第四十六話 武闘侍女
「どうしたのじゃ? わらわはそなたが気に入った。遠慮はいらぬぞ」
手を差し出す王妃の前で、俺は躊躇していた。
マシャリアさんの話を聞いた後だ、ほいほいと忠誠を誓う気にはなれない。
そんなことをすれば、王宮の権力闘争に巻き込まれることは確実だろう。
どうやらファルルアンでは王妃率いる皇太子派と、四大勇者級の実力を持った第二王子エルーク派がつばぜり合いをしているようだからな。
あのキュイキュイ鳴き声を上げるじいさんが元気な内は大事にはならないと思うが、国王に何かがあれば王妃の実家である隣国のランザスも巻き込んで血で血を洗う戦いになってもおかしくはない。
君子危うきに近寄らずである。
ディアナシア王妃は、手にした扇子で口元を隠すと含み笑いをして言った。
「まあよい。エリザベスやエリーゼに会うのも久しぶりじゃからな、このような場所でつもる話をするのは無粋というもの。ロエス、この場にいる者達を皆わらわの客間に案内せよ。それとも、わらわの前でもう一度エルリットと戦ってみるかえ?」
「め、滅相も御座いません王妃陛下! 戦うなどと! 我等は後学の為、あの名高き炎の槍の勇者のお孫様のお力を拝見させて頂いていただけで御座います!!」
(うむ、模範解答である!)
余計なことを言い出さないように、俺はロエスに描いた魔法陣を使って少しだけ体温を上げていた。
あれだけ脅されたロエスからしてみれば、いつ自分が消し炭にされるかハラハラであろう。
エリゼべスさんとエリーゼと簡単な挨拶だけ交わすと、王妃は侍女達と王宮へと戻っていく。
ロエスが俺の手を握って少し息を荒げている。
「はぁ、はぁうう。エルリット様、いかがで御座いましたか? このロエスめの名演技」
「まあまあだな」
この手の連中は甘やかすとつけあがるからな。
俺は冷たい目でロエスを眺める。
(なんだ? おかしいなもう体温は元に戻っているはずだぞ、こいつ何でこんなに赤い顔してるんだ?)
大体、なんでこいつは俺の手を握っているんだ?
「はぅううう! その目つき。たまりません!! まるで虫けらを見るようなその目!! このロエス、そのような目で見られたことなど生まれてこのかた御座いません。これからは、ご、ご主人様と呼ばせて頂いて宜しいでしょうか!!」
ロエスの取り巻きの騎士達がその言葉にドン引きしている。
「は……ははは。やめて下さいね、そんな呼び方をするのは」
俺はさっと手を引いてロエスから距離をとった。
どうやら、バリウス上級伯爵家の息子の中に何かが目覚めたようだが、見なかったことにしよう。
という訳で結局俺一人ではなく、この場にいる全員が王妃に招待され王宮へと向かうことになったのである。
◇
俺は思わずその部屋の天井を見上げていた。
見事な絵画がそこには描かれている。
床から天上に伸びる柱は見事な彫刻細工が刻まれており。
そこにはファルルアンではあまり見ない文化のものも含まれている。
おそらく隣国のランザスのものだろう。
厩舎からロエス達に案内されて、俺達はこの部屋いやってきたのだ。
「凄いです! こんな素晴らしい芸術作品を見られるなんて夢みたいです!!」
ミレースはそう言ってウサ耳をピコピコさせた後、はっと我に返って肩をすぼませる。
「で、でも。本当に宜しいんでしょうか? 私みたいな者が王妃様のお招きにご一緒して」
ここは、王妃が来客を迎えるための応接室の一つだそうだ。
「遠慮はいらないです。フユちゃんが許してあげるです!」
そう言って俺の肩で胸をはるのはフユである。
俺は溜め息をついてフユの頭の白薔薇をつついた。
「何でお前が許可してるんだよ。どちらかと言えば、お前を連れてきた方が危ないと思うんだがな」
「フユ~」
俺達を招いた張本人である王妃は、何故かまだこの部屋に現れてはいない。
応接室の中央に置かれた長いテーブルは、まるで極上のアンティークにようである。
上座に王妃の椅子が置かれ、エリーゼとエリザベスさんはそのすぐ近くの椅子に向かい合うように座っている。
そして、その次がマシャリアとギルバートさん。
さらに、俺とミレースはその隣である。
身分を考えれば当然の配置なのだが、確かにミレースが緊張するのも分かる。
それを見てエリザベスさんが微笑んだ。
「安心なさいミレースさん。王妃陛下はあの場にいる皆に来るようと命じられたのです。誰があの場にいるのか知らずに招くお方ではないですから」
「は、はい! エリザベス様!」
ミレースは、ほっと息を吐きだして安堵している。
逆に言えばこちらの行動は向こうがきっちりと把握しているということだろう。
王宮の門番ならば、誰が俺達と一緒に宮殿の敷地に入ったかきちんと管理をしている。
調べさせた上でロエス達をよこしているはずだからな。
マシャリアの話通り油断が出来ない相手のようだが、まさか王妃から招待を断るわけにもいかないだろう。
部屋の中には十人程の侍女が控えている。
純白のテーブルクロスが敷かれた長テーブルの上には、金で出来た燭台が並べられている。
