナではなくて白だ、よく見ると右上に士官学校のマークが刻まれていた。
「そういえばエルリット、ラセアル貴方達には国王陛下よりあの試合のご褒美が出ていますよ。とても良い試合だったと昨日陛下から知らせがきました」
そう言いながら、ミレティは俺にそのカードを渡す。
「士官学校の生徒達に配られる専用の商用カードです。都の店はもちろんですが、学校の中の売店でも使えますよ。これは貴方のカードですエルリット。ラセアルはもう持っていますからね」
(おお、すげえ! 俺の専用のカードか!!)
正直テンションが上がった。
待てよ、今褒美って言ったよな、それってマネーですよね?
「ありがとうございます、ミレティ先生! ち、ちなみに国王陛下が下さったご褒美はどれぐらいで?」
例の腕輪の件もあるからな、貰えるものは貰っておこう。
ラセアルが腕を組んでちっと舌打ちをする。
「情けない奴だ、金額の問題ではない。陛下から褒美を頂くことが名誉なのだ!」
黙れ伯爵家の御曹司が! 俺は伯爵家と言ってもその五男坊の息子だからな名誉よりも実利優先なのである。
期待に胸が膨らむ中で、ミレティ先生はゆっくりとその額を口にした。
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