第四十七話 トーナメント戦
部屋に入ってきた王妃の隣には、一人の青年が立っている。
(どういうことだ?)
精悍な顔つきだが、ラセアル先輩並みのイケメン。
四貴公子の一人、ランキング一位のミロルミオ・シファードである。
今日の試合の前、闘舞台で聞いたギルバートさん情報では確か獣人族とのハーフだって話だったよな。
それともう一人、黒髪で整った顔立ちの武闘侍女が側に控えている。
他のメイド達と違って一切表情が無い、まるで人形のようだ。
「待たせたようじゃな、エルリット。丁度そなたに会わせたい者がおっての」
ミロルミオ先輩のことだろう。
俺は立ち上がってお辞儀をした、向こうも俺と目を併せたが華麗にスルーされた。
どうやら、俺に対してあまり好意的ではなさそうだ。
まあ今日初めて会ったんだし、話もしたことがないから当然と言えば当然かもしれないが。
俺は隣のギルバートさんにそっと尋ねた。
「なんでミロルミオ先輩がいるんですかね?」
「さあ、分からないね。ただ彼の父親であるシファード伯爵は、ディアナシア様の派閥の有力者の一人だからね。王妃様も彼のことは目にかけているようだよ」
エリザベスさんが立ち上がったのを見て俺達は皆、立ち上がって王妃に一礼した。
そして先輩は、王妃の側に黒髪の武闘侍女と共に立っている。
エリーゼがうずうずした様子で、ディアナシアを見て言った。
「大伯母様! エリーゼこのお菓子食べてもいいですか!」
少し緊張した雰囲気がその一言で和んだ。
エリーゼにとっては、王宮の派閥とか関係ないのだろう。
キュイキュイ鳴く国王と同じで、大好きな大伯母様といった感じで話しかける。
「ほんにエリーゼは無邪気で可愛いこと。おいで、わらわの膝の上でお食べ」
「エリーゼ、いけませんよ。ご迷惑をおかけしては」
エリザベスさんはそう言ったが、王妃は嫣然と微笑む。
「良いではないか、エリザベス。久しぶりなのじゃ、士官学校に入ったようじゃなエリーゼは」
「はい、大伯母様!」
頷くエリザベスさんのことを見て、エリーゼはディアナシアの膝の上にちょこんと座る。
王妃は侍女に命じると、美しい真紅の薔薇の数本持たせてそれをエリーゼの髪に飾りのように挿していく。
鮮やかに髪を彩られたエリーゼは可愛らしく、侍女達からまた溜め息が漏れる。
「ああ、なんて愛らしいのかしら」
「ほんとうに」
エリーゼの手に抱かれたフユが、それを羨ましそうに見つめている。
さっきのことがあるからだろう、自分も欲しいのに我慢をしているようだ。
「エリーゼの精霊かえ? 可愛いのう」
俺の使い魔になる予定のフユは、すっかりエリーゼの精霊だと思われている。
まあ、その方がフユにとっては安全だろう。
そう言ってディアナシアは、余っていた真紅の薔薇の一輪をフユの頭に飾った。
エリーゼがそれを見て嬉しそうに手を叩く。
「フユちゃん可愛いです!」
侍女の一人が、髪に真紅の薔薇を挿したエリーゼとフユが見える様に手鏡を二人の前に差し出す。
「フユ~、エリーゼお姉ちゃんとフユちゃんお揃いです」
そしてその侍女はエリーゼの前に小さな皿を置き、先ほどのクッキーをいくつか選んで並べた。
フユの前には、小さく砕いたものを用意して並べていく。
「ほれ、遠慮はいらぬぞ。最高の職人に焼かせたものじゃ、食べてみよ」
二人とも嬉しそうに目を輝かせて手を伸ばす。
エリーゼは小さなクッキーをパクリと食べる。
「美味しいです!」
フユもそれを見てエリーゼを真似をしてパクリと食べる。
「フユ~! 美味しいです!」
そして、ディアナシアに挿してもらった真紅の薔薇を大事そうに触って笑顔になる。
フユは王妃を見上げて言った。
「フユ~、王妃様は薔薇の女神様みたいです!」
確かに見た目は真紅の薔薇の女神のようだが、棘は鋭そうだ。
「ほほ、可愛い子じゃの。何というのじゃそなたは」
「フユちゃんです! エリーゼお姉ちゃんの妹で、エルリットのお姉ちゃんです」
それを聞いて、王妃は悲しそうな演技をしながらフユの頭を軽く撫でる。
「そうかえ、エルリットのお姉ちゃんかえ。わらわは困っておるのじゃ、あのエルリット・ロイエールスときたら、わらわに忠誠を誓うことを拒むのじゃ。ほんに悲しいことよ」
「エルリット酷いです。フユちゃんが代わりに忠誠を誓うです!!」
(こいつ……俺以上に簡単に買収されるタイプだな)
その言葉に、ミロルミオ先輩の表情に一瞬微かな殺気が浮かぶ。
この人は王妃派だからな、この真紅の薔薇のような美女への忠誠を拒む者はつまり敵対者なのだろう。
さっきのロエス達を見ればそれは明らかだ。
だがそんな空気を読まずに、フユが俺のところまでトコトコと歩いてくる。
そして俺に、頭の真紅の薔薇を見せびらかす。
「フユちゃん、貰ったです。エルリットも忠誠を誓えば貰えるです!」
まるで怪しげな勧誘業者である。
第一、フユと違ってこっちはそう簡単に誓えないからな。
俺の様子を眺めながら王妃が妖しく笑う。
「ほほ、まあよい。早速本題に入ろうかの、三日後の御前試合でそなた達にはそれぞれ試合をしてもらうことになった」
(どういうことだ?)