そして侍女達はこちらに銀製の器を運んでくる。
そこには様々な形のクッキーのようなお菓子が入っていた。
エリーゼはそれを見て目を輝かせた。
「美味しそうです!」
フユもいつの間にかエリーゼの側に立って、器に入ったお菓子を見て頭の白薔薇を大きく開いている。
「フユ~」
銀の器に手を伸ばしたエリーゼの肩に乗って、フユは器の中をのぞき込む。
そんなフユの姿を見てエリーゼは、クッキーを一枚手に取ると小さなその手で細かく砕こうとした。
フユに食べさせてあげたいと思ったのだろう。
それを眺めながら、エリザベスさんは優しく微笑みながらたしなめる。
「いけませんよエリーゼ。ディアナシア様がお見えになられてからです」
「はう! 分かりました、お母さま!」
エリザベスさんに注意されて、エリーゼが少し残念そうにクッキーを皿の中に返す。
フユも頭の白薔薇をしぼませてそれを眺めていた。
「フユ~、エリーゼお姉ちゃん怒られたです」
その二人の姿はまるで天使のようで、周りの侍女が溜め息を漏らす。
「ああ、なんて可愛らしいのでしょう」
「エリーゼ様、あんなにしょんぼりとされて。許されるなら、今すぐ召し上がって頂きたいですわ」
「それにあの白い精霊の可愛らしいこと。エリーゼ様にすっかり懐いているのですね」
いや……俺の使い魔になる予定なんだが、と心の中で突っ込みを入れてみたが、フユの頭を撫でてニッコリと俺に微笑むエリーゼを見るとほっこりとするのでいいことにしよう。
俺はそんな侍女達を眺めていた。
そして隣に座るギルバートさんに尋ねる。
「あの侍女の皆さんは……」
俺が言いたいことが分かったのだろう、ギルバートさんは頷く。
「ええ、彼女達は皆獣人族ですね。ファルルアンと違って、ランザスには多くの獣人達が暮らしていますから。召使として獣人達を側に置く貴族も多いですよ」
実は王妃が厩舎の前に現れたときも驚いたのだが、侍女達の殆どは獣人だった。
俺が振り返ると一人の侍女に目が合った、フサフサとした犬のような耳をしたメイドである。
(何なんだ……このパラダイスは)
いかん、思わず本音が出た。
「何か御用で御座いますか、エルリット様?」
「え? いいえ何でもないです」
俺がそう言うと、笑顔で会釈をして元の場所に戻っていく。
背後から見ると歩くたびに、フサフサとした尻尾が左右に動いているのが見える。
俺の肩の上に戻ってきていたフユが、俺の顔を見て言う。
「フユ~、エルリットがまた、だらしない顔をしてたです!」
「な、何を言うのかねフユ。俺みたいな紳士がそんな顔をするはずがないだろ」
「フユ~」
俺の瞳をのぞき込もうとするフユから俺は目を反らした。
大人には大人の事情があるのである。
斜め前に座るマシャリアが、俺を眺めると言った。
「言っておくが、彼女達はただの侍女ではないぞ、エルリット」
俺はマリャリアの言葉に首を傾げる。
「それはどういうことですか?」
「うむ、彼女達は、王妃陛下を守るために結成された薔薇の騎士『ロサリア・エクエリオス』の中核部隊である武闘侍女だ。つまり侍女でもあるが、騎士でもある特殊な存在だ」
(武闘侍女……何それ怖い)
優しそうなお姉さんばかりなのに、どうやら武闘派らしい。
ロエス達の肩当には赤い薔薇の紋章が刻まれていた。
そして、振り返ると侍女たちの服の肩にも鮮やかな赤い薔薇の刺繍が入っている。
見た目は皆、可愛らしく美しい侍女なのだが物騒な名前が通り名がついているらしい。
それにしても、この世界のネーミングセンスは相変わらずの厨二病である。
ギルバートさんが俺に説明する。
「薔薇の騎士『ロサリア・エクエリオス』には二つの組織があるんだ。ロエス君のような貴族の子弟達で構成された政治的な組織、そしてもう一つが王妃陛下をお守りする実戦部隊。真の薔薇の騎士とは彼女達と言えるかもしれないね」
マシャリアは続ける。
「王妃陛下の身の回りをお世話をしながら、ガードする者は女であった方が都合がいいからな」
確かにそれはそうだろう。
男ではついていけない場所で襲われたら、大変なことになるからな。
何しろ護衛対象は一国の王妃である、何かありましたではすまない話だ。
「でも、獣人族って魔法があまり得意では無いって聞いてますけど、王妃陛下の護衛としてやっていけるんですか?」
俺の言葉に今度はギルバートさんが答える。
「武闘侍女と呼ばれる彼女達には、それを補うほどの力があるんですよ」
「へえ、どんな力なんですか?」
マシャリアが俺の問いに答えて言った。
「いずれ分かる。お前の対戦相手の中にもその使い手がいるのだからな」
対戦相手って士官学校のランキング戦のことだろうか?
「興味がありますね聞かせて下さいよ、マシャリアさん」
俺がそうマシャリアに尋ねた時、ゆっくりと部屋の扉が開いた。
侍女達は一斉に扉を方を向くと深々と頭を下げる。
部屋に入ってきたのはディアナシア王妃である、そしてその隣には意外な人物がいた。
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