「あの、三日後に御前試合をするとは聞いてますが。俺の対戦相手は確かロイジェル・スハロエル先輩じゃないんですか?」
いや、いま王妃は、俺達がではなくてそれぞれ試合をって言っていたな。
王妃が手にした真紅の扇子を開くと、口元を隠しながら笑う。
どうもあれをされると、相手の本当の感情が分からない。
「王宮の闘技場で行うせっかくの試合じゃからな、観客も多い。一試合では勿体なかろうと思うてな、そなたとスハロエルの息子。そしてこのミロルミオとロンハート家の息子の試合をした後、その勝者を戦わせてみてはと国王陛下にわらわが口添えしたのじゃ」
おいおい、聞いてないぞそれは。
つまり、士官学校のナンバーワンを決めるトーナメント戦か? しかも観客が多いなんて話は初耳だ。
士官学校のランキング保持者については事情に詳しい者に聞いたのだろう。
扇子越しのディアナシアが笑みを浮かべる。
「国王陛下も余程今日のエルリットの戦いぶりが気に入ったようじゃ、わらわの趣向に喜ばれてな。さらに、そこで優勝をした者には面白い相手との余興をしてもらうことになっての」
あのじいさん、何勝手に同意してるんだよ戦うのは俺達だぞ。
ラセアルの婚約発言の時に少しは懲りたかと思ったらそうでもないらしい。
しかし誰だ? その面白い相手っていうのは。
ミロルミオは動じた様子もない、おそらくもう聞かされているのだろう。
「お、王妃陛下、失礼ですがその相手とは?」
俺が尋ねると王妃は答えた。
「第二王子のエルークじゃ。勝者には、ほんの余興としてあの男と戦ってもらう。ちまたではタイアスの後を継ぎ四大勇者に選ばれると言われておるようじゃからな。皆の前でその力を披露するいい機会じゃと陛下も仰られておる」
エルークの名前を出した時から、王妃の目から笑みは消えている。
「無論、余興などといっても奴が士官学校の生徒などに少しでも遅れをとるようでは、とても四大勇者の欠員を埋めるなどという話、誰も認めはせぬだろうがな」
まるで先ほどまでのにこやかさは、全て演技だったかのように冷たい目だ。
(これが目的か)
エルークが次の四大勇者になるのを、どうやっても阻止するつもりらしい。
大観衆の前で俺達に少しでも苦戦するようなことがあれば、エルークを四大勇者に認めない口実が出来る。
王妃は俺を手招きする、そして俺が側まで来ると耳打ちした。
「どうじゃ? そなたにとっても、あの男が四大勇者になどになれば都合が悪かろう? エリーゼの一件もあるようじゃしの」
どうやら、俺の情報はここに来るまでに調べ上げているようだ。
恐らく俺が何故公爵家にいるのかも、あの事件のことも。
この情報網は油断がならない、つまり何処にでも王妃の派閥の人間がいるということだ。
だが、確かにあいつが公爵家襲撃事件に絡んでるなら四大勇者になんてなれたら厄介だ。
「わらわも、あの男に関しては少々気になる噂を知っておる。わらわの為に戦えば、そなたにそれを教えてやってもよいぞ」
俺は権力争いに首を突っ込むつもりは全くない。
しかし恐らく、王妃からの情報というのは他から得られないような貴重なものだろう。
「ちなみに相談なんですけど。頑張りますから、今それを教えて下さいって言うのは駄目ですか?」
「ふふ、面白い男じゃのそなたは。駄目に決まっておるじゃろう」
王妃の側に立っているミロルミオ先輩が、俺を静かに見下ろしている。
「勝ち残る自信がないのか、エルリット・ロイエールス? 今日の試合を見たが、あんな甘い戦いぶりではロイジェルさえ倒せまい」
そして王妃の前で膝をつくと言った。
「ディアナシア様、このミロルミオにお任せ下さい。こいつは勿論ですが、エルーク殿下にも勝ってご覧にいれます」
「ほほ、頼もしいこと。ミレティをして十年に一人と言われた逸材と言わせたお前じゃ、期待しておるぞ。そなたの母であるこのエマリエも楽しみにしていよう」
エマリエというのは、どうやら黒髪で無表情な侍女のようだ。
どうやらこの人がミロルミオ先輩の母親らしい。
(おかしな話だな。先輩の家は伯爵家だろ? 伯爵の奥さんがいくら相手が王妃だとはいえ、侍女なんてしてるものかな)
俺がそんなことを思っていると、黒髪の侍女は俺達の前にも関わらず黙ってミロルミオの頭をその手で撫でていた。
まるでそれは小さな子供をあやすかのようである。
その瞬間、ミロルミオが爆発するように怒りの声を上げた。
「やめろ! 鬱陶しいんだ!! 俺はもう子供じゃない、俺に触るな!!」
黒髪の女は言葉に一瞬たじろいだように身を引いた。
だが顔は無表情のままである。
ミロルミオは怒りや憎しみが入り混じったような表情が浮かべると唇を噛んだ。
「も、申し訳ございません王妃陛下! 試合では必ずご期待にそいますので、俺はこれで失礼致します」
そう言うとミロルミオはこの部屋を後にした。
王妃はその姿を笑みを浮かべながら見送る。
「精鋭と呼ばれる武闘侍女の中でも、最強の女であるそなたの息子。ほほ、本当に楽しみじゃこと。のう、エマリエ」
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